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電波オークションの経済学②

前回の続きです。

 

■電波エリアのオークションの特徴

 

オークションの対象が補完関係にある複数個の商品である場合には、事態が複雑化します。

 

電波の場合,複数のエリアごとに異なる帯域があります。電波オークションの場合,特定のエリアの特定の帯域だけを売りのであれば単一の商品オークションです。しかし,通信事業者や放送事業者は,複数エリアにまたがる連続した帯域を欲しがります(例:下の図表456)。特定の帯域を1つずつオークションにかけると,複数エリアで連続した帯域を落札できるかは不確実です。よって,たとえば図表で帯域4を落札した事業者は,無理にでも56の帯域を落札しようとするでしょう。その結果,高値掴みになる恐れを警戒するようになります。

オークション図1

■今回の受賞理由

 

今回の受賞理由は,「効率的な電波帯の割り当てを実現しつつ,当局(納税者)に最大限の利益をもたらすオークションをどのように設計するか」という問いに対し,両氏が「同時複数ラウンド(競り上げ)オークション」を発明したことによります。

 

より事業者に高い価格で入札してもらうためには,できるだけ電波帯の真の経済的価値を事業者に分からせることです。真の経済的価値が分からないと,事業者が疑心暗鬼になり,安全のため実際の価値よりも安い価格でしか入札しなくなるので,その結果,落札額が低くなってしまいます。

 

また,事業者間で情報の充実度が異なると,貧弱な情報しかない事業者は一層高値掴みを警戒して低い価格でしか入札しなくなり,十分な情報を持った事業者はより安い価格で落札できます(より落札価格は低くなります)。

 

よって,当局はできるだけ売りに出す電波帯の情報を提示するとともに,事業者側に十分な私的情報を共有させることがポイントとなります。

 

競り上げ式であると,競売側の提示価格が段階的に引き上げられる過程で,徐々に他の買い手が考える電波帯の価値(私的情報)が明らかになって共有化されることで,高値掴みするかもしれないという買い手の不安が解消されます。

 

一方,競り下げ式は,ある買い手が応札してしまうと,そこで終了してしまうオークション方式です。つまり,買い手たちが十分な情報を入手する機会が少ないオークションであり,高値掴みするかもしれないと疑心暗鬼になります。

オークション図2


さらに,異なるエリアの異なる電波帯を同時にオークションにかけ,すべてのオークションが終わるまでどのオークションも終わらないというルールを課しました。これにより,事業者はある帯域のオークションの価格が高くなれば,他の帯域のオークションに自由に移動でき,似たような帯域には似たような価格がつきます。よって,事業者が高値掴みをする可能性は低くなるのです。

 

 

■日本では?

 

1994年から導入されたこのオークション方式により,2014年までにアメリカ連邦通信委員会は予想の12倍の1200憶ドルの収益を上げたといいます

 

残念ながら日本はOECD加盟国で唯一電波オークションを導入していません。規制改革を標榜する菅政権が今後も続けば電波オークションの話は出てくるのではないでしょうか。

 

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電波オークションの経済学①

2020年度のノーベル経済学賞が昨年1012日に公表され,スタンフォード大学のポール・ミルグロム教授とロバート・ウィルソン名誉教授の2名が選ばれました。オークション理論の基本的な内容と,両氏が設計にかかわった電波オークションの仕組みについて取り上げてみます。

 

 

■電波オークションの目的は納税者の利益

 

電波帯のような公共財の場合,以前は,当局による指定事業者への割り当てが行われていました。これは適切な経済的評価ができない当局側が,信頼できると考えた事業者にその電波帯を割り当てるので,競争原理が働かず,不当に安い価格で払い下げられることになります。これでは納税者に最大の利益をもたらすことができません。

 

オークションは,適切に設計すれば,商品に対する適切な経済的評価が可能となり,最適な資源配分が実現するマーケットシステムです。

 

オークションというと,まずサザビーズなどの美術品のオークションやネットオークションを思い浮かべるかもしれません。「それぞれの商品にもっとも高値で入札した人が落札する」というものです。しかしこれはオークションの1つの形態に過ぎません。

 

 

■オークションの様々な形態

 

オークションには様々な形態があり,取扱う商品にも違いがありますが,代表例を示します。

 

〇イギリス式とオランダ式

前者は,「競り上げ式」で,競売人は低価格から始め,段階的に価格を引き上げるというものです。最高額で入札した人が落札します。我々のイメージするオークションにもっとも近いものでしょう。

後者は「競り下げ式」で,競売人は最初に非常に高い価格を提示し,落札されるまで徐々に価格を引き下げるというものです。

オークション図2

 〇私的価値と共通価値

その商品の価値が個人的な主観によって異なる場合と,ほぼ同じ場合の違いです。オバマ元米大統領との昼食会の権利は,民主党支持者にとっては価値が高いでしょうが,共和党支持者にとっては低いでしょう(私的価値)。また,千円札の価値は誰にとっても等しいでしょう(共通価値)。

さらに買い手側はそれぞれ異なる私的情報を持っている(商品価値に対する情報の正確性に差がある)という複雑さがあります。よって,多くの商品は私的価値と共通価値の両面の性格を持ちます(電波帯も同様)。

 

〇単一の商品と複数個の商品

オークションの対象が1つなのか、補完関係にある複数まとめてなのかの違いです。後者は、1つだけでは意味があまりなく複数のものがセットとなることで大きな価値を生む場合です。

 

経営学と経済学の違い①

私は経営に関するコンサルタントや、講義・セミナー・研修の講師をしている一方で、経済に関する講義や執筆活動もしています。つまり経営学と経済学の間を行ったり来たりするという立場で、経営コンサルタント(あるいは中小企業診断士)としてはいささか珍しい立場です。今回は、経営学と経済学の使い分けについて述べたいと思います。

 

■経営学と経済学では目的が異なる

 

多くの方は、「経済学と経営学を同じもの」、あるいは「経営学は経済学の1つのジャンル」と捉えているかもしれません。確かに経営学は経済学をベースに誕生したという経緯がありますが、両者はまったくテーマ(目的)が異なります。

 

経営学は突き詰めれば「単一の企業の利益の最大化(ミクロの観点)」をテーマにするのに対し、経済学は「国全体の利益の最大化(マクロの観点)」をテーマにします。

 

ここでよくある誤解が、「ミクロの合計がマクロになる」、言い換えれば、「1つ1つの企業が利益の最大化のために望ましい行動をすれば、国全体の利益(GDP)が最大化する」というものです。この考え方は誤りです。

 

一企業が利益を最大化するためには、同業者との競争を脱し、独占に近い形を目指すことになり、経営学でもそのように教えます。

 

しかしながら、一企業が市場を独占すると、価格が不当に上がり、消費者は損をするので、企業(売り手)と消費者(買い手)からなる経済全体では利益が阻害されることになります。よって、経済学ではできるだけ、市場を完全な競争状態に近い状態にすることを求めます。独占禁止法はその趣旨に沿ったものです。

 

またイノベーションの成功事例を数多く起こすことが国全体としての課題ですが、そのアプローチについても大きく異なります。

 

経営学では1つ1つのイノベーションの成功確率を高めることに力点が置かれます。

 

一方、経済学ではイノベーションはそもそも成功確率が低いものなので(ハイリスク・ハイリターン)、個々の質はともかくできるだけ多くのイノベーションを発生させるための環境整備に力点を置きます。要は「数打ちゃ当たる」という発想です。具体的には規制緩和や研究開発投資を促す仕組み(税制や資金調達市場など)の整備です。

成長戦略の経済的効果④

前回、古典派の第一公準について取り上げました。これによれば、「労働の限界生産力が実質賃金と等しくなる」水準で労働需要量(雇用量)が決定します。

 

■労働の限界生産力が上昇すると、実際の雇用量が増加する

 

成長戦略とは、生産性の向上のための政策なので、労働者の生産性、ここでは労働の限界生産力(追加で労働者を1人雇って生産ラインに投入した場合に、増加する生産量)を上げるための政策ということになります。働き方改革もこれに沿った政策です。

 

下図のように労働の限界生産力が上昇すると、実際の雇用量が増加します。

古典派の第一公準(限界生産力の上昇

これは、「追加で人を雇ったら生産量が大きく増えるので、それが販売されたら大きく収入が伸びるのだから、たくさん人を雇う」ということを意味します。

 

 

■生産性とGDPの好循環

 

実際の雇用量が増加すると設備投資が進みます。労働者は機械設備を使って生産するからです。また労働需要が増えるので、実質賃金も増加し(ただし労働の限界生産力の伸び以上には増加しません)消費が増えます。需要項目である投資と消費の増加は、さらなる生産(GDP)の増加をもたらし、それによって設備投資と雇用の増加、および消費の増加という好循環をもたらします。需要が増えるので、この過程で物価が上昇する可能性があります。実際に日本でも高度経済成長ではこの好循環が生まれたのです。

 

労働の生産性を上げると総需要が上がってGDPが上昇し、物価が上昇して脱デフレが実現するという主張の背景には、このような古典派の第一公準の考え方があるのです。

成長戦略の経済的効果③

労働の生産性を上げると総需要が上がってGDPが上昇し、物価が上昇して脱デフレが実現するという主張があります。この主張にあるのが、ミクロ経済学の「古典派の第一公準」です。今回は前段階として、古典派の第一公準を取り上げます。

 

古典派の第一公準とは、「労働の限界生産力が実質賃金と等しくなる水準で労働需要量が決定する」というものです。

 

労働の限界生産力とは、「追加で労働者を1人雇って生産ラインに投入した場合に、増加する生産量」です。これまで生産ラインに8人投入して生産量が100個だったとします。ここで、追加で1人雇ってラインに投入したら生産量が合計で110個になったとしたら、限界生産力は10個になります。

 

労働者をどんどん追加で投入したら、生産量の合計は増えるでしょうが、比例的に増えるわけでなく、だんだんと生産量の増え方は減少するのが普通でしょう。これを限界生産力逓減といいます。また生産された製品は市場で販売されますので、労働の限界生産力は個数換算で考えた収入の増加分にあたることになります。

 

一方、実質賃金は「名目賃金÷物価水準」と定義されますが、ここでは簡略化して「単に1人あたりの賃金」とします。追加で1人雇うことで賃金が発生しますから、実質賃金は「労働者を追加で雇った場合の追加的な費用」という意味を持ちます。

 

また、基本的には新しく労働者を雇っていっても実質賃金は変わりません。ちなみに実質賃金は、古典派の第一公準では、個数換算で考えます。「追加的な費用(賃金)は、生産した製品の何個分の価値に相当するか」というイメージです。

 

労働需要量は、「企業が需要する労働者の量」ですが、企業が需要する人数だけ実際に雇われるので、「実際の雇用量」と置き換えることができます。求人数が2人なら、実際に2人雇われるというイメージです。

 

この関係を図で示すと、次のようになります。


実際の雇用量は、「労働の限界生産力=実質賃金」となる水準で決まります図でいうと、左側は「労働の限界生産力>実質賃金」なので、追加で1人雇ったときの追加的な収入が、追加的な費用を上回り、差額分が追加的な利潤になります(図の矢印)。

 古典派の第一公準

「労働の限界生産力=実質賃金」となるまで雇用を続ければ、矢印の合計である図の左上の青線で囲まれた三角形が利潤合計となり、利潤が最大化されるのです。一方、それを超えて雇用すると、「実質賃金>労働の限界生産力」となり、差額分が追加の損失となります。よって、企業は「労働の限界生産力=実質賃金」の水準の雇用量を超えてまで雇用することはありません。

 

プロフィール

三枝 元

Author:三枝 元
1971年生まれ。東京都在住。読書好きな中年中小企業診断士・講師。資格受験指導校の中小企業診断士講座にて12年間教材作成(企業経営理論・経済学・組織事例問題など)に従事。現在はフリー。
著書:「最速2時間でわかるビジネス・フレームワーク~手っ取り早くできる人になれる」ぱる出版 2020年2月6日発売
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連絡先:rsb39362(at)nifty.com
※ (at) は @ に置き換えて下さい
(お急ぎの場合は携帯電話までご連絡ください)

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