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交渉と公平感②

前回の「交渉と公平感①」では、「1万円をAとBで分けるとし、Aが提示する分配案にBが合意したら双方にお金が渡るが、Bが拒絶したら双方とも何も得られない」というケースを取り上げ、この場合、AはBと妥結するために半々の額を提示することになるという結果について見てきました。
今回は、どうすれば公平感のある分配が可能になるのかについて考えてみます。


■お金の分配案から得られる教訓

このお金の分配案から得られる教訓は、交渉に当たっては相手の経済的価値(1円でももらったほうが得だ)だけでなく過程についての利益(メンツを保ちたい、自己主張したい、尊重されたい、公平に扱ってほしいといった利益)や関係についての利益(相手と良好な関係を構築したいという利益)も考慮する必要があるということでしょう。

また公平性や協調性を保ったほうが経済的価値も高くなることが多いということです(ただし常にではなく、特に1回だけの交渉でその後に相互にかかわりをもたない場合は自分の利益を最大化するために裏切り行為を行ったほうが特になる場合もあります)。

一方、B(分配案を提示される側)の立場で言うと、泣き寝入りしないで自身が望む利益(全体の半分とします)を得るためには、場合によっては初めから「半分もらえないのなら拒絶する(Aも何ももらえないようにしてやる!)」という意思表示(コミットメント)をするといったことも求められます。脅しをかけることで交渉のパワー関係(流れ)を変えるわけです。


■どうやって公平性を担保するか

またこのお金の分配案は、金額の多寡しか基準がなく「半々が公平だ」とすぐにわかる単純なケースですが、ビジネス交渉の多くは、経済的利益だけでも価格、納期、品質、支払条件など多くの利益が存在します。よって、自分にとっては公平であっても相手がそう感じるとは限らず、なかなか公平な分配が何かを想定することが難しいです。

このような複雑な利害がからむ場合の1つの解決策として、ケーキカットのルールというものがあります。これはケーキをカットする(分配を決める)人と選ぶ人を分けるというものです。たとえば姉妹でショートケーキを2等分する際に、大きさ以外にもイチゴが乗っているかどうかなどで揉めるかもしれませんが、ケーキカットのルールを適用すれば公平性を担保できるということです。

相手にとっても自分が決定に参加したという感覚が得られますから、経済的な利益だけでなく、過程についての利益についても公平性が期待できます。

やや利益が複雑なビジネス交渉の場面で言うと、相手に対し、「こちらが受け入れ可能で、相手にとっては同程度の価値がありそうな複数の案」を提示し、その中から相手に最もよいもの選ばせるという形での応用も考えられます。

この時点で合意できなくても、選ばれた案を土台にいくつかのバリエーションを提示して選んでもらうという行為を繰り返すことで、双方が得をする合意案をまとめ上げていくわけです。

その際には「交渉のための準備④(創造的選択肢を考える:前編)」で触れたように、「自分側の負担が少なくて相手側には大きな利益をもたらす条件」と「相手側の負担が少なくて自分側には大きな利益をもたらす条件」を組み合わせることがポイントになります。


【参考】
『ハーバード流交渉術』ロジャー・フィッシャー、ウィリアム・ユーリー著 三笠書房
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交渉と公平感①

前回の「シャープの買収交渉を考える」をブログで上げたのが24日でしたが、翌25日、大筋合意がなされたとのシャープの発表がありました。さかんに報道されていますので多くの方はご存知かと思いますが、まずはその内容から見ていきたいと思います。


■シャープの買収交渉が大筋合意に

シャープの発表によれば、合意内容は、鴻海(ホンハイ)精密工業からの出資額を当初の4890億円より1000億円減らす、シャープの主力銀行は、3月末に期限を迎える融資枠5100億円について、借り換えに応じる、鴻海がシャープに支払う保証金1000億円は予定通り拠出するというものです。

出資額だけ着目すると、偶発債務の存在を問題視した鴻海は最大2000億円規模の減額を要求して話し合いが難航していたようですが、最終的には半分の1000億円程度の減額で折り合った形になります。

前回触れたように交渉全体の過程で見ると、シャープはあまり上手な交渉をしているとは思えませんが、ここ1ヶ月に期間を絞って考えると、シャープ、鴻海とも担当者はまずまず公平な妥結と考えているのかもしれません。

今回は交渉と公平感について考えていきたいと思います。公平感については興味深い実験があります。


■もし「千円くれる」と言われたらどうする?

話が変わりますが、みなさんは、人から「千円くれる」と言われたらどうしますか。もし何か裏がなければ、普通は喜んでもらうと思います。

ただし場合によっては自らもらわないことを選択するケースもあります。次のお金の分配案を考えてみましょう。

ある人物Xがいて、AとBの2人を前に1万円を提供しようと提案したとします。ただし条件があり、最初にAがその分配額を提示し、Bはそれを受け入れればAとBの双方にそれぞれ分配金が渡されます。たとえばAが「Aに6千円、Bには4千円」という分配案を提示して、Bが受け入れれば、Aは6千円、Bは4千円を得るということです。しかしながら、Bがそれを受け入れなければAもBも何ももらえません。


■相手にいくらを提示するか?

ではあなたがAであったら、いくらの額をBに提示するでしょうか。もしAが合理的であったら、「Aには9千円、Bには1千円」といったAにとってかなり有利な案を提示するはずです。なぜなら不公平でもBは1千円でももらったほうが、その案を受け入れずに何ももらえないよりはマシであり、受け入れるはずだからです。「Aには9千9百円、Bには百円」という案でもBは受け入れるほうが合理的です。

一方、あなたがBであったら、Aのこの案を受け入れるでしょうか。たぶん受け入れないでしょう。何せAが多くもらう理由はどこにもないのですから。したがって結果的に2人とも何ももらえない公算が大になります。

では、交渉をまとめてお互いがお金を手にするには、いくらの額を提示するとよいでしょうか。おそらく多くの人は半々の提案をするのではないでしょうか。これについては米国の大学などで30名程度の学生を対象に数多くの実験がされてきましたが、相手への提示額は全体の5割が最も多く、提示額が2割未満であると半分の確率で相手が拒絶するようです。

このケースでは、交渉は1回だけとしましたが、通常、交渉は話し合いを重ねます。よって、Bが分配案を拒絶したらAは交渉を打ち切る以外に再提案ができるとします。

この場合、2回目以降の提案ではBは有利な立場になります。先ほど1回だけの再提案がない場合にAが考えたように、Bは「交渉決裂で何も得られないより妥協してでも何か得たほうがマシだとAは考えるはず」と推察するからです。その結果、AはBが合意するまで妥協を繰り返し、Bがほとんどを得るような分配案を提示するようになるかもしれません。

しかしながらBが不公平な提案を受け入れなかったように今度はAもBに利益が大幅に偏る案には納得しないでしょう。そうなるとAが再提案できても結局落ち着くのは半々という公平な分配案になります。

かなり回りくどくなりましたが、ここひと月間のシャープと鴻海の交渉も、出資額については「決裂して互いに何も得ないか」「それとも妥協して何かを得るか」という点ではこのお金の分配案と同じ構造と言えるでしょう。
(つづく)

【参考】
『戦略的思考をどう実践するか エール大学式ゲーム理論の活用法』A・ディキシット、B・ネイルバフ著 阪急コミュニケーションズ

シャープの買収交渉を考える

シャープの買収交渉の経緯

台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業と産業革新機構との競争の末、2月25日、シャープの取締役会は全会一致でかなり有利な条件(①事業売却せず②経営陣残留③40歳以下の雇用維持④4890億円規模の出資)の鴻海の支援を仰ぐことを決議しました。

同日、シャープの3500億円の偶発債務(現時点では債務ではないが、将来債務となる可能性がある債務)問題が表面化し、鴻海側から待ったがかかり、交渉が難航しています。

ここ数日の報道では、鴻海は出資額を1000億円(報道によっては2000億円)程度減額する方向で調整に入っているとのことです。ちなみに2000億円の減額になると、鴻海の出資額は産業革新機構の提示した3000億円を下回ることになります。

シャープは3月末に、主力行などが設定した5100億円の融資枠の借換期限を迎えるため、交渉がまとまらなければ資金繰りがかなり厳しくなります。


■消滅したシャープのBATNA

ここまでの経緯を前回取り上げたBATNA(交渉が決裂した時の対処策として最も良い案)で考えてみます。2月25日までの鴻海との交渉に当たってのシャープのBATNAは、産業革新機構の提示条件でした。

しかし決議後のシャープは、このBATNAが無くなり不利な立場になったとも言えます。これでボールは、条件を選べる立場にあったシャープから鴻海に移った形になり、資金ショートの危険が高まるシャープとしては、もはや存続は鴻海次第という状況になったと解釈することができます。


■すべては鴻海側のシナリオどおり?

鴻海側によれば、シャープから偶発債務の存在が示されたのが先月の24日で、それが妥結に待ったをかけたと報道されています。しかしながら、買収交渉で偶発債務の精査は常識であり、それまで鴻海側(FAはJ.P.モルガン)が知らなかったということは考えにくい、現に産業革新機構側は存在を知っていたとの指摘があります。

そうなると3月中には交渉契約をまとめなければ資金がショートするシャープに対して、いまさら偶発債務の問題を持ち出してプレッシャーをかけることで買収条件を下げようとしているのではないかという見方もできます。最初から鴻海はそれを狙っていたのではないかとの指摘もあります。

この時点での鴻海のZOPA(Zone Of Possible Agreement:交渉可能価格帯)は「産業革新機構の提示内容(3000億円の出資額)より少しでも上」と「2月25日時点で提示した条件(4890億円の出資額など)」になり、その間のどこか(できるだけ産業革新機構に近い)まで条件を引き下げる(出資額の大幅減額、現経営陣の追放、事業売却など)でしょう。


■シャープが取りうる手段はあるのか?

時間が限られている中でシャープが取りうる手段はもうほとんどないかもしれません。他の買収先を探すことはもはや困難でしょう。

「シャープは『条件が悪ければ倒産をしても構わない』という意思を鴻海に表明する(コミットメント)しかない」と少し前にあるテレビ番組でコメンテーターが興味深いことを言っていました。シャープにはシャープのBATNA(最低条件)があるはずですから、コミットメントを盾にBATNAを上回る条件を引き出すしかないでしょう。

シャープが倒産すると、困るのは(シャープ以外には)鴻海とおそらく主力銀行でしょう。鴻海は当初はかなり大盤振る舞いの条件を提示したのですから、シャープが倒産して破談になるよりは、ある程度、譲歩した案を提示するかもしれません。

一方、主力銀行としても、シャープが倒産して貸していたお金がすべてパーになるより、どこかに買収してもらって存続してもらったほうがまだマシと考え、シャープの債務免除(あるいは追加資金融資)という形で支援することもなくはないのかもしれません。


■シャープの買収交渉から得られる教訓

分析には静学的分析と動学的分析があります。静学的分析とはある時点での分析であるのに対し、動学的分析とは「ある行動の結果、次にはどうなるか」といったように先々の影響を見越した分析です。

交渉は相手との相互作用のプロセスですから、動学的な分析が必要になります。シャープの買収交渉の経緯を見ると、このことを痛感させられます。



交渉のための準備⑥(BATNA)

他に選択肢がないと追い込まれるのは、交渉時においても同じです。代替的な選択肢があるかで交渉力が決まるといっても過言ではないでしょう。

■BATNAとは

BATNAとは、「Best Altenative To a Negotiated Agreement」の略で、「交渉が決裂した時の対処策として最も良い案」のことです。

たとえば就職のためにある企業の採用面接に行き、条件面での話し合いが始まったとします。現在、失業中で他に進んでいる話もなければ、この企業が提示する条件を飲むしかないかもしれません。この場合、BATNAは存在しません。

一方、現在、勤め先があれば、そこでの労働条件を上回る条件でなければ転職しないでしょう。この場合、BATNAは現在の勤め先(での労働条件)になります。


■BATNAの意義

BATNAを起点に「交渉のための準備②(ミッションと目標の設定)」で触れたZOPA
(交渉可能価格帯)の抵抗点(交渉に当たっての最低目標)が形成されることになります。

BATNAを用意することの意義は、今の取引の価値を見極めることです。
今の取引が魅力的なものであるならば、ミッションが実現できる範囲であれば、BATANAを上回る範囲内で譲歩したとしても、適切な交渉姿勢だということになります。

ビジネスの交渉に臨むと、どうしても妥結しようというモーメンタムが働きます。しかしながら交渉の妥結はミッションの実現のための手段に過ぎません。自らのBATNAと照らし合わせて場合によっては撤退を決断することも辞さないという姿勢が望ましいです。


■BATNAは交渉にどう影響するのか?

ビジネス交渉に当たっては、自らのBATNAを相手に悟られないようにすることが必須になります。言い方を換えれば、BATNAを悟られてしまうと、相手につけ込まれることになります。反対に相手のBATNAを知ることができれば交渉を優位に進められる可能性が高くなります。

総じて言えば、「自らのBATNAはより高く、相手のBATNAがより低ければ交渉で優位に立てる」ことになります。


■BATNAがない場合はどうするか!?

まさにBATNAは交渉力の源泉ですから、必ず用意しかつ強化につとめなければなりません。しかしながら、どうしてもBATNAが用意できない場合もあるでしょう。このような場合はどのように交渉にあたればよいでしょうか。

①無理のない範囲でBATNAがあるふりをする

たとえば営業活動において他にも引き合いがあることを匂わせるといったことです。

②内部BATNA(インナーBATNA)を確立する

先の失業者の転職のケースで言えば、他の転職先を見つけることを外部BATNAとすると、自身の中で譲れない条件を想定することは内部BATNAにあたります。内部BATNAの実現を決意することで、内側から交渉力を高めるということです。

③コミットメントを表明する

コミットメントとは、「自分が将来にとる行動を表明し、それを確実に実行することを約束すること」です(注)。端的に言えば、自ら退路を断つこと(瀬戸際作戦)によって相手に対する交渉力を高めるというものです。
たとえば取引先から値下げを要求されたら「今の価格を維持できなければ今後、取引には応じられない」と言って突き返すといったことです。リスクのある手段ですが、どうしてもという場合は考えても良いかもしれません。

※注:
詳しくは「価格競争を避けるためのコミットメント①」http://bgeducation.blog.fc2.com/blog-entry-120.htmlを参照して下さい。

【参考】
『ハーバード×慶應流 交渉学入門』田村次朗著 中央公論社
『ハーバード流 最後までブレない交渉術』ウィリアム・ユーリー著 日本経済新聞社

交渉のための準備⑤(創造的選択肢を考える:後編)

今回は、2つケースを考えてみましょう。

<ケース1>

Aさんは投資ファンドの代表です。

[今回のディールの状況]
・同族経営の老舗玩具メーカー(非上場)。業績は下降中。
・創業者である先代社長が亡くなり、その夫人(70歳)が後を継ぐ。
・現社長は経営に不安を抱えているが、夫婦二人三脚で築き上げた会社に対して思い入れが強い。
・現在、買収金額を交渉中。最初に150億円を提示したが断られ、その後も上乗せした価格を提示するも合意には至っていない。

Aさんは交渉戦略を再検討する必要がありそうです。交渉戦略をどのように見直せばよいでしょうか?



相手の真のニーズを探る必要があります。現社長(先代社長夫人)は高齢であり、買収金額よりも先代社長との思い出を残すことに関心がある可能性があります。
よって、現社長を名誉顧問にする、社名をそのままにする、創業者の銅像を建てるといった提案をすることで、買収金額を抑えながら合意に達することができるかもしれません。

<ケース2>

あなたは部品メーカーX社の営業マンで、大手メーカーY社から初めて部品aの大口の引き合いをもらいました。相手側は相見積をちらつかせながら、値引きを迫っています。

X社は、不景気による販売不振で手元のキャッシュフローが不足気味です。
Y社は、販売戦略上、夏のボーナス支給前にどうしても部品aを用いた新製品を小売店に納入したいと考えています。

あなたはどのように交渉しますか?



両社の利益を優先順位が高いものから整理してみます。

X社:①キャッシュ獲得②価格維持③納期のゆとり
Y社:①納期(即納)②値引き③支払条件

よって、X社としては優先順位が低い納期で譲り、代わりに代金をキャッシュでもらうというような交渉が成り立ちます。


【参考】
『交渉の戦略』田村次朗著 ダイヤモンド社
『交渉は「ノー!」から始めよ』ジム・キャンプ著 ダイヤモンド社

交渉のための準備④(創造的選択肢を考える:前編)

■交渉パターンの再確認

「この交渉はどういうゲームなのか?(交渉の基本パターン)①」http://bgeducation.blog.fc2.com/blog-entry-74.htmlで触れたように、交渉には大きく3つのパターンがあります。

(1)分配型交渉
限られたパイをめぐって、相互が自分の取り分(利益)の最大化を図るために行う交渉のことです。

(2)利益交換型交渉
パイは限られていますが、自分が重要でない部分は譲り、その代わり自分にとっては重要だが相手にとっては重要でないものを引き出すというものです。

(3)創造的問題解決型交渉
交渉当事者が協力し合ってパイを拡大するというものです。

ともすれば交渉は「相手からいかに多くを取るか」に囚われがちですが、利益交換型交渉や創造的問題解決型交渉によってWIN―WINの状態を目指すことが望ましいです。

そのためには、自らの交渉の選択肢(カード)を増やすとともに、相手の真の利益を探ったり、相手の利益についてもできるだけ多く洗い出したりすることで、柔軟な交渉を行うことが求められます。



■相手の真の利益は何か?

企業間の交渉においては、双方とも主に経済的利益を追求することになりますが、必ずしも経済的利益だけが利益だけとは限りません。また相手が個人(部下や消費者など)になると、経済的利益で折り合わなくても情緒的な配慮を示すことで合意に至る可能性は高いでしょう。利益には大きく3つがあります。

①経済的利益
実質的な利益のことで、価格、納期、品質、支払条件などが該当します。

②過程についての利益
メンツを保ちたい、自己主張したい、尊重されたい、公平に扱ってほしいといった利益のことです。

③関係についての利益
相手と良好な関係を構築したいという利益のことです。

ただし②や③は情緒的な利益であり、交渉時にこれを優先すると経済的な利益の面で大幅な譲歩を余儀なくされる可能性が高くなります。


■自分には価値がないが相手には価値があるものは?

こと交渉の場面では、共通の利益ではなく利益の違いに着目するとよいとされています。「利益の違い」はむしろ歓迎すべきです。「利益は複数あること」「利益は人によって異なること」を念頭に、交渉過程を通じて相手の利益を洗い出すことが求められます。

その際は「自分側の負担が少なくて相手側に大きな利益をもたらすもの」と「相手側の負担が少なくて自分側に大きな利益をもたらすもの」を組み合わせることになります。

また利益の違いを上手く噛み合わせるためには、「こちらが受け入れ可能な、同程度の価値があるものをいくつか考え、相手に提示してみせてその中からベストなものを選んでもらう」というプロセスを踏むのもよいでしょう。


【参考】
『ハーバード×慶應流 交渉学入門』田村次朗著 中央公論社
『ハーバード流交渉術』ロジャー・フィッシャー、ウィリアム・ユーリー著 三笠書房

交渉のための準備③(目標を設定する)

目標の設定とは、自らのミッションを具体的な数字や条件に置き換えることです。

価格交渉の場合、売り手(いかに高く売るか)と買い手(いかに安く買えるか)とでは希望金額が異なりますから、すぐに妥結することはまずありません。

よって、最高目標と最低目標を設定しておく必要があります。この交渉可能価格帯のことを、ZOPA(Zone Of Possible Agreement)といいます。

たとえば、あなたが友人から中古車を買おうとしているとします。買い手であるあなたは可能なら135万円で手に入れたいが150万円より上の金額は払えないとします。一方、売り手である友人は最低でも130万円、できれば140万円支払ってもらいたいと考えているとします。

この場合、買い手のZOPAは「150万円(最低目標)から135万円(最高目標)」、売り手のZOPAは「130万円(最低目標)から140万円(最高目標)」です。当然のことながら、両者のZOPAの重なるいずれかで交渉は妥結します。両者のZOPAが重ならなければ合意には至りません。

また通常は相手のZOPAは事前に分かりませんから、交渉の過程ではまず聞き役に徹し、相手のZOPAを探ることから始めることになります。逆に自らのZOPAは知られない方がよく、特に最低目標(抵抗点ともいいます)は、相手に絶対に知られてはなりません。相手に見透かされてしまうと、不利な条件での妥結になりかねないからです。

一般的には相手のZOPAは狭いよりは広いほどよく、自分が買い手なら売り手の最低目標(抵抗点)は低いほど望ましいです(逆に自分が売り手なら買い手の抵抗点は高いほうが望ましい)。

先の中古車の売買においては、あなたが買い手なら売り手の抵抗点が130万円より100万円のほうが都合が良いでしょうし、逆にあなたが売り手なら買い手の抵抗点が150万円より200万円のほうが都合がよいはずです。

実際の交渉では、自らのZOPAの範囲内で譲歩をすることで、相手の譲歩を引き出すことになります。ZOPAを設けることで、柔軟な交渉が可能になります。ただし、その際に変に落としどころを意識すると、自分では上手く立ち回ったとしても結果的には不利な条件で妥結することになりかねませんから要注意です。


【参考】
『ハーバード×慶應流 交渉学入門』田村次朗著 中央公論社
『交渉力―最強のバイブル』ロイ・J・レビスキー、ブルース・バリー、デイビッド・M・サンダース著 日本経済新聞社

交渉のための準備②(ミッションと協議事項を設定する)

■ミッションを考える

まずミッションとは「共通の目標あるいは究極のゴール」のことであり、「交渉をまとめること」がミッションではありません。ビジネス交渉における合意は、ゴールではなく出発点です。

たとえば2社の間で提携交渉が行われるとします。この場合、交渉の究極的な目標は「市場で競争力をつけること」であり、提携合意はあくまでそのための手段に過ぎません。つまり交渉のミッションは「市場で競争力をつけること」です。

ミッションを設けることで交渉のイメージがつきやすくなり、首尾一貫した交渉が可能になります。またミッションを共有することで互いに譲り合えることは譲り合い、合意に向けての推進力が高まるといった効果も期待できます。

しかしながら、いざ交渉するとなると「いかに自分にとって有利に交渉をまとめるか」に関心が集中しがちで、目的と手段が入れ替わってしまうことがしばしばあります。

交渉担当者には成約重視型と履行重視型の2つのタイプがあります。成約重視型は「とにかく契約をまとめること」を重視しますが、履行重視型は「契約は始まりに過ぎず、双方が価値を生み出せるようにすること」を重視します。履行重視型が望ましいことは言うまでもありません。

そのためには契約を締結してから1年後を想定し、「契約はきちんと履行されているか」「そのためには何を話し合うべきか」「何を成功の指標とするか」を念頭に置いて交渉に臨むとよいでしょう。

また交渉術では「WIN-WIN」「関係性の構築」が原則ですが、誤解してはならないのは、これらはあくまでミッションの達成という目標のための手段です。目標ではありません。

本来はミッションからスタートする交渉ですが、交渉自体が目的化してしまうことを回避するためには、次のような形でミッションを整理して折に触れて振り返ることもオススメです。

「Aというミッションを達成するために、BとCについて交渉する」

例えば「(A)製品Xを5年以内に量産化に持ち込むために、(B)欧州のY製薬会社と(C)共同研究開発契約について交渉する」といった具合です。


■協議事項を整理する

ミッションが決まったら次に協議事項(アジェンダ)を整理します。協議事項の整理は、次の3つのステップで進めます。

①協議事項を抽出して分類する
法人間の商品取引において、自社にとっての利益は通常1つではありません。価格以外にも、ベネフィット、納期、支払条件、品質保証、その他付帯サービスなど様々です。こうした複数の利益(協議事項になる)を漏れなく抽出してグループごとに整理するということです。

②協議(利益)の優先順位を考える
①に基づいて複数の利益の優先順位を付けます。合わせて自社にとってはそれほど価値がないが相手にとっては価値があるものはないか整理しておくと後の交渉で役に立ちます。

③話し合うべき順序を考える
協議は互いの優先順位が高いものから始めるのではありません(そもそも優先順位が違う場合も多いです)。また重要だがすぐには合意できそうにないことからではなく、合意しやすいところから始めるのが望ましいです。
合意できそうにない事項から始めると、すぐに議論が紛糾して交渉そのものがデッドロックに乗り上げてしまうからです。
合意しやすい事項から始めると、相手との関係性も構築しやすくなり、さらにその過程で相手のニーズや事情を入手することができます。


【参考】
『ハーバード×慶應流 交渉学入門』田村次朗著 中央公論社
『「交渉」からビジネスは始まる』DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部編 ダイヤモンド社
『プロフェッショナルの戦略交渉術』隅田浩司著 日本経団連出版
『ウォートン流 人生のすべてにおいてもっとトクをする新しい交渉術』スチュアート・ダイアモンド著 集英社

交渉のための準備①(状況を把握する)

■交渉のための準備で意識する5つのポイント

さて交渉を行うと決めたら交渉の準備段階に入ります。交渉の成否は8割がた準備段階で決まるといっても過言ではないでしょう。準備にあたっては、次の5つを意識しましょう。

① 状況を把握する
② ミッションを考える
③ ミッションを実現するための目標を設定する
④ 創造的選択肢を考える
⑤ BATNAを用意する

今回は「①状況を把握する」について見ていきます。


■状況把握のポイント

状況把握のポイントは次のとおりです。

・相手との力関係を把握する
・相手の方が力関係で上の場合、それを操作できないかを考える
・相手の最終意思決定者が誰かを考える
・相手の意思決定に影響を与える存在を列挙する



では次のケースを考えてみましょう。

<ケース>

あなたはX社の電子部品メーカーの営業マンです。X社はニッチ製品に特化し、ユニークな新技術を持っていて、現在、大手メーカーZ社の調達担当責任者と商談を進めています。
相手側は価格の引き下げを強く要求しており、このままでは交渉がまとまりそうにありません。
今後の交渉戦略をどのように考えればよいでしょうか。



とりあえず考えられる方策は次のようなものでしょう。

・他の買い手を増やすか、あるいは他からも引き合いがあることをほのめかす。交
 渉の前に他社との実績を作れていればなお良い。⇒力関係の把握と操作
・交渉相手の調達担当責任者は調達価格しか関心がないのかもしれない。よって開
 発担当者へ働きかけ、X社部品の採用を促す。
 ⇒相手の意思決定に影響を与える存在の列挙
・担当者同士では埒が明かないのであれば、互いの経営者同士の話し合いの場を持
 ち、両者にとっての幅広い利益を考えた上で再交渉する。たとえば互恵取引(Z社の
 製品を購入する代わりにX社の部品を採用してもらう)による商談成立もあるかもし
 れない。⇒相手の意思決定に影響を与える存在の列挙と力関係の操作
・可能であればX社部品の長所を第三者(専門家や他のユーザーなど)から働きか
 けてもらう。⇒相手の意思決定に影響を与える存在の列挙と力関係の操作


■利害関係者マップの作成

利害関係者は必ずしも取引当事者に留まらず、顧客、サプライヤー、債権者、債務
者など幅広く捉え、利害関係者マップとして図に整理するとよいでしょう。


シャープの買収について、当初は産業再生機構が有利と見られていたのがホンハイ
側が買収交渉を勝ち取った背景には、ホンハイ側がシャープの債権者(メガバンク)
に対し債務保証し、味方につけたことも一因と言われています。

また「インテル・インサイド戦略」は、インテルのCPUを直接エンドユーザーに知らしめることで支持を得、インテルの直接的な顧客である完成品メーカーに対しての交渉力を高めるための方策であると捉えることができます。


【参考】
『最新ハーバード流 3D交渉術』デービッド・A・ラックス/ジェームズ・K・セベニウス著 CCCメディアハウス
『ハーバード×慶應流 交渉学入門』田村次朗著 中央公論社


交渉の前のひと呼吸

ここしばらくシャープと鴻海(ホンハイ)精密工業および産業革新機構との買収交渉が報道されています。シャープはどちらに買収されるべきかの議論が多いようですが、交渉術という点ではホンハイはなかなかの交渉巧者という感があります。
今回から数回にかけて久しぶりに交渉術について取り上げます。
最初に交渉の必要性を感じたら、次のことを考えてみましょう。


■交渉するべきか

場合によっては、交渉をしないほうがよい場合もあります。

たとえば相手と交渉することで、人間関係を損なってしまう場合です。たとえば、かねてから欲しいと思っていたアンティーク・カーを、叔父さんが格安で譲ってくれるというオファーがあったとします。値切ろうとすれば、相手の心証を損ない、せっかくの申し出がおじゃんになるかもしれません。

また交渉で不本意な結果になると、自分の評判が著しく損なうといった場合もあるでしょう。


■タイミングは今か

しばらく時間をおいたほうが自分にとって交渉を有利にできる場合があります。

昨年の春頃にAIIB(アジアインフラ投資銀行)に日本が参加すべきかどうかということが話題になりました。

AIIBは中国が50%以上を出資し、融資案件の議決権を握ることになるので、ガバナンスに問題があるとの指摘がある一方で、イギリスやドイツなどが参加を表明したことから「日本もバスに乗り遅れるな」との論調が多く見られました。

しかしながら日米が出資を見合わせたことから、AIIBの発行する債券は無格付けという事態になり、さらに資金の調達金利(中国の国債に準じて決まると予想される)もアジア開発銀行(ADB)よりも割高になることが予想されます。

今のところAIIBへの参加を見合わせたことで、日本は今後の(調達金利を下げるためにどうしても日米に参加して欲しい)中国(あるいはAIIB)との交渉に対して力を得たと考えることができます。


■どの程度の力を入れるか

自らにとって是が非でもまとめたい案件とそうでもない案件があり、前者についてはできる限りのオファーをすべきでしょうが、場合によっては後者についても交渉の過程において冷静さを失い予期せぬ出費をしてしまうことがあります。

これは勝者の呪い(競売において、落札額が商品の評価額以上に吊り上がってしまい、結果的に落札者が損をすること)と呼ばれます。たとえばある企業の買収を2社で争っているとします。買収提案を応酬しているうちに買収金額が跳ね上がってしまい、買収に成功してもとても採算が合わないという結果になってしまうことが多く見られます。

交渉に没入してしまい妥結に急いで当初の予定を超える犠牲を払ってしまうことがあります。それを避けるためには、事前にどこまでのオファーをするかを決めておき、交渉中も立ち返る冷静さが求められます。「最初にこの価格(条件)が提示されたなら受けるだろうか?」を考えてみるとよいでしょう。


【参考】
『交渉は創造である』マイケル ウィーラー著 文藝春秋

マイナス金利導入後の政策手段は?

内閣府が8日に発表した2015年10-12月期実質国内総生産(GDP)2次速報値は、前期比はマイナス0.3%、年率換算ではマイナス1.1%となりました(2四半期ぶりのマイナス成長は1次速報と同じ)。
今回は、この結果を受け、今後の経済政策を考えてみたいと思います。


■今後の政策手段は?

先行きの不透明感を(デフレマインド)を払拭しない限り、いくら金利が安くなっても企業は設備投資をしないですし、賃金を上げようとは思わないでしょう。一般家計も同様で、消費や住宅投資には向かわないでしょう。当初の目的どおり、デフレマインドからの完全な脱却と需要不足解消のための政策が求められます。


■金融政策の可能性は?

今後の量的緩和のための環境整備が整ったわけで、年内の早い段階で追加の金融緩和(国債の購入量を今の80兆円から100兆円まで増やす)を決定する可能性があります。


■望まれるのはむしろ速やかな財政政策

さらに景気を安定化させるためには、これまで頼りきりであった金融政策のみならず、積極的な財政政策も必要となるでしょう。もともと財政規模(当初予算+補正予算)はアベノミクス開始直後の2013年度を除けば、消費増税や予算規模の縮小により緊縮に転じています。

経済安定化のための政策は、金融政策と財政政策の両輪であることは経済学では常識であり、それぞれ独立的なものではありません。金融緩和を行ってもデフレから脱却できていないという批判がありますが、緊縮的な財政政策(特に消費増税)が金融緩和策の足を大きく引っ張ったことに着目すべきでしょう。

夏の参院選をにらみ、今回約3.5兆円と小規模にとどまった補正予算の追加ということも考えられます。当然、消費増税は凍結(ないし減税)しかないと思います。


■財政政策の内容は?

たとえばエコノミストの安達誠司氏は信用保証の充実などの措置によって中小企業向けの融資を支援するといったこともあると指摘しています。

高橋洋一氏(嘉悦大学教授 元内閣参事官)は、国の特別会計上で余った資金(いわゆる埋蔵金)を使うことを主張しています。

これまでのアベノミクスの円安効果で「外国為替資金特別会計」には約20兆円の含み益があり、さらに失業率の低下で「労働保険特別会計」には約7兆円もの埋蔵金があることを指摘し、これを原資に国民に10兆円規模の給付金を配ればよいとしています。

さらに金利がマイナスの現在こそ(債券を発行する側が金利をもらえる)、プライマリーバランスにも影響しない財投債(政府金融機関、独立行政法人、特殊会社などの資金調達のために発行される債券で国債の一種)を発行し、歳出にあてるべきだと述べています。

新アベノミクスの「夢を紡ぐ子育て支援」「安心につながる社会保障」の支援という点でも、特に消費性向が高い(給付金がすぐに消費に廻りやすい)低所得者への給付付き税額控除といった政策も考えられるでしょう。


■G20の声明を踏まえてあらゆる政策手段を!

リーマンショック後、2013年度を除けば、財政政策と金融政策が揃ったことはありません。G20で採択されたように、金融政策だけでは効果が限定的であり、財政政策が重要です。財政政策と金融政策のポリシーミックスが必要ではないでしょうか。

【参考】
現代ビジネス/アベノミクスついに沈没 「消費税8%」がすべての間違いだった/高橋洋一
現代ビジネス/日本のGDPを引き上げ、アベノミクスを「合格点」へと導く効果的な一手をここに示そう/高橋洋一
現代ビジネス/日銀「マイナス金利」の効果を徹底検証~デフレ脱却に向けて、ボールは政府に投げ返された/安達誠司
三菱UFJリサーチ&コンサルティング/「アベノミクス第二ステージ」をどう捉えるか/片岡剛士

国債金利のマイナス化(なぜマイナス金利でも国債を買うのか?)

今回はマイナス金利でも、国債の金利のマイナスについて考えてみましょう。
国債を買っても金利がつかないどころか損をするのに、なぜそれでも金融機関は国債を買うのでしょうか?

■日銀のねらいどおり名目金利は下がっている

日本銀行のマイナス金利の適用が始まった先月16日、銀行間の短期資金の貸し借りを行う際の利率であるコールレート(無担保コール翌日物)は急速に低下し、17日以降はマイナスで推移しています。

一方、国債のイールドカーブ(債券の償還までの期間と金利との関係を見たもの)を見ても、償還期間が10年までのものがマイナス金利となっています(注1)。

日銀のねらいどおり、名目金利は下がっていることが確認できます。


■債券価格が上がれば金利は下がる

通常、債券価格が上昇すれば名目金利(利回り)は低下します。

たとえば額面が1000円の債券があり、それに対し10円の金利が付くとします。この場合、利子率は1%になります(10÷1000)。

ここでその債券への需要が高まり、債券の売買価格が1100円になったとします。1債券あたりの金利は固定ですので、10円のままです。この場合、利回りは約0.9%に低下します(10÷1100)。


■国債のマイナス金利とは?

1月末の日銀の当座預金口座へのマイナス金利導入の発表以来、世界同時株安という不確実性もあり、安全資産である日本国債への需要が高まり、国債金利が低下し、その結果、先に触れたように国債金利がマイナス化しました。

国債金利がマイナス化するとは、次のような状態です。額面が1000円で金利が10円、償還時には合わせて1010円を受け取れる国債があったとします。この債券を1020円で買うと、10円の損をします(1010-1020)。この場合の利回りは、マイナス0.98%(マイナス10÷1020)となります。つまり、償還時に受け取る総額よりも売買価格が高いとマイナス金利になります。

しかしながら、金利がマイナスの国債をなぜ金融機関は買おうとするのでしょうか。一般的に言われているのは、次のような理由からです。


■金利がマイナスでもまだマシ!?

1つめの理由は、金利がマイナスでも日銀当座預金口座に新たに預けるよりもマシだからです。日銀当座預金口座に預けるとマイナス0.1%の金利(逆に0.1%支払う)になりますが、それよりも国債の金利のマイナスが低ければまだよいということです。

民間銀行としては急に資金の運用先を見つけるわけにもいかないでしょうから、やむを得ない選択(消極的選択)とも言えます。コールレートのマイナス化も同様です。


■手元に現金を抱えておくわけにもいかない!?

2つめの理由は、民間銀行としては、手元に現金として抱えておくと、管理コストがかかるからです。現金の保管代や警備代は年間で総額の1%程度という説もあります。国債の金利がマイナスでも、管理コストより低ければまだマシということです。


■担保として国債が必要!?

3つめの理由は、国内銀行の担保需要です。銀行間で資金のやり取りをする際には担保が必要で、もともと国債の担保としての需要が高いことが挙げられます。銀行全体で40兆から60兆円程度の需要があるとの見方もあり、国債の暴落は起きない状態なのです。


■将来、日銀が高く買ってくれるはずだ!?

そしておそらく最も大きな理由は、日銀が今後も買いオペを続けるだろうという想定だからです。

もともと日銀の買いオペで国債はマーケットで品薄状態ですから、高い売買価格がつきます。先の数値例で言えば、金融機関が、額面が1000円で金利が10円の債券を1020円で買っても、その後に日銀(あるいは他の金融機関)が1030円で買ってくれれば利益がでます。


■いつになったら国債は暴落するのか?

さて「日本の財政は破綻寸前で国債は暴落する」と煽る識者(と呼ばれる人々)が少なからずいます。ただし、ここ10年間の10年物国債の金利の推移を見ても低下傾向を続けています(国債価格は上昇傾向)。

国債暴落論を唱える方は、これをどう説明するのでしょうか?興味がつきません。


注1:日本国債のイールドカーブはこちら
http://www.bloomberg.co.jp/markets/rates.html
注2:10年間の長期金利推移グラフはこちら
http://www.bb.jbts.co.jp/marketdata/marketdata01.html

日銀の量的・質的金融緩和政策⑥(マイナス金利への批判をどう考える?)

日銀のマイナス金利については、批判的な立場の意見が目立ちます。今回はそうした意見を検証してみたいと思います。これまでのまとめ的な位置づけになります。


■マイナス金利導入のねらい

今回の日銀のマイナス金利については、仕組みがややこしいので再確認しておきましょう。

マイナス金利の対象は、今後、銀行が追加で日本銀行に預けるお金だけであり、これまでの預金分については引き続き銀行へ金利(0,1%)が支払われます。

マイナス金利導入のねらいは、主に名目金利を下げることを通じて実質金利を下げること、さらに追加の量的金融緩和による効果を高める環境を整備することでした。


■民間銀行の業績が低下する?

確かに民間銀行は日銀当座預金からの金利がもらえなくなりますので、その分は収益悪化要因となります。

しかしながら、繰り返しになりますが、今回のマイナス金利は、今後、民間銀行が日銀に預けるものに対してであり、今まで預けていたものに対しては原則的に0.1%の金利がつきます。よって、銀行の収益を悪化させないための配慮を十分にしており、その点ではバランスが取れたものといえます。

ただし今後、企業への融資や各種ローンの金利の下げ圧力にはなりますから、その点については銀行の経営は厳しいものとなります。貸出や運用金利の低下幅の方がゼロ以下にはならない預金金利の低下幅より大きいからです。

一方、全国銀行協会の調べによれば、現在の銀行の当期純利益水準は、リーマンショック後では最高水準に近い状態にありますので、今回のマイナス金利が直ちに銀行経営を圧迫するものだとは考えにくいのではないでしょうか。

いずれにせよ金融行政と金融政策は峻別する必要があるでしょう。

余談ながら日銀政策決定会合で反対した4人(全員民主党時代に任命)のうち3人が金融機関出身(賛成派に金融機関出身者はいない)であることは興味深いところです。


■マイナス金利は日銀の量的緩和の限界を示す?

「日銀は限りある国債を買い続けるわけにはいかない。量的緩和が限界に来たから、禁じ手であるマイナス金利を導入した」との見方があります。

ただし昨年12月の補完措置で、日銀は購入する長期国債の範囲を拡大させています(償還までの期間をこれまでの7~10年程度から7~12年程度まで長期化)から、量的緩和が限界に達したわけではありません。

また今回はじめて金利低下という手段を講じたわけで、今後、さらなる金利の引き下げ、日銀当座預金の金利引き下げ対象の拡大という選択肢を新たに得たと捉えることもできます。


■マイナス金利を導入しても株価は下がった!?

マイナス金利導入によって、一度は上昇した株価も直後にすぐに下がり円高傾向が進みました。よってマイナス金利は失敗だという声があります。

ただし前回『日銀の量的・質的金融緩和政策⑤(マイナス金利のねらい:後編)』http://bgeducation.blog.fc2.com/blog-date-20160303.htmlで触れたように、今回のマイナス金利のねらいは、今後の追加緩和の効果を高めるためのものであり、現段階で効果を確かめられるものではありません。少なくとも即効的な株価や為替対策をねらったものではないと言えます。株価や為替は対外要因によって決まる部分が大きいので、マイナス金利とは分けて考えるべきでしょう。

またゼロ金利導入発表以来、日銀の思惑通り、コールレート、国債金利(イールドカーブ)は低下(場合によってはマイナス化)しており、その点では効果が出ています。(予想)実質金利(=名目金利-期待インフレ率)を下げるためには、名目金利以外に期待インフレ率を上げる必要がありますが、これについては今後の金融緩和次第です。


■ECBは一昨年から導入しているが効果がない!?

ECB(ヨーロッパ中央銀行)は一昨年から導入しているが効果がないとの指摘があります。

ECBのマイナス金利の対象は、当座預金のほぼ全体です。よって銀行の収益環境が急速に悪化し、さらにユーロ圏全体での景気が悪い中では、積極的な資金の循環が出にくい環境にあります。

一方、日銀のマイナス金利の対象は、これから銀行が日銀当座預金口座に預け入れるお金が対象であり、銀行へのダメージが限定的となるように配慮されています。つまり銀行の経営を安定化しつつ将来の資金循環を高める仕組みとなっており、ECBのものとは異なるものとなっています。よって効果を比較するのは、繰り返しになりますが今後の日銀の追加緩和を見てからになるでしょう。

日銀の量的・質的金融緩和政策⑤(マイナス金利のねらい:後編)

■日銀の声明を見ると?

日銀から公表された「マイナス金利付き量的・質的金融緩和の概要」には、「日本銀行当座預金金利をマイナス化することでイールドカーブ(債券の償還までの期間と金利との関係を見たもの)の起点を引き下げ、大規模な長期国債買入れとあわせて、金利全般により強い下押し圧力を加えていく」とあります。つまり短期から長期に至る金利の引き下げがねらいであることが示されています


■実質利子率への影響は?

実質金利は「名目金利-期待インフレ率」で求められます。日本の場合、国債の名目金利はほぼゼロ水準ですから、原則的にはそれ以下には下げられませんでした。

また「日銀の量的・質的金融緩和政策③(黒田日銀の政策を振り返る)」http://bgeducation.blog.fc2.com/blog-entry-126.htmlで触れたように、銀行同士の資金の貸し借りの利率(コールレート)は付利を下限に形成されます。

よって付利を下げる(マイナス化する)ことによってコールレートの水準を下げ銀行同士の資金の融通性を高め、ひいてはその先の民間企業への貸出の利率を低下させる(名目金利の低下)ことが可能になります。

さらに銀行が追加で日銀当座預金口座に預けようと思っていた資金は、債券市場にも廻り、その結果、国債価格が上昇し国債の名目金利は低下することになります(注1)。世の中の金利は最もリスクが低い国債の名目金利を下限に形成されるので、国債金利の低下は貸出等の名目金利の下げ圧力になります(注2)。

また今後の金利の引き下げの可能性を示唆し量的緩和の継続と合わせ目標インフレ率達成への決意を示すことで、期待インフレ率を高める(その結果、実質利子率を低下させる)効果も考えられます。

以上のように名目金利を低下させ期待インフレ率を高めることで実質金利を下げようというねらいがあるわけです。


実際にゼロ金利導入発表以来、日銀の思惑通り、コールレート、国債金利は低下(場合によってはマイナス化)しています。


■今後の追加緩和に対する土壌作りというねらいが実は大きい?
 
さて昨年12月以降の日銀の政策を見ると、こうした強制的な貸出の増加よりも、さらなる金融緩和(QQE3)に向けた土壌整備という面が見えてきます。

日銀の買いオペは新規分80兆円、償還分40兆円の約120兆円で、これは政府の年度ベースの市中発行額にほぼ相当します(短期国債を除く)。つまり国債は日銀が買い尽くして2016年度に新規に市中に出回る国債は事実上ほとんどなく、国債は品薄状態ということになります(この点から見てもすぐに追加緩和を行えない状態であったともいえます)。

よって、まずは昨年12月の補完措置で日銀が購入する国債の残存期間(償還までの期間)の対象を広げる(中短期債から長期債までに拡大)ことで買いオペの余地を確保し、そして今後の追加緩和の効果(マネーストックの伸び拡大)の効果を高めるためにマイナス金利を導入したと考えることができます。

今回のマイナス金利は、今後、民間銀行が日銀に預けるものに対してであり、今後、日銀が追加の買いオペを行って銀行に資金を提供しても、日銀当座預金口座へのブタ積みではなく、マネーストックとして廻るように仕向けるものであり、今のうちに実質金利を下げておくことで、さらなる量的緩和の効果を高めるための環境を整備しておくというねらいがあると考えられます。


今回のマイナス金利が黒田バズーカ第3弾という捉える報道もありますが、以上を踏まえれば正しくはないと言えます。これは、日銀が今回の措置をマイナス金利付き量的・質的金融緩和と称していることからも確認できます。

アメリカでの量的金融緩和は2008年から2012年にかけて3回実施しています。日銀としても今度の追加緩和が正念場であると認識して、そのための準備を着々と進めているように思われます。


注1:
債券価格と金利との関係は、回を改めて取り上げたいと思います。
注2:
原則的に各企業への貸出金利や各企業の発行する社債金利・株式配当は、安全資産である国債の金利にそれぞれの企業のリスクに応じたプレミアム(リスク・プレミアム)が加算される形で決まります。

【参考】
日本銀行/(2016 年 1 月 28、29 日開催分「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」の概要・(参考)本日の決定のポイント・金融政策決定会合における主な意見
現代ビジネス/株価大暴落!日銀「マイナス金利」導入は裏目に出たのか?/安達誠司

日銀の量的・質的金融緩和政策④(マイナス金利のねらい:前編)

日本銀行のマイナス金利発表から1ヶ月が経ちます。ようやく自分なりに客観的な評価に至りましたので、そのねらいについて取り上げたいと思います。
実際のところ、識者によって評価が様々(玉石混交)といったところで、中にはかなり誤ったものもあります。
多くの場合、マイナス金利のねらいは銀行の資金を強制的に貸出に廻すことだとの説明が多いようです(正直、私もそう思っていました)。これはまったく誤りではありませんが、どうも本当は違うところにねらいがありそうです。


■カネは天下のまわりもの

お金の量を測る代表的な指標には、マネタリーベース(ハイパワードマネー)とマネーストック(マネーサプライ)の2つがあります。

マネタリーベースとは日銀が供給するお金のことで、物的なお金の量を表します。マネーストック(マネーサプライ)とは、要は世の中に出回っている現金と預金の合計です。

通常、預金と貸出の連鎖によって。マネタリーベースの数倍のマネーストックが実現します。これを信用創造といい、「マネタリーベースの何倍のマネーストックが実現するか(その倍率)」を信用乗数といいます。「お金は天下の廻りもの」というわけですね。

信用乗数が高いほど、お金が国内で回っていることになるので、望ましいとされます。日本の信用乗数の推移を見ると、1980年代はバブル期を含め12~13倍程度であったのが、90年代以降下降を続け、現在では4未満に留まっています。


■マイナス金利のねらいは強制貸出か?

これまで見てきたように、2013年度の量的質的金融緩和策の導入以来、日銀は、買いオペを通じてマネタリーベースの量を拡大させてきました。しかしながらマネタリーベース は黒田総裁就任以降先月までに約2.6倍に膨らんだのに対して、マネーストックは8.5%程度の伸びにとどまります。

つまりせっかく買いオペをしても、それが日銀当座預金にとどまってしまっていて、世の中に廻っていないということです(いわゆるブタ積み)。

その理由の1つが、日銀当座預金に対する0.1%の付利というわけです。よって、マイナス金利を導入することで、ブタ積になっているお金の一部を強制的に民間への貸出に回させようというのが一般的に言われるマイナス金利のねらいの説明です。


■銀行の貸出は直ちに増えるものなのか?

一方、エコノミストの片岡剛士氏は、2月2日のラジオ番組で、「よく言われる説明とは異なり、日銀はすぐに貸出にお金が廻ることはまったく期待していない。これまで同様、銀行の余剰資金が株式市場や為替市場に向かい、株価上昇や円安の状態を作って民間企業の財務や景気を改善させ、その後に民間の資金需要を促すというスパンで考えているはずだ。」と説明しています。

「日銀の量的・質的金融緩和政策②(そのねらい)」http://bgeducation.blog.fc2.com/blog-entry-125.htmlで触れたように、設備投資の増加は金融緩和から遅れて発現します。いくら金利が安くても景気の先行きが悪いと思えば、企業もお金を借りてまで設備投資しようとは思わないでしょう。確かに片岡氏の指摘のほうが、これまでの金融緩和政策とも整合がとりやすいかもしれません。
(つづく)
プロフィール

三枝 元

Author:三枝 元
1971年生まれ。東京都在住。読書好きな中年中小企業診断士・講師。資格受験指導校の中小企業診断士講座にて12年間教材作成(企業経営理論・経済学・組織事例問題など)に従事。現在はフリー。
著書:「最速2時間でわかるビジネス・フレームワーク~手っ取り早くできる人になれる」ぱる出版 2020年2月6日発売
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