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組織の意思決定の姿(意思決定のゴミ箱モデル)②

前回の「組織の意思決定の姿(意思決定のゴミ箱モデル)①」では、ある外食チェーンの部長会議を例に、組織の実際の意思決定の状態を見ました。これについては、「意思決定のゴミ箱モデル」というものがあります。


■組織の意思決定はまるでゴミ箱のよう

組織の意思決定には多くの人々が参加しますから、意思決定のプロセスは混沌としたものとなります。このことを表したものに「ゴミ箱モデル」というものがあります。モデルと言っても理想像を示したものではなく、あくまで組織の意思決定の傾向(こうなりがちだ)を示すものです。

「意思決定のゴミ箱モデル」によれば、意思決定には①意思決定の問題②解決策③参加者④選択の機会の4つの要素が含まれ、意思決定は決して整然と秩序だって行われているわけではありません。

意思決定の4つの要素が、それぞれバラバラに存在・漂流し、決定の機会が訪れたときに、漂っていた問題と解決策と参加者が偶然つながり、意思決定がなされることになります。



■ゴミ箱のように意思決定がなされると?

組織の意思決定の場では、意思決定の問題、選択基準、選択肢がそれぞれバラバラに存在するため、正しい意思決定の機会に、正しい問題と解決策が正しい人によって選択されるのであれば、正しい意思決定が可能になりますが、場合によっては間違った機会に間違った問題と解決策が適切でない人によって選択されてしまうことになります。

さて、組織にはこのような意思決定の傾向があるとすると、どのような問題が起きるのでしょうか。おおよそ次の3つが考えられます。

①問題が存在しないのに解決策が提示されてしまう
ある個人が以前よりITベンダーから勧められていたパッケージ・ソフトを導入したいというアイデアがあり、問題とは関係なくそのアイデアをアピールしたり、そのアイデアを結びつけ正当化することのできる問題を探したりするといったケースです。

②選択が行われても問題が解決しない
そもそも問題とは別に解決策が存在するため、一応はそれらが結びついて意思決定がなされるものの、本来の問題が解決するとは限りません。また知らぬ間に議題が変わっていて、何かしら意思決定がされ会議は終わりますが、もともとの問題は解決されないままといったケースです。

③問題が解決されないまま残る
問題が認識されることによって意思決定がスタートするわけではないので、意思決定すべき問題があったとしても選択の機会がなければ、問題はいつまでも残り続けてしまうといったケースです。

さらに組織の意思決定は、個人の場合と比べてフリーライド(ただ乗り)しやすい(個々のメンバーの責任が曖昧)という面があり、これが重なって新国立競技場の聖火台問題が起きた(③の例)と考えられます。


■ゴミ箱モデルから得られる教訓

では、上記の①から③までの問題を回避するためには、どのようなことが考えられるでしょうか。結局は意思決定の理想形(意思決定の完全合理モデル)に近い状態にすることです。特に意思決定を、問題に始まり解決に終わるという連続的な流れにするということを意識することが求められます。具体的には次のとおりです。

・問題の解決につながる有益な行為に専念し、性急な解決策に気を取られない。

・常に重要な問題だけ見るように心がけ、それと関係のない解決策は除外する。

・問題解決に必要なことを理解するまでは特定の解決策について話したり決断を下したりしない。

・メンバーに問題解決に必要な課題を残らず出してもらい、それから個々の課題を取り上げる。

・メンバーが提案した解決策が「問題にどう関係するのか」「なぜ解決につながる
のか」確認する。


※なお組織の意思決定上の問題点については、集団浅慮の問題もあります。これについては本ブログの「赤信号、みんなで渡れば怖くない!?①」「同②」「ベスト&ブライテスト」「集団浅慮に至る道」を参照してみて下さい。


【参考】
『キャリアで語る経営組織』稲葉祐之、井上達彦、鈴木竜太、山下勝著 有斐閣
『組織の経営学』リチャード・L. ダフト著 ダイヤモンド社
『ビジネス・シンク』D・マーカム、S・スミス、M・カルサー著 日本経済新聞社
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組織の意思決定の姿(意思決定のゴミ箱モデル)①

少し前ですが、3月初めに、新国立競技場の聖火台について主催者側が検討していなかったことが発覚し、大騒ぎになりました。今回は、組織の意思決定の欠陥について考えたいと思います。


■議論が済んだような気がしていた

ご存知のとおり、新国立競技場は総工費の問題で昨年7月にザハ・ハディド案が撤回され、コンペの末、現在の設計案に落ち着いたという経緯があります。これにより五輪前の2019年ラクビーワールドカップでの使用は見送られることになりました。

白紙撤回された旧整備計画では、競技場が開閉式屋根で覆われることもあり、JSC(日本スポーツ振興センター)は競技場外に仮設することを想定していました。しかも、五輪前にラグビーの2019年ワールドカップで使用されることになっていたため、W杯後に聖火台を含めて五輪仕様に追加工事を実施する方針だったようです。

新たな整備計画は初めから五輪会場として策定されましたが、以前の設備計画での印象が残っていて、後から聖火台を設置するという認識のままだったということです。遠藤五輪相は「前計画の時(議論が)済んだような気がしていた」と振り返っています。

「関係者が誰も聖火台のことに気がつかないなんて間抜けすぎる!」という声が多いようですが、程度はともあれ同じようなエラーはどこの組織でも起きているはずです。みなさんにも「あれ、何で気づかなかったのだろう?」と思った経験が少なからずあるのではないでしょうか。


■望ましい意思決定のプロセス

理想的な意思決定のプロセスは、①意思決定の問題を認識する②意思決定の判断基準を特定する③その判断基準を比較する④選択肢(解決案)を考える⑤それぞれの案について判断基準に照らして評点をつける⑥最適な選択肢を選択するというものです(意思決定の完全合理モデル)。

つまり意思決定を、問題に始まり解決に終わるという連続的な流れと捉えるわけです。


■実際の意思決定の状況

しかしながら組織の意思決定は必ずしも上記のような連続的なプロセスを踏まえるとは限りません。たとえば次のような状況を考えてみましょう。

ある外食チェーンの部長会議で、営業成績が悪い和食店について閉店すべきかどうかが議題で取り上げられた。

営業部長は2期連続で赤字であることから「閉店すべきだ」と主張した。それに対して人事部長は「店長には若い人材を抜擢したが、時期尚早だったかもしれない。リーダーシップに問題があるのでは?」と提起した。何人かがその意見に同意したことから、その後の議論は「誰を新任の店長にすべきか」に移り、3名の店長候補が選ばれ、次回に誰を店長にするか決を採ることになった。

翌週の会議では、採用説明会のため人事部長は欠席し、代わりに前回は欠席した事業開発室長が出席した。まず司会役から前回の経緯について説明があり、予定していた新店長の採決が行われようとしていた矢先、事業開発室長が恐る恐る手を挙げ、「低価格店への業態転換をしたらどうか」と意見を述べた。低価格店舗の導入は、事業開発室長がかねてより温めていた案である。

議論は振り出しに戻り、会議は紛糾したが、次の議題の時間が迫っていることから、司会役が切り出した。「そろそろ何か決めないといけませんね。今出ているところでは低価格店への転換がいいように思いますが、決を取りましょうか?」「いいですね。ずいぶん議論をしましたし。」


上記の例から言える組織での意思決定の特徴は次のとおりです。

・議論の過程で問題そのものが変容し、その結果、判断基準や解決策が変化する。

・本来は問題が先で解決策が後という順序関係だが、個人がもともと魅力を感じていたアイデアがまずあり、その後に実現できる問題を探すといったことがある(解決策が先で問題が後)。

・意思決定の場に参加するメンバーが入れ替わったり回が改まったりすると、問題や意思決定の基準が変わってしまう。

・意思決定は必然的になされるのではなく、意思決定の機会(採決の場)に居合わせた人によって問題が認識・解釈され、その問題に関わる解決策から適当なものが選ばれる。

(つづく)

【参考】
『キャリアで語る経営組織』稲葉祐之、井上達彦、鈴木竜太、山下勝著 有斐閣

ヤバい交渉テクニック③(グッドコップ・バッドコップ)

交渉相手のX社から、A氏とB氏の2人がやってきた。あなたが見積書を提示すると、突然A氏が怒り出した。

A氏:そんな金額払えるわけがないだろう!論外だよ、論外。この半額にしてくれ
  ないととても発注はできないね!

あなたは驚いて二の句が継げなくなってしまった。しばらくの沈黙のあと、B氏が仲を取り持つように口を開いた。

B氏:Aさん、まあまあそう言わずに。彼にもお立場があるでしょうから。ただね、
  価格が少しね。ここはこちらのほうも立ててもらって3割くらい安くしてもら
  えると、上手く話がまとまるんですけどね。



■グッドコップ・バッドコップ戦術とは

これはグッドコップ・バッドコップ(良い警官・悪い警官)戦術と言われるものです。取調室で容疑者に対し、まずは鬼刑事が恫喝し、その後に人情派の刑事が宥めるように出てきて自白させるというシーンはドラマでもお馴染みですが、それを交渉に応用したものです。

複数の相手(A氏とB氏)の提案は事前に役割分担が決まった上での演技です。まず悪玉役が相手の提案を批判することで不安に陥れ、「自分のほうが悪いのでは」と思わせます。次に善玉役が相手に同情しつつ助け舟を出すようにして譲歩案を出します。相手は渡りに船とばかりにその譲歩案を受け入れることを真剣に検討するというわけです。


■グッドコップ・バッドコップ戦術への対処法

私も営業マン時代に何度かやられたことがあり、何も準備をしていないと結構対応するのが難しいです。グッドコップ・バッドコップ戦術の場合、通常は善玉に決定権があり、対処としては次のようなものが考えられるでしょう。

・善玉の提案が良く見えても、所詮は悪玉と組んだ演技であることを見抜く。

・悪玉の提案は無視し、善玉の提案が相手の真意であることを認識して客観的に評
価する。

・論理的に自分たちの提案が合理的であることを主張する姿勢を維持する。

・(可能であれば)相手の戦術の正当性に疑問を投げかける(「もしかしてお2人で
役割分担していないでしょうね?」)。見破られたと分かれば、演技の効果はなく
なる。

・心理的に追い詰められたら、中座したり持ち帰ったりすることで冷静になる機会
を持つ。

・2対1で不利な状況であれば、次回の交渉時にこちらも上司などを同席させ、対等な状況を作る。

さてグッドコップ・バッドコップ戦術は、通常は「複数の相手側は事前に役割分担が決まっている」ことを前提にしますが、そうではなく、その場の雰囲気で役割分担してしまっているということも十分ありえます。相方が強行ならもう一方は自然と穏健に振舞ってしまうことはよくあるでしょう。

この場合、当事者としては善玉・悪玉のどちらに決定権があるのかを見極める必要があり、決定権があるほうの主張だけに耳を傾け、説得に努めることになります。


■交渉は2人以上で臨む

このグッドコップ・バッドコップ戦術から得られる教訓としては、交渉や大きな買い物の場合は、1人ではなく、2人以上で臨んだほうがよいということです。片方が相手のペースに乗せられても、もう片方は冷静に対処できるでしょう。たとえば3人で交渉に臨んだ場合、1人が積極的に話し、1人が相手の聴取と観察に集中し、1人が計算を受け持つといったように役割分担をしておけば、相手の駆け引きテクニックに乗せられずに済み、かつ柔軟な交渉が可能になります。


【参考】
『ハーバード×慶應流 交渉学入門』田村次朗著 中央公論新社
『論理的思考と交渉のスキル』高杉尚孝著 光文社
『ビジネス交渉と意思決定』印南一路著 日本経済新聞社

ヤバい交渉テクニック②(フット・イン・ザ・ドア)

前回のニブリング(おねだり)戦術とセットで用いられることがあるのがフット・イン・ザ・ドア戦術です。これはセールスの現場でよく見られる戦術です。

業者:こんにちは。簡単ですから、無料で軒先の雨どいを直させてもらっています。
あなた:ああ、そうですか。それではよろしくお願いします。
業者:あと、壁面のヒビが気になりますね。この程度なら1~2万円で直すことができますが、いかがですか?
あなた:じゃあ、お願いします。
業者:それから床下も念の為に調べてみたほうがいいと思いますけど、無料ですからこの際、ぜひ調べさせてください。
あなた:そうですか、それではお願いしようかな。
業者:どうも床下の湿気が多くて柱のカビがひどいですね。このままだと地震で倒壊する危険がありますね。そこで湿気取りの換気扇を付けてみてはどうかと思うんですが…。



■フット・イン・ザ・ドアとは?

フット・イン・ザ・ドア戦術とは、「最初に相手が取るに足らないと思えるような要求を意識的に提示し、小さなイエスを引き出す。その上で、徐々に大きな要求にエスカレートさせる」というものです。

訪問セールスマンがまず足をドアの内側に突っ込み、その後じわじわと中に入っていく様が語源です。

受け手からすると、最初の要求が小さいので思わず受け入れてしまい、その後、徐々に、そして次から次に、大きい要求を受けても、最初にイエスと言ってしまっているので、途中から断りにくくなるのです。

これは心理学で言うところの「コミットメントと一貫性の原則」を利用したものです。人は自身の行動、発言、態度、信念などに対して一貫したものとしたい(あるいは一貫していると見られたい)という心理が働きます。一度、「YES」と言ってしまったら、「YES」を通したいと思ってしまうものです。

フット・イン・ザ・ドア戦術はみなさんにもお馴染みだと思います。たとえば最初に環境問題へのアンケートに答えてもらい、承諾を得たあとに寄付を求めるといったケースです。アンケートで「環境問題は重要だ」とか「関心がある」などと答えてしまうと、後に寄付を求められても断りにくくなってしまいます。

無料お試しや試着は、フット・イン・ザ・ドア戦術の一種と考えてよいと思います。


■ローボーリング

フット・イン・ザ・ドア戦術と同じ手口としてローボーリング戦術というものがあります。これは最終的なコストよりも見かけ上は低い価格を提示することです。

たとえば本体価格は安いが消耗品や無くてはならない付属品の価格が高いといったケースで、マーケティングでは「キャプティヴ(虜)価格戦略」と呼ばれます。

また、ひどいケースになると、喜んで買うという決定を誘い出すための有利な条件を提示し、決定がなされてから契約が完了するまでの間に、もともとあった有利な購買条件を巧みに取り除いてしまうといったこともあります。

たとえば中古車ショップで相場が300万円の車が破格の250万円で売られていたとします。お客が喜んで買う旨をスタッフに伝えたところ、いざ支払いの段になって上司が出てきて「手違いで50万円安く表示してしまい大変申し訳ない。このままでは赤字なのでお売りできない」などと言い、「他の店と同じ価格なのだから300万円でどうか」と薦めます。買い手としては、一度買う気になってしまっているし、そんな安いわけないなと納得してしまい、結局、相場で買ってしまうというわけです。

ここまで悪質ではなくても、お目当ての商品が売り切れてしまって、ついそれほど欲しくなかった類似品を安くもないのに店のスタッフに薦められるがまま買ってしまうというのも同じ心理でしょう。


■フット・イン・ザ・ドアの対処法

さてフット・イン・ザ・ドア戦術に話を戻し、その対処法を考えてみましょう。これについてはもはや言うまでもないかもしれません。

まずは相手の出方を見て、フット・イン・ザ・ドア戦術ではないかと疑ってみることです。警戒感があれば、まずは引っかからないでしょう。後からよりも最初のほうが断りやすくなります。

頻繁に出くわす戦術ですから、いろいろ手立ては考えられると思います。たとえば「試してみませんか」と申し出があったら、最初に「手持ちのお金がないので今日は買わないけどよいか」などと言っておけばよいでしょう。

また途中で引っかかったことに気がついたとしたら、相手の要求を個別に冷静に評価することが求められますが、そのためには時間を改める(「あとで電話しますよ」)といった手立てを講じるのがよいと思います。「時間を遡って最初の時点でこのオファーがあったら乗るだろうか」考えてみましょう。

【参考】
『影響力の武器 第二版』ロバート・B・チャルディーニ著 誠信書房
『ハーバード×慶應流 交渉学入門』田村次朗著 中央公論新社
『ビジネス交渉と意思決定』印南一路著 日本経済新聞社

ヤバい交渉テクニック①(ニブリング)

「奴が決して断れない申し出をするI'm gonna make him an offer he can't refuse」(映画ゴッド・ファーザーより)

今回からは、少し軽めのテーマ、交渉で見られがちな駆け引きテクニックについて見ていきましょう。

交渉の基本は、相手との信頼関係を構築してWIN-WINを目指すことですが、残念ながら必ずしも相手が善意に基づいて行動してくれるかどうか分かりません。場合によっては、汚い駆け引きテクニックを使ってくる場合もあります。

汚い駆け引きテクニックを知る目的は、その対策を考えるためです。対策の基本は、「目標の実現に沿うのかどうかで判断する」につきますが、事前に駆け引きテクニックを知っていたほうが対応しやすくなります。

逆にこのような駆け引きテクニックをご自身が使うことはまったくお薦めできません。まともな相手であればすぐに見破る類のものですし、機嫌を損ねるだけで交渉自体がまとまらなくなるからです。

数回に渡って話し合いを続けてきた交渉もようやくまとまり、あなたは取引先のS課長にお礼訪問した。

あなた:ご契約頂き誠に有難うございます。
S課長:いえいえ、お礼には及びませんよ。当社としてもよい契約ができて嬉しく
   思っています。ところで、そうそう、納品の際の梱包は、防水にして頂けま
   すか。
あなた:(うっかりしていたな)はい、お安い御用です。
S課長:それは助かります。ああ、それからできれば、3000ケースだけ、木更津
   ではなくて、藤沢の配送センターに運んでいただきたいですよ。
あなた:(まあいいか、それくらい現場の担当者にやってもらおう)いいですよ。
S課長:さすが!よかった。話が早くて助かります。それとですね…。
あなた:(まだ、あるのか、困ったな…)



■ニブリング(おねだり)戦術とは

ニブリング(おねだり)戦術とは、いったん合意した直後を意図的に狙って相手に追加条件を提示し、その条件を相手に飲ませてしまうものです。

「もう合意しているのだから、できるだけ合意を維持したい」「相手の機嫌を損ねたくない」という交渉相手の心理を利用したテクニックです。

たとえば、相手の不意をつき、いかにも話のついでのようの追加的な事項を提示する、また「○○さんは本当に話が早いですね」などと言って相手を誉めそやした後におねだりする、さらには「たいしたことではないのですが」と言って、とるに足らない条件をさりげなく強調するといったことです。


■ニブリング戦術への対処法

まずは「相手の機嫌を損ねたくない」という心理から逃れることが基本です。

ニブリング戦術の場合、相手側も実は悪意がなく、あくまで「ついでに宜しく」というような軽い気持ちで頼んでいることも多いので、断ったとしても契約そのものがご破産になるとは限りません。相手にとっても、また最初から交渉をし直すことは避けたいはずです。逆に一度受け入れると、どんどん追加条件が示されてしまうことになります。

一般的な対処法としては、次のようなものが挙げられます。

・合意後も交渉中と同様の緊張感を持つ。

・合意前に追加条件については別途交渉する旨を伝えておく。

・追加の話がでたら別途費用がかかる旨を契約時に明言する。

・追加条件が出てきたら、あとどれくらい条件があるのか確認し、すべて洗い出した上で再交渉する。

【参考】
『交渉学入門 』一色正彦・田村次朗・ 隅田浩司著 日本経済新聞社
『ハーバード×慶應流 交渉学入門』田村次朗著 中央公論新社

コア・コンピタス再考②(コア・コンピタンスの罠)

「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残ることが出来るのは、変化できる者である。」チャールズ・ダーウィン

コア・コンピタンスに基づく経営は何ら否定できないように思われます。しかしながらシャープが陥ったように、問題点も指摘されています。


■特定分野に経営努力を集中させるリスク

まずコア(中核)という言葉からは、「1つ(単独)の能力」と連想してしまうことです。1本足打法の経営は、当然ながらリスクが伴います。外部環境の変化など何らかの形でコア・コンピタンスが無効化すると、事業全体が立ち行かなくなるからです。

よって多角化している企業では、次の図のように複数のコア・コンピタンスを持つ必要があります。

それぞれのコア・コンピタンスを複数事業間で活かしつつ強化を図るわけです。これについては、似たような図が「コア・コンピタンス経営」(日本経済新聞社)でも示されています。


■コア・コンピタンスは成功モデルの一部に過ぎない

また特定の能力だけで本当に競争優位を確立できるのかという疑問があります。たとえばソニーのコア・コンピタンスが小型化技術力であったとして、はたしてそれだけで高い業績を上げられたのかということです。

製造業の場合、コア・コンピタンスは技術開発力が挙げられるのが一般的ですが、それ以外にも、デザイン力、製造能力、マーケティング力、物流能力など様々なものが求められます。経営は多面的なものであり、コア・コンピタンス論は議論を単純化しすぎているという批判があります。


■組織の常識は急には変えられない

1つめと関係しますが、組織の学習能力(ケイパビリティ)の問題です。コア・コンピタンス経営の前提は、継続的な組織の学習にあります。コア・コンピタンスを練り上げるために、各現場に権限を移譲して、地道な日々の創意工夫・改善を促していくということです。

一方、外部環境の急激な変化により経営危機に瀕すると、もはや日々の地道な改善努力では追いつかず、抜本的な戦略ビジョンの転換が必要になります。

しかしながら、各現場がそれまでのコア・コンピタンスに基づいた学習活動を行っていると、それが組織の常識となり、戦略ビジョンの転換は容易にできるものではありません。


■コンピテンシー・トラップ

特定の経営資源(コア・コンピタンス)に経営努力を集中させることの問題点を指摘したものに、コンピテンシー・トラップと言うものがあります。コンピテンシーとは、組織能力を指す用語です。

企業がイノベーションを実現するためには、「知の探索」と「知の深化」の両立が求められます。「知の探索」とは、「知識の範囲を拡げること」で様々な知識を組み合わせて試そうという活動のことです。「知の深化」は、「特定の分野の知識を継続的に深める活動」のことです。

しかしながら、企業には「知の深化」に偏る傾向があります。
なぜなら、手っ取り早く利益を出すためには、既に実績を上げている分野での知識を進化させたほうが効率がよい一方で、「知の探索」は手間やコストがかかるものの利益に結びつくかは不確実だからです。このことの背景には、人間が持つ認知の限界があります。

「知の深化」に偏ると、やがては視野が狭まり、企業としてのイノベーションが停滞することを、コンピテンシー・トラップと言います。

コンピテンシートラップ


■「知の探索」を図るためには

「知の探索」を図るためには、新規事業担当の部署を立ち上げ、そのビジネスに必要な機能(研究開発・製造・営業など)を全て持たせて独立性を確保すること、さらに経営トップには、新規事業部門が既存事業部門から孤立せずに、両者が互いに知見や資源を活用し合えるよう「統合と交流」を促すことが求められます。

この点については、本ブログの「経営戦略におけるいろいろなジレンマ④(イノベーションのジレンマ:後編)」でも触れましたので、参照してみて下さい。


【参考】
『戦略サファリ―戦略マネジメント・ガイドブック』ヘンリー ミンツバーグ、ジョセフ ランペル、ブルース アルストランドら著 東洋経済新報社
『ビジネススクールでは学べない 世界最先端の経営学』入山章栄著 日経BP社
『経営革命大全』ジョセフ ボイエット、ジミー ボイエット著 日本経済新聞社





コア・コンピタンス再考①(集中と選択)

細々と続けている本ブログですが、今回で150本目に至りました。
お読み頂きました皆様には大変感謝しております。
今後とも単なる浅薄な一般論では終わらないよう励みたいと思いますので、ご一読頂きますようお願い申し上げます。

ベストケースとして取り上げられた企業が、その後に経営不振に陥ると、その経営書には読む価値がないと思ってしまうのは無理からむところです。日本語版が1995年に刊行された「コア・コンピタンス経営」(ゲイリー ハメル、C.K. プラハラード著 日本経済新聞社)もそのような書籍の1つかもしれません。
しかしながら本書の主張は普遍的であり、今でも十分に一読の価値があると思います。


■コア・コンピタンスとは

コア・コンピタンスとは、他社には提供できないような利益を顧客にもたらすことのできる、企業内部に秘められた独自のスキルや技術の集合体のことで、一般的には企業独自の中核能力と定義されています。簡単な概念図を書くと次のようになります。

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「①コア・コンピタンスをもとに製品や事業を展開し②市場から得られた成果をコア・コンピタンスにフィードバックする③その結果、強化されたコア・コンピタンスをもとに新たな製品や事業を展開する」というサイクルを繰り返すことで、企業全体でシナジー効果(相乗効果)を図ろうというものです。

「コア・コンピタンス経営」では、日本企業ではソニーの小型化技術、ホンダのエンジン技術、キヤノンの光学技術、シャープの液晶パネル技術が挙げられています。

たとえばキヤノンであれば、光学技術をもとにコピー、プリンター、カメラ、FAXなどの事業を展開していくということです。

コア・コンピタンスは、将来に向けた戦略設計図を描き、外部との連携を含めた組織全体での学習活動を行っていくことで構築・強化されます。


■「選択と集中」ではなく「集中と選択」

1990年代の終わり、バブル崩壊後の日本企業は、リストラクチャリング(事業構造の再構築)を進めました。そこで行われたのは、「選択と集中」の名の下での「儲からない事業の清算」であり、事業範囲をフォーカスするコア・コンピタンスの考え方は相性が良かったのです。

そもそも「選択」という言葉からは、切り捨てる事業を選ぶということが連想されます。よって「選択と集中」とは「まず不採算事業を切り捨て、残った事業に経営資源を集中させる(まずは選択ありき)」ということであり、まさにかつて日本企業が行ったことがこれに該当します。

しかしながら「自社の強みとなりうる核となる事業に経営資源を集中させるために、それ以外の事業をたたむ」というのが本来のコア・コンピタンスの考え方です。つまり「集中と選択(まずは集中ありき)」なのです。


「コア・コンピタンス経営」でも、まず冒頭において、短期的な視点に立った安易な事業清算や事業間の資源シフトに対して警鐘を鳴らしているのですが、皮肉にも日本企業が行ったことはコア・コンピタンス経営の曲解であり、それがその後の技術力の停滞を招いたとの指摘があります。

現在もソニーや東芝(やがてはシャープも?)などでリストラクチャリングが進められていますが、同じ轍を踏まないことを期待したいです。

世間一般では便利に使われる言葉であっても、言葉だけが一人歩きをしていて中身が空疎であったり、単なる決まり文句にすぎなかったりするものがよくあります。個人的には「シナジー」や「選択と集中」「権限委譲」「チームビルディング」といったものが浮かびますが、きちんと意味や効果を考えた上で発したいものです。
(つづく)

【参考】
『コア・コンピタンス経営』ゲイリー ハメル、C.K. プラハラード著 日本経済新聞社
『合理的なのに愚かな戦略』ルディー和子著 日本実業出版社

企業の業績は何で決まるのか?

本ブログの「シャープが経営不振に陥ったのは?」では、シャープを例に、外部環境(為替レート)が企業に与える影響について考えてみました。
企業の業績に影響を与えるのは、大きくはマクロ的な経済環境、業界環境、そして個々の経営努力でしょう。では、一体、企業の業績は経営努力によってどの程度決まるものなのでしょうか。


■業績要因を測定した4つの調査

下図は企業の業績要因を測定した4つの調査の結果です。産業効果とは、「どの業界にいるか」で決まる業績要因であり、企業効果とは「企業それぞれがどのような特性を持ち、どのような戦略を採っているか」で決まる業績要因です。マクロ経済環境は「説明できない部分」に含まれると考えてよいと思います。

業績要因

(1)1985年の調査(MITシュマンジー)

1975年の米企業1775社のROA(総資産利益率)を基に調査したもので、企業間の利益率のバラツキの要因を説明できるのは全体の20%程度に留まり、産業効果が約20%、企業効果はわずかに0.6%にすぎませんでした。

(2)1991年の調査(カリフォルニア大学ロサンゼルス校ルメルト) 

74年から77年の6931社を対象に調査したもので、企業間の利益率のバラツキの要因を説明できるのは全体の50%強で、結果は企業効果が46%、産業効果が8%に留まりました。

(3)1997年の調査(HBSポーター/トロント大マクガバン)

85年から91年の米企業約58,000社を基に調査し、企業間の利益率のバラツキの要因を約60%説明でき、企業効果が約32%、事業間のシナジー効果(要は多角化することによる効果)が約7%、産業効果が20%となりました。

(4)2011年の調査(青学大福井/慶應大牛島)

1998年から2003年までの日本企業を対象としたもので、企業間の利益率のバラツキの要因を約70%弱説明でき、企業効果が約53%、事業間のシナジー効果が約9%(計39%)、産業効果が5%となりました。


■企業効果や産業効果は企業によって異なる

よく考えれば業界内のすべての企業が等しく企業効果や産業効果を受けるわけではないことが想像できます。同じ産業にあってもパフォーマンスが良い企業もあれば、そうでない企業もあるはずです。

この点に注目した調査として、2003年のINSEAD(欧州経営大学院)のハワウィニらのものがあります。彼らは「特に業績の優れた企業」「特に業績が悪い企業」「その他大部分の企業」に分類し、その企業の経営・戦略の善し悪しで業績が決まるのは「特に業績の優れた企業」か「特に業績が悪い企業」であり、業績が中庸な企業は「どの産業にいるか」で決まるという結果を発表しました。


調査によって結果がまちまちですが、サンブル数や統計手法の精緻化を考えると、より新しいもののほうが妥当性は高いと思われます。おおよそではありますが、「どの産業にいるのか」は業績に影響を与えるが経営努力で克服することは可能である、実は多角化の効果はそれほど大きくはないといったことがデータでも確認できます。


【参考】
『ビジネススクールでは学べない 世界最先端の経営学』入山章栄著 日経BP社

マイナス金利なのになぜ異常な円高が進むのか?②

■なぜ円高が進むのか?

本ブログでも「日銀の量的・質的金融緩和政策①(なぜ日本は出遅れたのか)」で触れたように、そもそも為替レートの決定は相対的な貨幣量によって決まります(相関係数は0.64との指摘があります)。そして今回の急速な円高の進展は、日本銀行のマイナス金利導入の発表以降です。

この2つを考えると、マーケット関係者に「マイナス金利の導入は日本銀行の量的緩和が手詰まりになったからではないか」と捉えられた感があります。今後、大規模な量的緩和がないのであれば、円高に触れる予想が成り立ち、それを見越して円が買われることになります。3月の日銀の金融政策決定会合で追加緩和が見送られたことも影響があるかもしれません。

昨年末にFRBのイエレン議長がアメリカの利上げを発表し、本年度中に4回の追加利上げが予想されていましたが、その後の世界経済の不透明感を受けて、先月末には利上げは慎重に行うとの見方を示しました。アメリカの利上げ政策の修正を予想する動きが高まったこともドル安(円高)に影響を与えているとの見方もあります。


■日本は為替介入を行うべきか?

4月5日、安倍首相はウォール・ストリート・ジャーナルのインタビューで「外国為替市場での恣意的な介入は控えるべきだ」「(通貨安競争について)いかなる環境にあろうと避けないといけない」と述べました。

これを受けて日本当局の為替介入はないとの見方が広がり、為替レートは100円台にまで上昇しました。日本が議長国を勤める5月末の伊勢志摩サミットが控える中で、各国の批判を受けやすい為替介入を行いにくいという事情があるのかもしれません。

これまでが円安すぎたので現在の水準は為替の理論値への回帰でしかないとの意見がある一方で、異常なペースの円高に際しては為替介入(財務省の円売りドル買い介入)を行うべきだとの主張があります。


確かに為替介入は昔のように為替レートのトレンドを変えるだけの力はありませんが、マーケットを冷やす効果は期待できます。また「為替レートの安定化」のための為替介入は通貨安競争ではありません。このような異常な為替レートの変動を抑えるために政府は120兆円超の外為特会(外国為替資金特別会計)を計上しているわけです。


■再び円安トレンドに戻るためには

以上のように量的金融緩和の手詰まり感から円が買われているのであれば、再び円安方向に戻すためには、追加の量的金融緩和を行うことが求められます。

本ブログでも「日銀の量的・質的金融緩和政策⑤(マイナス金利のねらい:後編)」で触れたように、量的金融緩和の余地は十分にあります。そもそも黒田日銀総裁自体、マイナス金利導入後に「量的緩和のほかに金利手段も加えた」と会見で述べているわけですから、量的緩和が限界に達したわけではありません。

逆に4月の日銀の金融政策決定会合でも追加緩和が見送られると、当面は円高傾向が続くとみたほうがよいかもしれません。


■量的緩和は為替誘導ではない

ただしあくまで量的金融緩和は日本国内の経済対策で行うものであり、円安はその副産物である点には注意する必要があります。デフレ脱却のために量的金融緩和を行うと、副次的に為替が円安になるということです。

アベノミクス開始以降、「日本は意図的に通貨安にしている」との批判が海外からあり、今後の追加緩和でも同じような批判が予想されます。しかし、それは事実ではないしフェアでもありません。

日本は為替介入を行っていませんし、そもそもリーマンショック後に日本は行わなかった量的緩和を各国は行った(その結果、円に対して各国通貨は減価した)のですから、日本の追加緩和が批判されるいわれはまったくないでしょう。


【参考】
『現代ビジネス/この円高はやっぱり異常!ヘッジファンドを黙らせる「速攻の一手」を提示しよう/高橋洋一』
『現代ビジネス/この「円高」局面はいつまで続くのか?~マイナス金利は円安に働くはずなのに…/安達誠司』

マイナス金利なのになぜ異常な円高が進むのか?①

曲がりなりにも経済学を講義する立場からすると、テキストベースの知識どおりに実際の経済が動いておらす、説明がしにくい状況がままあります。説明が複雑になるのもどうかと思いますので、資格試験対策として割り切らざるを得ないのですが…。内外金利差と為替レートとの関係もその1つです。

2月以降、急速な円高が進み、6日には108円台に突入し、2014年10月の量的追加緩和以前の水準に戻りました。一般的に自国の金利が低下すると自国通貨安になると言われていますが、今回は内外金利差と為替レートとの関係を見ていきましょう。


■異常なペースで進んだ円高

年初来、為替レートが激しく円高に振れ、2月前半には2週間で1ドル121円から112円まで2週間で7%以上の円高が進みました。1971年の変動相場制導入以来の2週間の変動幅を統計的に見ると、7%を超える確率は0.5%程度しかない異常事態であったとのことです。

日経平均株価は輸出企業の割合が高く、円高の結果、株価が低下しているというのがここ2ヶ月の動きでしょう。


■マイナス金利導入で円安になるはずなのに?

為替レートは内外の(名目)金利差によって決まるという考え方があります(大抵の経済学の入門書にも同様の記載があります)。相対的に金利の高い国の通貨は増価(通貨高)になり、安い国の通貨は減価(通貨安)になるというものです。

たとえば相対的にアメリカの金利(債券の収益率)が高く日本の金利が低い場合を考えてみます。この場合、アメリカの債券(ドル建て)を買ったほうが儲かるので、円が売られてドルが買われ、円安ドル高になるというものです。

これに従えば、年末にアメリカは利上げをし、日本は2月にマイナス金利を導入して金利が低下しましたので、円安ドル高になるはずです。先にマイナス金利を導入しているスウェーデン、デンマーク、スイス、ユーロ圏の事例をみると、自国通貨安をもたらしています。


■実はもともと金利差は関係がなかった?

しかしながら1999年以降のドル円レートについて見ると、もともと金利差と円ドルレートとの関係は相関がないとの指摘があります(日米の金利差が拡大しても円安になったり円高になったりする)。

安達誠司氏(丸三証券経済調査部長)によれば、1999年以降の対ドルレートの対1ヵ月前比変化率と1ヵ月物のコールレート(金融機関同士の資金の貸し借りの際の金利)でみた内外金利差の相関係数は-0.016と極めて低く、ほとんど相関がないと判断されます。

また同氏によれば、特に最近5年間で見ると、先に挙げた4カ国(地域)でも自国の金利が低下しても必ずしも自国通貨安にならないことが確認されています。

考えてみれば、為替レートは内外の金利差によって決まること自体がおかしいのかもしれません。アメリカの金利が高く日本の金利が低いので、みんなが円を売ってドルを買うとしたら、極端な話ですがいずれ日本から資金は無くなってしまいますが、そのようなことは起こらないでしょう。
(つづく)


【参考】
『現代ビジネス/この円高はやっぱり異常!ヘッジファンドを黙らせる「速攻の一手」を提示しよう/高橋洋一』
『現代ビジネス/この「円高」局面はいつまで続くのか?~マイナス金利は円安に働くはずなのに…/安達誠司』

シャープが経営不振に陥ったのは?

4月2日にシャープと鴻海(ホンハイ)精密工業の間で買収契約の調印が行われました。今回はシャープが経営不振に陥った理由について、考えてみたいと思います。
2000年代の初頭から経営戦略の書籍を読み始めた私からすると、現在の苦境に陥るシャープに対する論評を見ると、少し複雑な気分にもなります。
シャープが経営不振に陥った理由については、それこそキリがないほど挙げられていますが、「池に落ちた犬を棒で叩く」かのような感想を持ってしまうのは私だけではないのではないでしょうか。


■コア・コンピタンス経営のスターとして

たとえば1990年代後半以降、一世を風靡した経営書であるゲイリー ハメル、C.K. プラハラード著のコア・コンピタンス経営(日本経済新聞社)では、優れたケースとして、ソニーの小型化技術やキヤノンの光学技術、ホンダのエンジン技術と並んでシャープの液晶パネル技術が挙げられていました。

2000年代前半にコモディティ化(機能面での差別化がもはや困難で、低価格化が加速化する状態)に喘ぐ日本のエレクトロニクス・メーカーに対し、当時、脚光を浴びていたMOT(Management of Technology:技術経営)関連の書籍では、脱コモディティ化のお手本としてシャープがよく取り上げられていた記憶があります。


■シャープ衰退の理由は?

取り沙汰されているシャープ衰退の要因を集約すると、おおよそ①液晶パネルにこだわりすぎたこと②さらにその液晶パネルが急速にコモディティ化したこと③亀山工場や堺工場など身の丈に合わない大規模な設備投資を行ったことで財務体質の悪化を招いたこと④リーダーシップ不在で経営革新が遅れたことになるかと思います。

液晶事業出身のトップが3代続き、コモディティ化が見られ始めたのもかかわらず、液晶事業への巨額の設備投資を止められる雰囲気が社内にはなかったとの指摘もあります。

リーマンショック後、日立やパナソニックが業績を回復させる中で、シャープは取り残されたのですから、シャープ固有の問題があったことは間違えありません。これについては回を改めるとして、今回はマクロ環境要因、つまり為替レートに着目したいと思います。


■為替レートとシャープの業績を見ると…

年度別の粗いデータですが、試しに2001年以降のドル・円為替レートの推移とシャープの連結当期純利益の関係を示したものが下のグラフです。連結当期純利益は翌年3月期決算のもので(億円)単位です。

シャープ・為替
円ドル

日本の輸出型製造業は、円安になると業績が改善し、円高になると業績が悪化します。両図を見ると、おおよそ1ドル100円以上の円安時には業績がよく、100円以下の円高時にはほとんど黒字がないか赤字ということは言えそうです。

2008年度のリーマンショック以降の急速な円高は、亀山や堺など国内に最新鋭工場を建設したシャープにとってはかなり痛手であったことは間違いないでしょう。そして、それが響いてアベノミクス以降の円安の波にも乗れなかったというのが私の印象です。

もちろんシャープ固有の問題はあるものの、為替が急激に円高に振れなかったら、おそらくここまで危機的な状況にはならなかったのではないでしょうか。


■もともとサムスンと戦える状況ではない?

一方、同時期(2008年度から2012年度)のドル・ウォンレートの推移を見ると3割程度のウォン安ですから、25%程度の円高と比較すると、ドルベースで6割近い価格差(企業業績差)が生じることになります。

こうなっては多少の技術優位性があってもライバルのサムスンとほとんどまともに戦えなかったというのが実情でしょう。



■当たり前だが企業業績はマクロ環境次第

最近10年間の日経平均株価と為替レートの推移を見ると、0.87程度の相関がある(円安になると8割がた株価が上がる)との指摘があります(注)。

また円安傾向が続いた中での2015年度9月中間決算で、東証1部上場企業が過去最高の経常利益・純利益を更新したことを考えても、為替と企業業績との関係は無視できるものではありません。


当たり前ですが、マクロ環境が良ければ業績は上がるし、悪ければ業績は低下します。以前、本ブロクでも「日銀の量的・質的金融緩和政策①(なぜ日本は出遅れたのか)」で触れたように、円高は以前の金融政策(マクロ経済政策)の失敗の結果です。業界への利益誘導のようなものはともかく、経営者もマスコミも、もっとマクロ的な視点に立った政策提言を行うべきではないでしょうか。


注:
http://yopitore.info/archives/636.htmlを参照して下さい。

【参考】
『合理的なのに愚かな戦略』ルディー和子著 日本実業出版社

消費税引き上げに関する動向②

■引き上げ延期ではほとんど効果がない?

さらに片岡氏は1985年から1995年のデータを用いて実質家計最終消費支出の傾向線(前回の「消費税引き上げに関する動向①」の図を参照)を求めています。それによると1985年から1995年の実質家計最終消費支出は年率で約0.8%の上昇傾向があったが、2002年度から2012年度はそれが約0.2%に低下してしまったことを指摘しています。

つまり1997年度の消費税率5%への引き上げ後、国内消費の伸び率が大きく毀損されてしまったということで、2014年度の8%への増税後の動きを見ると、伸び率はさらに低下する見込みが高くなります。

以上から言えるのは、国内消費の伸び率を正常状態に回復させるためには、10%への消費増税の延期ではほとんど効果がないということです。
8%への増税で消費の伸びが押されられてしまった状態が続くだけですし、さらに将来の増税予想が消費マインドを硬直化させるからです。

将来の増税予想が消費マインドを硬直化させることは、2014年度11月の消費税10%引き上げ延期の際に、安倍首相が2017年度4月の引き上げを明言したことで、その後の消費態度が硬化したことからも推測できます。

よって最低でも凍結(再増税の時期を定めない)、本来であれば5%への減税が求められることになります。

ちなみにこの片岡氏の分析は本田悦朗内閣参与もテレビ討論で使用していました。また消費減税については金融経済分析会合でクルーグマン教授も指摘しています。


■消費税率は8%据え置きで軽減税率品目は減税対象に?

以上のように本来は減税が望ましいわけですが、政治的にはかなりの困難が予想されます。さて先週半ばのラジオ番組で独立総合研究所社長の青山繁晴氏が興味深い発言をしていました。

それは「官邸側では消費税率8%据え置きで、軽減税率対象品目(食料品や新聞など)については2014年前の5%に戻すことを検討している。来年4月の消費増税を止めることを国民の信を問うために6月1日に衆院解散する」というもので既に官邸高官の確認済だというものです。

なかなか大胆な発言でこのとおり事が進むかは分かりませんが、確かにこの案であれば軽減税率を強く主張している公明党の支持を得やすく、かつ事務処理が煩雑化するため軽減税率の導入を嫌がっている財務省も飲みやすいのかもしれません。


■まずスタンスありきの政治家・マスコミ・経営者

民進党や公明党からは「3党合意で決めたのだから増税すべきだ」との声が上がっています。「決めたのだからやる」というだけでは思考停止としか思えません。経済政策に限らず政策は状況に応じた判断でしょう。

また日本経団連の榊原会長や経済同友会の小林幹事が予定どおり消費増税をすべきだと会見で述べていますが、企業団体の代表がなぜわざわざ企業の首を絞めるようなことを言うのか私には理解できません。

4月2日放送のNHK時事公論「日本経済 好循環の転換点か?」で、経済担当の解説委員が2014年度の8%の消費増税で消費が大きく落ち込み、低迷が長く続いているという事実を指摘しつつ、それは国民が財政危機を不安視しているからではないかと述べていました。だから10%に消費増税して不安を払拭すべきだと。

そもそも国民が財政危機(年金不安)を感じているのなら、8%の増税で少しは安心して消費が増えるはずで、経済知識云々を抜きに常識的に考えてもこれはまったくの誤りであることが分かります。

NHK・民法の夜間のニュース番組を見ていると、相変わらず「まずは消費増税ありき」のスタンス優先の報道・解説が目立ちます(新聞も同様)。データや理論はほとんど無視しているとしか思えません。前回の増税時にも影響はないと言っていましたが、今回も同じスタンスなのでしょうか。

「消費増税推し」で報道してきた路線を今更変えられないという事情があるように感じますが、多少は勉強するなり、データを検証するなりして発言することを希望してやみません。


【参考】
三菱UFJリサーチ&コンサルティング/片岡剛士レポート/「消費低迷の特効薬」を考えるhttp://www.murc.jp/thinktank/rc/column/kataoka_column/kataoka160304.pdf

消費税引き上げに関する動向①

消費増税に関する報道が活発化しています。安倍首相は「リーマンショック級のことがなければ予定どおり来年4月の消費税率10%引き上げを実施する」と発言しています。
しかしながら、スティグリッツやクルーグマンら消費増税に反対の立場のノーベル経済学受賞者の金融経済分析会合への招聘などを見ると、少なくとも10%への引き上げはないだろうとの見方が主流となってきました。
今回は、2014年度4月の8%への消費増税後の国内消費の推移について確認しておきます。


■8%への消費増税後の影響が続く国内消費

消費増税にもろに影響を受けるのが個人消費(実質家計最終消費支出)です。四半期別の実質家計最終消費支出の推移を見ると、8%の増税前の2014年度1~3月期に駆け込み需要で約2.1%増加した後、増税後の4~6月期に一挙に5%以上急落しました。

その後、増減を繰り返し直近の2015年度10~12月期にはマイナス0.9%となっており、8%への消費税率の引き上げの影響が未だに続いていることが確認できます。


■国内消費の低迷はリーマンショック級!?

さて現在の日本の経済状況がリーマンショック級の危機に見舞われているとは誰も思わないでしょう。ただし国内消費(実質家計最終消費支出)だけ見ると、そうではないとの指摘があります。これについては三菱UFJリサーチ&コンサルティングの主任研究員である片岡剛士氏が3月4日にレポートを出しています。

実質家計最終消費支出は下図のように短期的な増減を繰り返しながらも、緩やかに上昇傾向を描きます。甚だ簡単なものですが、下図のようなイメージです。

傾向線

統計的な処理では、変動がある一定の幅(上図で言えばXとYの幅)にどれくらい収まるかを分析し、それからはみ出したものは外れ値(異常値)として扱います。ある一定の幅のことを信頼区間と言います。

たとえば信頼区間が95%だとすると、「XとYの区間に収まっているデータは95%正しいデータと見做せ、収まっていないデータは異常なデータとして除外する」というような感じで考えてください。そして信頼区間内にあるデータから回帰分析して傾向線というトレンド線(図の破線矢印)を導出することができます。

話を実質家計最終消費支出に戻すと、2003年度から2015年度までの間で、95%信頼区間(XからY)に当てはまらない異常値が3回あります。

まず上限(X)を超えたのが8%への増税前の2014年1~3月期の駆け込み需要です。下限(Y)を超えたのがリーマンショック直後の2008年末と直近の2015年10~12月期の2つです。ちなみに2011年3月の東日本大震災後も消費は大きく落ち込みましたが、実は95%信頼区間からははみ出してはいません。

以上から実質家計最終消費支出だけ見ると、現在はリーマンショック級の落ち込みとも解釈でき、消費増税は実質家計最終消費支出に致命的な打撃を与える可能性が高いと考えられます。(つづく)


【参考】
三菱UFJリサーチ&コンサルティング/片岡剛士レポート/「消費低迷の特効薬」を考えるhttp://www.murc.jp/thinktank/rc/column/kataoka_column/kataoka160304.pdf



勝者の呪い②

前回の「勝者の呪い①」では、企業買収を例に、どのように適正な買収金額を探り出すかについて考えました。今回は「勝者の呪いがなぜ起きるのか」、そして「勝者の呪いを防ぐためにはどうすればよいか」を考えてみましょう。


■企業買収の呪い

企業買収の8割は失敗と言われます。マイケル・ポーター(HBS教授)の調査によると、アメリカの著名大企業33社の1950~86年における企業買収のうち、買収合併した企業を維持し続けたケースよりも、売却あるいは合併解消したケースの方が多かったことが分かり、「株主価値を創造したというより、株主から預かった資金を無駄に使ったと言ったほうがよい」と結論づけています。

本ブログの「交渉の前のひと呼吸」で、勝者の呪い(競売において、落札額が商品の評価額以上に吊り上がってしまい、結果的に落札者が損をすること=高すぎる買い物をしてしまうこと)について取り上げました。企業買収が失敗する大きな理由の1つに「勝者の呪い」が挙げられます。


■よく価値が分からないと呪いにかかる

高い価格を付けすぎてしまうのは、交渉(あるいはオークション)の過程で我を忘れてしまうこともありますが、そもそも買い手が商品(企業)の正しい価値が把握できないことに要因があります。言い換えれば、買い手が正しい価値がわからないと、交渉過程で我を忘れることにもなりかねないということです。

また相手があなたの評価を受け入れるということは、あなたの評価が相手よりも高い(評価が高すぎる)ということを意味する点に根本的なジレンマがあります。

経済学では、これを情報の非対称性の問題として扱います。情報の非対称性とは、「片方は取引する財についてよく知っているが、もう片方はよく知らない」という取引当事者間での情報の偏在について表す用語です。


■勝者の呪いを防ぐためには

情報の非対称性が存在する場合、相手に何らかのかたちで情報を開示させるように働きかけることが求められます。ただし、前回のケースでは、被買収企業のS社が自らの企業価値をオープンにしてくれることは期待できません。

よって、相手の出方を想定したり、「交渉が成立したらどうなるか」を考えてみたりすることで、価値の範囲を狭めていく(特定する)ことになります。相手側に価値に関する情報を開示させるのと同じ効果をねらうわけです。「交渉が成立したらどうなるか」を考えるのは、交渉の過程でヒートアップしてしまうのを防ぐためにも大事です。

また、相手が喜んでこちらの条件を受け入れるようであれば、場合によっては、「自分の評価が高すぎるのではないか」疑ってみることも必要かもしれません。


■価値があると思っているのは自分だけ!?

勝者の呪いは、オークションの場で多く生じますが、そもそも最高入札額はそれ以外の誰もそれだけの価値を見出していない入札額です(だから最高額なわけです)。

もちろん自分にとっての価値と他人が考える価値が一致するとは限りませんが、よほど個人的なこだわりがある商品でもなければ、自分の考える価値より少し下の金額で入札するべきでしょう(そうでないと得しない)。1万円の入札に1万円で応札する人はいません。勝者の呪いを避けるためには、この点を意識するとよいでしょう。


【参考】
『戦略的思考をどう実践するか エール大学式ゲーム理論の活用法』A・ディキシット、B・ネイルバフ著 阪急コミュニケーションズ
『合理的なのに愚かな戦略』ルディー和子著 日本実業出版社

勝者の呪い①

「まずまずの企業をすばらしい価格で買うより、すばらしい企業をまずまずの価格で買うほうがはるかに良い。」ウォーレン・バフェット(投資家)

本ブログの「シャープの買収交渉を考える」で触れたように、交渉では動学的分析(「ある行動の結果、次にはどうなるか」といったように先々の影響を見越した分析)を行う必要があります。これについては、ゲーム理論の知見を活かすことができます。

※交渉術をトレーニングするためには合わせてゲーム理論の基本書を読んでおいたほうがよいです。

今回は頭の体操を兼ねて、「どうすれば適正な買収価格を提示できるか(過剰な買収額を提示せず済むか)について考えてみましょう。

<ケース>

現在、あなたは電機メーカーS社の買収を検討している。あなたは1代で町工場から世界的な大企業まで育て上げたカリスマ経営者であり、あなたの力量をもってすれば、S社の企業価値を1.5倍に高められる。

しかしながら現在のS社の企業価値は分からず、ファイナンシャル・アドバイザーによれば200億円から1200億円(平均700億円)の間であると報告を受けている。一方、S社側は内部者として自身の企業価値を正しく把握している。

S社はあなたに買収金額を提示させ、その額が自分たちの想定する企業価値よりも上であれば買収に応じるが、下であれば拒否する。ただし、あなたの買収金額の提示は1回だけで、まとまらなければこの話はおしまいになる。

では、平均して収支がトントン(損はしない)となる最高の買収金額はいくらになるか?


<不適切な買収金額>

S社の企業価値は平均して700億円だから、買収すればその1.5倍の1050億円の企業価値になる。よって、1050億円の買収金額を提示すれば、収支はトントンになる。

この買収金額が不適切なのは、S社が買収金額を受け入れた場合を想定すると分かりやすいです。あなたが1050億円を提示してS社がそれに応じたとします。これは、あなたにとって、ある意味では不幸な知らせです。なぜなら、S社が応じたということは、S社の企業価値は、1050億円より上ではなく、200億円から1050億円(平均625億円)の間であることがはっきりしたからです。

よって、買収によって1.5倍の937.5億円(625億円×1.5)に企業価値を引き上げても、1050億円には及びません。1050億円は高すぎる買収金額です。


<正しい買収金額>

仮に買収金額をX(百億円)とします。もし買収金額が受け入れられたとすると、S社の企業価値は「2~X(百億円)」の間になり、平均すると「0.5×(2+X)」になります。買収によって、企業価値はその1.5倍の、1.5×「0.5×(2+X)」になります。よって、「収支がトントンの買収金額X」は「買収後の企業価値」とイコールとなり、次式のXを解くと「X=6」になります。

  X=1.5×[0.5×(2+X)]
  ∴X=6(百億円)

600億円の提示をS社が拒絶しても、それはそれであなたは少なくとも損はしません。一方、600億円より高い買収金額は、<不適切な買収金額>で行った計算を行うと、必ず割高(買収金額>将来の企業価値)になります。


【参考】
『戦略的思考をどう実践するか エール大学式ゲーム理論の活用法』A・ディキシット、B・ネイルバフ著 阪急コミュニケーションズ

プロフィール

三枝 元

Author:三枝 元
1971年生まれ。東京都在住。読書好きな中年中小企業診断士・講師。資格受験指導校の中小企業診断士講座にて12年間教材作成(企業経営理論・経済学・組織事例問題など)に従事。現在はフリー。
著書:「最速2時間でわかるビジネス・フレームワーク~手っ取り早くできる人になれる」ぱる出版 2020年2月6日発売
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