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様々なデフレの原因説を検証する②

前回に続き、おかしなデフレ原因説を取り上げます。

■生産性が低いからデフレになる?

前回の「生産性が向上してモノが安くなったからデフレになる?」と逆の考え方です。労働者の生産性が低い(付加価値を生んでいない)ので所得が低く、その結果、消費が増加しないのが原因だとするものです。白川日銀前総裁もこの立場でした。

しかしながら生産性が低いということは国全体の総供給が上がらないので、モノ余り(超過供給)にはならないはずです。国全体でモノが余りがちなら物価は下がるでしょうが、そうでないなら物価は下がりません。
むしろ供給不足(需要超過)でインフレになるはずです。


■日本は高齢化社会だからデフレになる?

労働力人口が減少し、総需要が減少していることがデフレの原因だとするものです。ベストセラーとなった「デフレの正体」「里山資本主義」の著者である藻谷浩介氏が主張し、少子高齢化の進展とタイミングがあったことから今でも根強い支持があります。

確かに消費の絶対額が低い高齢者の割合が増えれば1国全体で総需要が減少します。しかしながら、労働力人口の減少はむしろ総供給減少の要因となり、総需要と総供給の減少が相殺されればデフレにはなりません。

というより総供給への寄与が低い高齢者であっても一定の消費は行うので、結局は労働力人口の減少による総供給の減少が上回り、むしろインフレの要因と考える方が妥当です。

また日本より高齢化率が高い国、同等の国でもデフレになっていません。
確かに日本は先進国では高齢化率が高いですが、デフレが始まった1990年代末ではそれほど高い水準ではなかったことから、高齢化原因説には無理があります。


■実質賃金が上がらないからデフレになる?

労働者の実質賃金が上がらないから消費に廻らずデフレになるというものです。旧民主党政権がこの考えを採っていました。

ただし実質賃金を上げたとしても企業側はコスト増になりますので、その分、他の経費や投資を減らすことになり、物価は上がる可能性があります。

より重要なのは既に雇用されている人々の賃金を上げれば、企業は人件費負担を考えて新規採用を控えたり、非正規雇用を増やしたりするということです。実際に民主党政権下で最低賃金を引き上げた結果、失業率は拡大しました。その結果、国全体では労働所得は伸びず、かえってデフレ要因になります。

また実質賃金が上がらないからデフレになるのではなく、デフレだから実質賃金が上がらないと考えたほうが妥当でしょう。



■おかしなデフレ原因説はなぜ生まれるのか?

おかしなデフレ原因説はクリティカル・シンキングの良い材料になります。もともと因果関係が成立するためには、次の3つを満たす必要があります。

<因果関係成立の条件>

共変の原則
もしXがYの原因であるならば、XとYは共に変化しなければならない。
② 時間的順序関係
もしXがYの原因であるならば、XがYより時間的に先に起こっていなければならない。
③ 他の原因の排除
XがYの原因と考えられ、さらにX以外にYの原因を合理的に説明できるものが何もない場合にのみ、XがYの原因と認められる。


おかしなデフレ原因説は、「どうしても貨幣現象(金融政策のせい)だと認めたくない」ということ以外に、「たまたま同時期に起きた2つの事象を無理に因果関係でつないでしまう」「個別の事象を全体の事象と取り違えてしまう」「原因と結果の関係を取り違えている」ことで起きています。言い換えれば上記の①から③を満たしていないと言えます。


【参考】
『日本を救ったリフレ派経済学』原田泰著 日本経済新聞出版社
『デフレと超円高』岩田規久男著 講談社
『世界が日本経済をうらやむ日』浜田宏一、安達誠司著 幻冬舎
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様々なデフレの原因説を検証する①

「金融緩和と失業率との関係(フィリップス・カーブ)①②」で物価と失業率について見てきたので、ついでながら物価について取り上げてみます。現在の日本はデフレから脱却したとは言えない状態です(ここでは分かりやすくデフレの状態とします)。

本ブログでも度々取り上げたように、インフレ・デフレの要因は第1に貨幣量であり、次に需給ギャップなのですが、未だにおかしなデフレ論を唱える人たちがいます。

取り上げるデフレ原因説は、日本の経済・社会構造に原因を求めるもので構造デフレ説と呼ばれます。こうした主張をする人たちはおしなべて金融政策に否定的であり、逆に金融政策を否定するためにデフレの原因を貨幣量以外に求める傾向があります。

あまり経済の話は関心がないという方も、クリティカル・シンキングの良い材料になりますので、ぜひ考えてみてください。


■安価な中国製品が流入するからデフレになる?

本ブログでも「グローバル化がデフレをもたらす!?」取り上げたように、安価な中国製品を輸入しているのは日本だけではないにもかかわらず、デフレに陥ったのは日本だけですから適切ではありません。

物価とは個々の財の価格ではなく,経済全体での一般的な物価水準です。価格が下がるものもあれば上がるものもあります。仮に一部の製品が中国からの輸入に代替され価格が下がっても、その分節約できて予算が浮きます。浮いた予算が他の製品(非輸入財)の購買に廻って需要が増加するので、それらの製品の価格は上がるはずです。

しかしながら中国からの輸入とは関係がない財(非輸入財)の典型であるサービスの価格も全般的に下がっているので、中国発デフレ論は誤りです。


■中抜きが進んでいるからデフレになる?

ネット販売などでメーカーが消費者に直接販売したり、小売業が卸売業者経由ではなくメーカーと直接取引したりすることを中抜き言います。中間業者のマージンがなくなることで消費者向けの価格が安くなっていることがデフレの原因とするものです。

これも上と同様の理由で否定できます。消費者は安く買えることで節約できたお金を他の製品の購買に振り向け、その結果、価格が上がるはずですが、そうはなっていません。


■豊かになって欲しいモノがないからデフレになる?

日本は豊かになったので欲しいモノがない(需要不足)ことがデフレの原因であるとするものです。大抵はこの後に「たとえば若者は車を買わなくなったし、マイホームを欲しがらなくなっている」と続きます。

これも特定の製品のみで全体の総需要を判断しているケースです。上2つと同じでたとえ車を買わなくなっても他の製品の購買が増えていることも考えられます。また、欲しいモノがなくなったからというよりは、所得が低い(あるいは所得が伸びそうにない)から買わなくなったと考えたほうが妥当性があります。

さらに日本の1人当たり名目国内総生産(GDP))」はOECD34カ国中20位ですから、日本が他の先進国より豊かとは言えませんし、日本だけがデフレに陥っています。


■生産性が向上してモノが安くなったからデフレになる?

生産性の向上によってモノが安く作れ、その結果、モノの値段が安くなったというものです。

これも同じ理由で否定されます。安く買えることで節約できたお金は他の製品・サービスの購買に回り、一部の製品は価格が上がるはずですが、そうなっていません。生産性の向上が困難なサービスの価格も低下しています。

同じようなデフレ説で、「家電製品など多くの製品でコモディティ化(もはや機能面での差別化が困難で価格勝負しかない状態)が進んでいるから」というのがありますが、家電製品を含め全般的に物価が低下していることから誤りと言えます。
(つづく)

【参考】
『デフレと超円高』岩田規久男著 講談社
『世界が日本経済をうらやむ日』浜田宏一、安達誠司著 幻冬舎

先行企業の罠(キャズム理論)

前回の「先が得か?後が得か?(先発優位と後発優位)」では、必ずしも先行者が有利ではないということを触れました。今回は、先行企業が陥りがちな罠について、キャズム理論を取り上げます。


■顧客は新製品にどれだけ積極的かで分かれる
採用者区分(新)
画期的な新製品が出たらいち早く購入する層もいれば、そうでもない層もいるでしょう。上図は社会学者のロジャースによる新製品の採用者区分で、左から順にどれだけ早く新商品を購入するかで顧客層を分けたものです。

革新者:新技術に基づく製品を求める(ハイテクオタク)
初期採用者:新製品が持つ利点を積極的に理解し採用する(「ビジョン先行」派)
前期多数派:価格と品質のバランスを重視する(「価格と品質重視」派)

後期多数派:皆が使用することで安心して採用する(「みんなが使っているから」派)
採用遅滞者:最も保守的な層(ハイテク嫌い)

ロジャースによれば、新製品の採用者が、革新者と初期採用者の合計である16%に達したら、その製品は普及したと考えて良いとしています。


■メイン市場を取れなければ意味がない

しかしながら経営コンサルタントのジェフリー・ムーアは、ハイテク製品の普及状況から、革新者と初期採用者の間で普及しても成功したとは言えないことを指摘しました。

ムーアは、それぞれの顧客層ではニーズや嗜好が異なり、企業側はそれぞれの層にあった製品・サービスの開発、マーケティングを行う必要があると主張しています。特に革新者・初期採用者と、前期多数派以降ではニーズや嗜好がまったく異なり、あたかも両者の間にキャズム(深い溝)があるかのようだと主張しています。

革新者(技術的に新しければ何でも良い)と初期採用者(役に立ちそうか自分の直感で判断する)は、新製品に積極的な態度を示すという意味では共通します。

しかしながら前期多数派は新製品に対して懐疑的であり、現行のオペレーションの改善を望んでいます。
既に使っている製品が台無しになり、またいちから導入や使用方法のマスターをやり直さなければいけないような画期的な新技術の製品など望んでいないということです。

これは前回「先が得か?後が得か?(先発優位と後発優位)」の先発企業が不利となる場合で取り上げた②競争ドメインが変わる③採用者ごとのニーズの差が大きいという状況です。

市場の16%しかいない革新者・初期採用者を取り込んでも、おそらく開発費すら回収できずビジネスとしてはまったく成立しません。より多くのユーザーが見込まれるメイン市場、つまり前期多数派(と後期多数派)を取り込む必要があります。


■先行者、キャズムにハマる

先行者が画期的な技術の新製品を導入したら、革新者の支持は得られるかもしれません。利用方法やメリットを上手く説明できれば次の初期採用者も落とすことができるでしょう。

しかしながら次の前期多数派はこれらとまったく異なる層で、これまでのプロダクト・アウト(製品や技術に偏った考え方、ニーズ志向の対義語)の発想は通用しません。

ハイテク企業は、どうしてもプロダクト・アウトの志向が強くなりますから、前期多数派に到達できず、初期採用者との間にあるキャズムに落ちていってしまうのです。

ムーアによれば、初期のクライアント・サーバ、人工知能、IP電話、ギガビット・イーサーネット、PDAによるインターネットアクセスなど実に様々な分野でキャズム現象が見られたと言います。


■キャズムを超えろ!

ムーアによれば、キャズムを超えるには次のようなことが必要になります。

①攻略地点の決定
まず市場全体をいくつかのセグメントに分け、その中からメイン市場につながるような橋頭堡(ニッチ市場)にねらいを絞るということです。

②侵攻部隊の集結
パートナーや提携企業を募って購入者の期待している機能により近づけるよう、自社製品の補助製品や補完サービスを段階的に揃えるということです。

③戦線の見極め
なにせ前期多数派は新技術に消極的ですから、他に較べるものがないと新技術を選択しません。よって、あえて対抗製品の登場を促し、それとの優位性を打ち出すことで受け入れてもらおうということです。
市場を盛り上げて需要を喚起するためには、ライバルの登場が必要ということもあります。

④作戦の実効
販売チャネルを選定し、その販売チャネルを動機づけるような価格づけや報奨制度などを用意するということです。


【参考】
『キャズム』ジェフリー・ムーア著 翔泳社
『技術経営』根元孝・歌代豊編著 学文社 

先が得か?後が得か?(先発優位と後発優位)

よくある日本企業への批判として、イノベーティブな新製品を生み出せていないというものがあります。「他社に先駆けて画期的な新製品を投入せよ」というわけです。
しかしながら、必ずしも真っ先に市場投入することが良いとも限りません。

■先発の優位性は何か

先発の優位性については、早稲田大学の恩蔵教授によるものが有名です。

①消費者の心の中に「参入障壁」を形成できる
要は真っ先に市場に出たブランドが最も消費者の印象に残るということです。ドライビールときたらアサヒというわけですね。

②経験曲線効果を得られる
経験曲線効果とは累積的な生産量が増えるに従い、勘やコツがわかって1個当たりの生産費用が安くなるという現象のことです。先に出た製品のほうが後発の製品よりも累積的な生産量が大きくなり、1個当たりのコストが安くなるというわけです。

③利用者の生の声を吸い上げられる
先に商品を出せば、それだけ早めに利用者の声を吸い上げられ、改良が進むということです。

④うま味のある市場を獲得できる
画期的な新商品をまず買うのは革新的なユーザー(イノベーター層)です。彼らは新しもの好きで値段が高くても購入しがちです。スマホの新機種が出ると銀座のアップルストアに徹夜で並ぶ人たちをイメージすればよいでしょう。先に画期的な商品を出せば、こうした層を相手においしい商売ができるということです。

⑤最も有利な市場ポジションを獲得できる
何せまだ市場に1社しかいないわけですから、最も大きなターゲット層、最も利益が見込めるターゲット層を1人占めできるかもしれないということです。

⑥製品の規格を決定しやすい
本ブログの「経営戦略におけるいろいろなジレンマ①(デファクト・スタンダード競争)」でも触れたように、自社が開発した技術規格が業界標準となるかどうかは死活問題です。先に出した技術規格のほうが業界標準を獲得しやすくなるでしょう。

⑦切り替えコストの発生を利用できる
切り替えコスト(スイッチング・コスト)とは、他の商品に切り替える際の手間のことです。操作方法が企業や製品ごとに異なる場合があります。この場合、切り替えコストは高くなります。そこで先に商品を出してユーザーに自社商品の使い勝手に慣らせてしまえば、わざわざ操作方法が異なる他社商品には乗り換えない、言い換えれば顧客を囲い込みできるということです。ソフトウェアが典型的です。

⑧希少資源を先取りできる
1番乗りで市場に参入することで、事業で必要な資源を先取りできるということです。たとえばコンビニ業界でセブンイレブンが圧倒的に有利に事業展開できた理由の1つに、立地が良い場所を前もって確保できたからだとも言われています。


■かえって先発が不利になる場合も…

ただし先発は必ずしも優位であるとは限りません。先の見通しが立たない場合、「どうぞお先に」というのが人情でしょう。企業環境に置き換えると、次のような場合は、かえって先発企業は不利になります。

① 非連続的な技術革新がある
② 競争ドメインが変わる
③ 採用者ごとのニーズの差が大きい
④ アプリケーションの変化が大きい


①は先発企業がある技術を開発したすぐ後に、もっと高度な(あるいは使い勝手が良い)技術が出てきて、そちらのほうが技術の標準になってしまうというケースです。ソニーはミニディスクを開発しましたが、ネット環境の急速な進歩により、楽曲ダウンロードが主流となり、開発コストを回収できませんでした。

④は後から魅力的なアプリが出て、それを後発の他社商品がいち早く採用すれば、
先発の優位性はなくなるということです。むしろ先発企業は当初のアプリに縛られて迅速な動きが取れなくなる可能性もあります。

②③については、次回に取り上げます。
(つづく)

【参考】
『競争優位のブランド戦略』恩蔵直人著 日本経済新聞社
『デファクト・スタンダードの競争戦略』山田英夫著 白桃書房

我が子は世界で一番かわいい!?(イケア効果)

知人から自分の子供の写真を見せられ、「うちの子、かわいいでしょう?」などと言われ、正直、反応に困ったという経験は誰もがあるのではないでしょうか。
苦労して育てた我が子がかわいいのは親御さんとしては当然の気持ちなのですが、相手がどう感じるかはおそらく別でしょう

前回取り上げた保有効果と似たようなバイアスにイケア効果というものがあります。


■ケーキミックスが売れない理由は?

1940年代後半以降、さまざまなインスタント・ミックス粉が発売されたが、なぜかただ水を加えるだけのケーキミックスは売れなかった。味には問題がないのになぜ売れなかったのか?


答えは、あまりに手軽すぎて母親たちが「自分が手抜きをしている」と認めたくも(子や客に)認められたくもなかったし、できたケーキが「自分のもの」という感覚が持てなかったからです。

そこでミックス粉から乾燥卵を取り除き、新鮮な卵、牛乳、食用油を女性自身の手で加えてもらうようにしたところ、売上がみるみる伸びていきました。

「手間は省きたいが自分の料理に所有意識は持ちたい」、料理研究家のサンドラ・リーはその割合を「7対3の法則(7割の加工食品に3割の手間を足す)」と言っています。


■イケア効果とは

イケア効果とは、「労力をかけて何かを作り上げると、その作品に愛着を感じ、過大評価するようになる」という現象を言います。イケアとはご存知セミ・ホームメイド家具のイケアのことです。

私も誰かに頼まれたわけでもないのに手間隙かけてブログの記事を書き終わると、かなりの自己満足に浸りますが、これもイケア効果の例です。


■折り鶴の値段はいくら?

心理学者のダン・アリエリーらは、次のような実験を行いました。

素人の学生たちに折り紙で作り方の説明書どおりカエルとツルを折ってもらい(アメリカでは折り紙はポピュラーではない)、折り紙を折った学生(創作者)、折り紙を折らなかった学生(非創作者)それぞれに、作品に対していくらの値段をつけるか尋ねた。

・創作者は自分の作品に平均で23セントの値段をつけた。
・非創作者は素人の創作者の作品に平均で5セントの値段をつけた。
・非創作者は、折り紙の専門家が折った素晴らしい作品には平均で27セントの値段をつけた。


つまり創作者は自分の作品をプロの作品と同じくらい高く評価したということです。

また、作るプロセスに労力を費やすほど自分の作品に惚れ込みますが、それはその作品が完成した場合に限られ、努力が実を結ばなければ愛着は生まれません。別の実験でわかりにくい説明書を用意した結果、きちんと折れなかった創作者は自身の作品をあまり評価しませんでした。


■イケア効果をマーケティングに応用すると?

冒頭でケーキミックスの例を取り上げましたが、作り上げるプロセスに適度に顧客を参加させると顧客満足度が高まる場合があります。

たとえばスニーカーやラグマットのデザインをネット上で自分で行えるというサービスがあります。レストランのバイキングや体験教室などもその例でしょう。

自分だけのオリジナルが作れる喜びもありますが、設計図通りに作るだけでも楽しみを感じるところをみると、生産過程に自分が加わることの楽しみの方が大きいようです。

企業側は顧客に過度に負担とならない程度にカスタマイズの余地を作っておくといった柔軟性を検討してみるとよいでしょう。サービスのようにもともと決まった形がない場合は特に有効かもしれません。


■ロミオとジュリエット効果

何かに労力をつぎこむとき、その過程で私たちも変わり、私たちがその対象に与える評価も変わってくるというのがイケア効果です。

よって何かプロジェクトで時間や労力をかけると、モチベーションが高まることになります。そのためには、ある程度の難易度があるほうが望ましいことになります。

特定の目的を持っている場合、障害があった方が逆にその障害を乗り越えて目的を達成しようとする気持ちが高まる心理現象を、ロミオとジュリエット効果と言います。


周囲の反対やなかなか会えないといった困難があるほど、恋愛が燃え上がるというわけですね。ただし、それはその作品が完成した場合に限られ、努力が実を結ばなければ愛着は生まれないということには変わりがありませんが…。


【参考】
『不合理だからすべてがうまくいく』ダン・アリエリー著 早川書房

愛着は他人には分からない(保有効果)②

前回に続き、保有効果を取り上げます。保有効果とは、自分が所有するものに高い価値を感じ、手放したくないと感じる現象のことです。また、実際にあるモノを所有している場合だけでなく、「ほぼ手に入れた」と感じ所有意識を持ち始めた場合にも起きます。


■保有効果の罠

保有効果が行き過ぎると、とんでもないことになりかねません。損切りできない株式や、所得が減ったのに変えられない生活習慣・消費活動、ほとんど使わないのに捨てられない私物などは保有効果によるとも言えるでしょう。

・あなたはネット・オークションで欲しかった(ただし、もう売っていない)腕時計を見つけ、入札することにした。他人が入札する気配はなく、ずっとあなたの入札額が最高という状態が続き、「もはや手に入れたも同然」とその腕時計を嵌めて悦に浸っている自分を想像している。念のためオークション終了10分前に確認したところ、なんとあなたの入札額を上回る入札がなされていた。すかさずあなたはオーバービットを試みる。

・あなたはミニのコンバーチブルのパンフレットをずっと眺めている。「天気がよく清々しい日に彼女と一緒にドライブしたらどんなに気分がいいだろう」あなたのイメージは膨らむばかりで、もはや手に入れたかのようである。正直、懐事情は厳しいが、思い切ってローンを組んで買うことにしよう。


企業側もこうした消費者心理につけこんで、あの手この手と手段を講じてきます。たとえばお試し(試着・試乗)は消費者に使わせることで所有意識を持ってもらい、購入してもらおうという側面があります。「30日間返金保証」というのも同じです。


■保有効果から逃れるには?

いったん所有しているという感覚を持ってしまうと執着してしまうのであれば、なるべく所有感を持たないようにすればよいということになります。実際は所有していても、それはあくまで仮の姿だと考えるのです。

買い手に奨められて試しに使うことにしても、あくまで試すだけだと自分に言い聞かせたり、予め買わない可能性があることを示したりするだけでも効果があるかもしれません。

また子供が産まれたり、マイホームのローンを組んでしまい、これまでのような贅沢ができなくなったとしたら、「今までが仮の姿だったにすぎなかったのだ」と思ってみると少しは諦めがつくかもしれません。


【参考】
『ファスト&スロー (下)』ダニエル・カーネマン著 早川書房
『予想どおりに不合理 増補版』ダン アリエリー著 早川書房
『世界は感情で動く』マッテオ・モッテルリーニ著 紀伊國屋書店

愛着は他人には分からない(保有効果)①

人間の損失回避的な志向を説明する理論は、前回取り上げたプロスペクト理論以外にも保有効果というものがあります。

■お気に入りの○○をいくらなら売りますか?

あなたの手元には入手が困難なアーティスト○○(○○にはミスチルでもローリング・ストーンズでもお気に入りのアーティストの名前を入れてください)のチケットがあります。

私がそれを売って欲しいといったら、いくらなら売りますか?


おそらくチケットの購入代よりもかなり高い値段を付けたのではないでしょうか。これについては、心理学者のダン・アリエリーによる次の実験があります。

アメリカの大学では母校のチームが出場するバスケットボールの決勝トーナメントの試合はとても人気があり、チケットは抽選に当たらなければ購入できない。
抽選に外れた学生に「いくらなら買うか」と尋ねたところ、平均で170ドルだった。
一方、抽選に当たった学生に、「いくらなら売るか」と尋ねたところ、平均で2400ドルで買値の14倍だった。


コレクションや愛着のあるもの(家や自動車)を売る場合にも同様の傾向が見られます。


■保有効果とは
 
保有効果(授かり効果)とは、自分が所有するものに高い価値を感じ、手放したくないと感じる現象のことです。その結果、何かを売ろうとするときに、妥当な値段よりもかなり高い価格を提示することになります。

保有効果が生じる背景には、次の3つが考えられます。

自分が持っているものに惚れ込んでしまう。

② 手に入るかもしれないものではなく、失うかもしれないものに注目してしまう。

③ 他人が感じる価値も自分と同じだろうと考えてしまう。


■保有効果はどういうときに生じるか?

保有効果はいつも生じるわけではありません。たとえばコンビニの店主は商品を決まった価格で売ることに何ら抵抗感を感じないでしょうし、買い手であるみなさんが支払いするときも特に違和感がないでしょう。

また友人から5千円札を千円札5枚と替えてくれと言われても素直に応じるはずです。

コンビニの商品やみなさんのお金は「交換目的」、つまり他の財と交換するために保有していたものであり、この場合、保有効果は生じません。

一方、入手困難なチケットや愛着のあるものは「所有目的」、つまり消費したり楽しんだりするために保有していたもので、この場合は保有効果が生じやすくなります。

また、実際にあるモノを所有している場合だけでなく、「ほぼ手に入れた」と感じ所有意識を持ち始めた場合にも起きます。
(つづく)

【参考】
『ファスト&スロー (下)』ダニエル・カーネマン著 早川書房
『予想どおりに不合理 増補版』ダン アリエリー著 早川書房
『世界は感情で動く』マッテオ・モッテルリーニ著 紀伊國屋書店

苦痛は喜びの2倍大きい!?(プロスペクト理論)②

前回の「苦痛は喜びの2倍大きい!?(プロスペクト理論)①」では、価値観数というものを使って、総じて人は利益が出ることの喜びよりも損失が出た場合の苦痛の方が大きいということを示しました。
価値関数
■人は損失が生じる場合においてリスキーになる

価値関数から言えることは、人は利益が生じる場合には保守的な志向となり、損失が生じる場合にはより大胆になりがちになるということです。

まず参照点を基準にして100の利益を得ても満足度が10で100の損失が出たら苦痛が20であることに注目すると、利益と損失の額も生じる確率も同じ賭けならのらないでしょう。
※前回冒頭の<ケース1>はこれに該当します。

利益が100から200に増えても満足度は6しか増えず、さらに利益が増えていっても満足度の伸びが抑えられるのなら、現在の利益で満足しがち(リスクを取らない)になります。
※前回冒頭の<ケース2>はこれに該当します。

一方、現在損失が200あり、これが100増えても苦痛(マイナスの満足度)の増加分は5に過ぎないのに対し、逆に100減らせれば苦痛が15も減らせるとなれば、リスクを取ってでも損失を減らそうとするでしょう。
※前回冒頭の<ケース3>はこれに該当します。


■プロスペクト理論を身近に置き換えると…

たとえば株式投資を考えると、少し値上がりした株は早めに売り、逆に値下がりした株はなかなか売らず損切りできないといったことがあります。これは利益を得られる場面では極端にリスク回避的になる一方で、損失の場面では苦痛を過度に避けたがるという傾向を示していると言えます。

また価格の値上げや増税のほうが、値下げや減税よりも印象に残りやすいのも、苦痛のほうが敏感であるからだと言えます。

既に損失が出ている場面で度を越してハイリスクになる(ここまでヒドいんだったら、もう失うものはない。イチかバチかに賭けよう!)ということでは、たとえば借金の返済に追われた人が犯罪に手を染めるといったことが浮かびます。

業績が思わしくない企業がやけっぱちになって粉飾会計というハイリスクな行為を取るのも、このあたりに原因があるのかもしれません。


■プロスペクト理論から得られる教訓は?

プロスペクト理論から得られる教訓としては、次のようなことでしょう。

・苦痛のほうが喜びよりも大きいのは単に人間のバイアスに過ぎませんから、過度に囚われないこと。

・利益が生じている場面や損失が生じている場面で意思決定する際には、バイアスが生じていることを認識した上で、客観的に確率を把握するよう努めること。


【参考】
『ファスト&スロー (下)』ダニエル・カーネマン著 早川書房
『最新 行動経済学入門』真壁昭夫著 朝日新聞出版
『世界は感情で動く』マッテオ・モッテルリーニ著 紀伊國屋書店

苦痛は喜びの2倍大きい!?(プロスペクト理論)①

次の3つのケースを直感で考えてみてください。

<ケース1>
コインの表が出たら10万円もらえ、裏が出たら10万円支払うという賭けがあったら、あなたはのるか?

<ケース2>
次の2つのうち、どちらを選ぶか。
① 50%の確率で10万円貰え50%の確率で何も貰えない。
② 確実に5万円もらえる

<ケース3>
次の2つのうち、どちらを選ぶか。
① 50%の確率で10万円失い50%の確率で何も失わない
② 確実に5万円失う。



多くの人は、<ケース1>賭けにのらない<ケース2>②の確実性を取る<ケース3>①のリスクを取るを選択するのではないでしょうか。調査結果でもそれは裏付けられています。

※ちなみに<ケース2>の①②ともに所得の期待値(確率を考慮した上で、将来、得られるだろう所得の平均値)は5万円で変わりませんし、<ケース3>の①②でもマイナス5万円で変わりません。

この結果から分かることは、人は生来的にリスク回避的であるが、利益が生じる場合は特にその傾向が強まる、しかしながら、損失が生じている場合には、リスク志向が高まるということです。


■プロスペクト理論

上記の結果を裏付けるものとして、プロスペクト理論があります。これは不確実な選択に対して行う決断が、損得や金額によって変わり、人は損失を極端に回避することを説明するものです。その結果、利益の場合はよりリスク回避的で損失の場合はよりリスク志向になります。

心理学者のダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーによって唱えられ、この業績により2002年にカーネマンがノーベル経済学賞を受賞しました(トベルスキーは既に故人)。


■価値観数

プロスペクト理論では、価値関数というものを用います。価値関数とは、損得と、そこから得られる効用(心理的な価値、喜びや哀しみ)の関係を表したものです。基準点は参照点と呼ばれ、たとえば現在500万円の資産があり(参照点は500万円)、それに対して損得が生じたら、どれくらい心理的な価値が変化するかを表したものです。
価値関数
利益が生じる場合の価値関数(右上)と損失が生じる場合の価値関数(左下)は点対称の関係ではなく、損失が生じる場合の価値関数のほうが傾きが大きいことに注意してください。

<利益が出ている場合>
右上は「参照点から利益が出たらどれくらい満足度が得られるか」を表したものです。たとえば横軸の利益が100なら縦軸の満足度(喜び)が例えば10、200なら16、300なら19、400なら20といった具合です。

ここで重要なのは満足度の絶対的な水準ではなく、満足度の増え方です。満足度の増加分は、10、6、3、1といった具合に減少していきます。最初は儲かればすごく嬉しいですが、その後、同額の儲けが生じても、だんだん感覚が麻痺してきて嬉しさは増えるものの、その増加は小さくなるということです。

年収が500万円から100万円増えると満足度がかなり上がるが、年収が1500万円から100万円増えてもそれほど満足度が上がらないと考えれば合点がいくと思います。

<損失が出ている場合>
左下の部分(参照点から損失が出たらどれくらい苦痛か)です。損失が100なら苦痛(マイナスの満足度)が20、損失が200なら35、損失が300なら40、損失が400なら43といった具合です。

今度は苦痛の増加分を見ると、20、15、5、3といったように減少していきます。さらに損失が400、500と増えていっても、苦痛はあまり増えません。つまり損失が増え続けると、損失に対し感覚が麻痺してしまうということです。

利益が出る場合と同じように思えますが、注意しなくてはいけないのは参照点から100利益が出る場合は満足度が10上がりますが、100損失が出ると満足度が20も下がる(苦痛が20増える)ということです。

利益が生じる場合の価値関数より損失が生じる場合の価値関数のほうが傾きが大きいので、総じて人は利益が出ることの喜びよりも損失が出た場合の苦痛の方が大きいということを示しています


■苦痛は喜びの2倍大きい!?

「1万円支払うのと同じ確率で最低いくらもらえるなら、あなたは賭けに応じますか?」と尋ねられたら、いくらと答えるでしょうか。

実験の結果、平均で2倍の2万円(実験では200ドル)と答えるそうです。つまり多くの人が、苦痛(支払い)は喜び(報酬)の2倍でないと割に合わないと考えているようです。


【参考】
『ファスト&スロー (下)』ダニエル・カーネマン著 早川書房
『最新 行動経済学入門』真壁昭夫著 朝日新聞出版
『自分では気づかない、ココロの盲点』池谷裕二著 朝日出版社


金融緩和と失業率との関係(フィリップス・カーブ)②

前回見たように、量的金融緩和政策を行って物価が上昇すると失業率が下がるという関係(フィリップス・カーブ)が成立します。
フィリップス日本


■日銀の金融緩和は失業率を下げたのか?

日銀の量的・質的金融緩和以降、完全失業率は4.0%(2013年)、3.6%(2014年)、3.4%(2015年)と改善しており、就業者数は3月時点で6339万人、16か月連続の増加で、民主党政権末期より136万人増加しています。

実際に日銀の金融緩和は、雇用環境においては効果があったことが確認できます。



■日本の構造失業率は何%なのか?

前回触れたように構造失業率(完全雇用時の失業率でいわば失業率の底)は、それに達すると実質賃金や物価が上昇し消費が拡大するため、景気浮揚のための転換点になります。

では構造失業率とは具体的には何%なのでしょうか。国によって構造失業率は異なりますし、景気状況によっても変化することから識者によって分析が分かれます。

日銀の展望リポートでは、「構造失業率(完全雇用時の失業率)は3%台前半となる」と書かれています。また前回の日銀の金融政策決定会合後の「経済・物価情勢の展望」を見ると「労働需給の引き締まりは続いており」「失業率は構造失業率近傍である3%台前半で推移している」とあり、日銀では現在の完全失業率3.2%(3月)付近を日本の自然失業率(失業率の底)と考えているようです。

一方、経済学者の高橋洋一氏(嘉悦大学教授、元内閣参事官)は2.7%、エコノミストの片岡剛士氏(三菱UFJリサーチ&コンサルティング)は2.8%と推計しており、日銀の認識と異なっています。

現在、あまり物価や実質賃金が上昇していないことを見ると、失業率の底は日銀の想定よりも低いと考えたほうが妥当と思えます。


■日銀は失業率の底を見誤ったのか?!

繰り返しになりますが、失業率の底に達すると、人手不足感が出ますから労働者の実質賃金が上がります。そうなると、その分消費が増えるので、景気にはプラスに作用し物価も上昇傾向が強くなります。

本当は失業率がもっと下がるはずなのに日銀が既に失業率は限界まで下がったと考え、これ以上の金融緩和を見送ったならば、大きなミスをしたかもしれません。実質賃金も消費も物価も上昇しなくなるからです。もちろん日銀のインフレ率目標の2%も実現から遠のいてしまいます。

前述の片岡氏は2%のインフレ率を達成するためには、失業率を2.5%程度にする必要があると推計しており、そのためには追加の金融緩和によってまずは真の構造失業率に達する必要があります。



■「金融緩和しても実質賃金が上がらない」は見当違い

少し前まで、よくマスコミや野党から「金融緩和しても実質賃金が上がっていないではないか?」と批判の声が上がっていましたが、フィリップス・カーブを理解していればまったくの見当違いであることが分かります。

これまで見てきたように構造失業率に近づくまではなかなか実質賃金は上がらないからです。また雇用拡大期にまず初めに雇用されるのは新卒者や非正規社員といった相対的に賃金が低い層です。就業者全体に占める相対的に賃金が低い労働者の割合が増えれば、平均の実質賃金水準は低下します。

一方、正規雇用の賃金は春闘など限られた機会にしか上がりませんから、物価の上昇に対してなかなか名目賃金が上がらない(よって名目賃金を物価水準で割った値である実質賃金も上がらない)ことは初めから予想ができました。

ちなみに実質賃金が上昇するのが遅れたのは、アベノミクスの効果でこれまで求職活動をしていなかった層が予期した以上に多く労働市場に流れ込んだからという面もあります。労働供給が増加すれば実質賃金は上がりにくくなります。

しかしながら実際に失業率が構造失業率に近づいた今年の2月になると、実質賃金は上昇に転じています。


■本来、金融緩和は左派政権の基本ポリシー

ヨーロッパの左派政権では、金融政策が雇用環境の改善に極めて効果があることから、金融緩和が基本ポリシーとなっています。またアメリカの中央銀行に当たるFRBの現在のジャネット・イエレン議長が労働経済学の専門家であることはなにも偶然ではありません。

翻って日本の左派政党が日本銀行の金融緩和におしなべて否定的であることは世界標準からしても奇異であり、安倍政権のほうが遥かに左派的な政策を採っていると言われてもしかたがありません。


【参考】
三菱UFJリサーチ&コンサルティング/片岡剛士レポート/回復ペースは強まるか? 2015年後半の日本経済http://www.murc.jp/thinktank/rc/column/kataoka_column/kataoka150810.pdf
ダイヤモンドオンライン/高橋洋一の俗論を撃つ/賃金が上昇するのはGDPギャップ解消の半年後(2015年3月5日) http://diamond.jp/articles/-/67856
SYNODOS/2015年の日本経済と経済政策を振り返る/片岡剛士/計量経済学(2015.12.30)http://synodos.jp/economy/15846
総務省統計局 労働力調査(基本集計) 平成28年(2016年)3月分
http://www.stat.go.jp/data/roudou/sokuhou/tsuki/
日本銀行/金融政策決定会合/「経済・物価情勢の展望」(2016年4月28日)
http://www.boj.or.jp/mopo/outlook/gor1604b.pdf


金融緩和と失業率との関係(フィリップス・カーブ)①

4月末に開かれた日銀金融政策決定会合で、大方の予想に反し追加の金融緩和が見送られました。これを受けて、本ブログでも「マイナス金利なのになぜ異常な円高が進むのか?②」で取り上げたように、円高・株安が進んでいます。

日本銀行の黒田総裁の会見を見ると、追加緩和を見送ったのは、2月以降のマイナス金利導入の効果を見極めるためとありますが、それ以外にもサミット前に海外からの円安誘導との批判を避けるため、失業率の見通しを見誤ったためとも言われています。

今回は金融緩和と失業率との關係について、フィリップス・カーブという図を使って確認したいと思います。


■フィリップス・カーブとは

フィリップス・カーブとは、縦軸に物価上昇率(インフレ率)と横軸に失業率を取ってその関係を見たものです。両者の関係をグラフにプロットし傾向線を引くと、下図のように右下がりになることが昔から知られていました。
フィリップス(基本)

基本的にインフレ率が高いのは需要が加熱している時で(好景気)失業率は低くなり(左上)、インフレ率が下がるのは需要不足の時で(不景気)失業率は高くなります(右下)。よって、その境目(図の中央)あたりが、景気の善し悪しの分岐点ということもできます。

もっとも1970年代のアメリカなどではインフレ率が高いにもかかわらず、不景気で失業率が高い状態(スタグフレーション)が続いたことがありましたが、日本の場合はほぼフィリップス・カーブどおりの傾向が見られます。


■フィリップス・カーブが右下がりになるのは?

フィリップス・カーブが右下がりになるのは、物価が上昇すれば実質賃金(名目賃金÷物価)が低下して労働力が割安になり、雇用が拡大するからであると一般的な経済学のテキストでは説明されます。

一方、物価は、1国全体でのモノの量と貨幣の量で決まります。モノの増加に対し貨幣量の増加が見合わなければ、相対的に多いモノの価格は下がりデフレになり、モノに対して相対的に貨幣量が多くなればインフレになります。そして貨幣の量を決めるのが中央銀行です。さらに貨幣量は為替にも影響を与えます。

以上を踏まえ、日本の状況に即してフィリップス・カーブが右下がりになる理由を考えると次のようになります。

・(世の中のお金の量が増えて)物価が上昇すれば実質金利(名目金利-期待インフレ率)が低下するとともに円安になる(注)。

・円安になれば輸出の拡大を見越して株価を押し上げる。

・株高によって消費が増加するとともに、今後の景気拡大を見越して設備投資が増加する(総需要の増加)。

・企業業績が好転し、雇用が拡大(失業率は低下)する。


逆にインフレ率がゼロを下回ってさらに下がり続けると(マイナスのインフレ率、つまりデフレ)、先と論理が逆になり雇用が縮小(失業率は拡大)します。

要は「中央銀行の金融緩和などでお金の量が増えると(物価の上昇を通じて)失業率が下がる」というわけです。


■完全雇用が実現していても失業は生じる

完全雇用とは、経済学では「現在の賃金水準の下で働きたい人たちが働けている状態のこと」を指します。

完全雇用と言っても全員が働けているわけではなく、どのような場合であっても失業者は存在します。

具体的には産業構造の変化により生じる構造的失業、地域間・産業間における労働力移動がスムースに行われないことで一時的に生じる摩擦的失業などの不可避的な失業が該当します。構造的失業や摩擦的失業は景気循環にかかわらず不可避的に存在しますから、その割合をまとめて構造失業率(完全雇用時の失業率)と言います。


■構造失業率が意味するもの

構造失業率は、完全雇用時の失業率ですから、いわば失業率の底になります(政策的に構造失業率以下の失業率にすることは難しい)。

構造失業率に達したということは完全雇用が実現したということですから、人手不足感が顕著になり始めることになります。よって実質賃金が上昇し、さらに雇用環境の改善により国内消費が増えることで物価が急激に上昇することになります。

急激に物価が上昇するといっても20%とか30%といったことではなく、2%から4%という程度の好況期にはごく普通に見られる水準の上昇が始まるということです。

いわば構造失業率に達するかが景気浮揚ための転換点になるわけです。
(つづく)


注)円ドルで考えた場合、日銀の量的緩和で円が増えれば「相対的に量が少ないものは価格が上がり、多いものは価格が下がる」という原則から、円安ドル高になります。

会社が繁栄できるのは何年?②

前回の「会社が繁栄できるのは何年?①」では、企業が繁栄できる期間は平均で約18年であることを指摘しました。今回はその18年を超えて成長できる企業の特徴について考えてみましょう。

■真の意味で成長し続ける企業は2%にも満たない

コンサルティングファームのベイン・アンド・カンパニー・ジャパンが2013年9月に明らかにしたものによれば、約3500社ある上場企業の中で、会社の旬な期間「18年」を超えてなお、企業活力や成長力を強く維持し続けているのは、全体の2%にも満たないとのことです。

同社は真の長寿企業48社を選定しました(直近売上高1000億円以上)。48社は2種類に分かれます。

1つは「継続成長している長寿企業」です。社歴が50年以上あり、1990年以降、売上高、利益ともに平均を上回る業績を安定的に記録している企業で、全部で18社です。

イオン、ダイキン工業、ヤマトホールディングス、味の素、アステラス製薬、セコム、加藤産業、エーザイ、イズミ、キユーピー、ユニ・チャーム、しまむら、コメリ、みらかホールディングス、エフピコ、久光製薬、ロート製薬、参天製薬

もう1つは「90年代はバブル崩壊の影響で市場平均以下の成長しか遂げられなかったものの、2000年以降、売上高、利益とも年率平均3%以上の成長を実現した『復活した長寿企業』」で、30社が該当します。

日野自動車、阪和興業、住友金属鉱山、住友ゴム工業、日揮、横浜ゴム、ダイワボウホールディングス、日清紡ホールディングス、千代田化工建設、東洋ゴム工業、マキタ、キッコーマン、近鉄百貨店、日本触媒、シマノ、東洋エンジニアリング、日本製鋼所、ダイフク、東芝プラントシステム、大和工業、DMG森精機、ダダノ、TPR、第一実業、ナカノフドー建設、キッツ、ツムラ、イトーキ、青木あすなろ建設、富士機工


■長寿企業にはあって一般企業にはない3つの視点

日経ビジネスとベイン・アンド・カンパニー・ジャパンは共同で、長寿企業にはあって一般企業にはない経営の視点を3つに整理しています。

① 創業者視点
事業に取り組むに当たり、自らリスクを取って苦労を重ねながら起業した創業者と、同じ目線を持つこと。「経営理念に立ち返る」と言い換えることもできるでしょう。これがないと利益極大化・短期収益主義に陥りかねないとしています。

② 顧客視点
言わずもがなですが、顧客の支持なくして企業の繁栄はありえません。セオドア・レビット(マーケティング学者)の名言、『顧客が欲しいのはドリルではなく「穴」である』に即した商品・サービス開発が望まれます。

③ 共創視点
自社だけで外部環境の変化に対応し続けるのは困難です。自前主義ではなく、外から人や技術を借りて共に創り、時間とコストを節約するということです。


■日本は世界一、長寿企業が多い

日本には、創業100年以上の企業が1万5000社もあると言われています(東京商工リサーチ調べ)。

久月 ‐ 日本人形メーカー。1835年創業。
資生堂 ‐ 化粧品メーカー。1872年創業。
虎屋 ‐ 和菓子メーカー。室町時代に創業。
月桂冠 ‐ 日本酒メーカー。1637年創業。
西川産業 ‐ 寝具メーカー。1566年創業。
金剛組 ‐ 建設会社。578年創業。
※現存する世界最古の企業。2008年に一度破産廃止

こうした企業の特徴として、私は「比較的、技術や流通などの外部環境の変化が激しくないこと」が考えられると思いますが、内部的には上記の3つの視点(創業者視点、顧客視点、共創視点)の存在も十分に考えられます。

老舗企業の特徴としては、「理念に基づいた漸進的な革新(こだわりと変化の両立)」が挙げられますが、3つの視点はそのことを物語っています。


【参考】
『日経ビジネス 2013年11月4日号「最新版 会社の寿命」』日経BP社
『老舗の教え』神田良、岩崎尚人著 日本能率協会マネジメントセンター

会社が繁栄できるのは何年?①

シャープの例を挙げるまでもなく、企業の栄枯盛衰には激しいものがあります。ちなみに世界的に著名な企業ランキングであるフォーチュン500の売上高上位50社については、20年間(1985年~2005年)で約7割の企業が入れ替わっています。一体、企業はどれくらいの期間、繁栄できるのでしょうか。これについては、少し前の話ですが、2013年11月に日経ビジネスで特集がありました。


■企業が繁栄を謳歌できるのは平均で18年

日経ビジネスでは1983年にも同じような特集を組んでいます。

当時の調査の計算方法は、1890年代以降、ほぼ10年ごとに、売上高や総資産額から「当時の旬の企業100社ランキング」を作成し、1つの企業がランクインしてから圏外に姿を消すまでの平均滞留期間を「反映を謳歌できる期間」と定義しました。これによると平均滞留期間は約30年となりました。

一方、2013年発表の調査では、株式時価総額を基準とし、バブル崩壊から現在まで時価総額上位100社を10年ごとに調査、前回調査と同様に平均滞留期間を計算すると18.07年になりました。

算定基準を株式時価総額としたのは、ただ売上高や総資産額が大きいだけで利益を出していない企業を排除するためだとしています。

参考までに株式時価総額と売上高のランキング推移を掲載しておきます。
時価総額ランキング

売上高推移



■会社の生存期間は逆に長寿化の傾向

一方、会社が創業してから倒産するまでの厳密な意味での生存期間を帝国データバンクとの共同調査で試算したところ、2003年には31.6歳だった日本企業の平均寿命はその後、上昇トレンドを示し、2013年度では平均34.9歳まで長寿化していました。

旬の時期は短縮しているのに平均寿命は伸びている理由は、新陳代謝が進んでいないということを意味していると日経ビジネスでは分析しています。

企業の新陳代謝を示す指標としては、開業率・廃業業があります。日本の場合、2012年度で見ると、開業率は4.6%、廃業率は3.8%となっています。統計の性質が異なるため、単純には比較できないものの、日本の開業率・廃業率は、欧米の半分あるいはそれ以下となっており、確かに企業の新陳代謝が進んでいないと言えそうです。


【参考】
『日経ビジネス 2013年11月4日号「最新版 会社の寿命」』日経BP社

ヤバい交渉テクニック⑤(タイム・プレッシャー)

あなたは中東のある国にビジネス交渉のために出張で訪れた。

相手側:遠路はるばるおいで頂き有難うございます。当地は初めてですか?
あなた:ええ。空港からここまでは、想像していた以上に時間がかかってしまい
   ました。
相手側:そうでしたか。当地にはいつまでご滞在ですか?お帰りの予定は?私
   どもの車で空港までお送りしますよ。
あなた:有難うございます。本日1泊して明朝には立ちますが、既に手配しており
   ますので、お気持ちだけで結構です。 
相手側:そうですか。ご到着されたばかりでお疲れでしょうから、まずは我が社
   のことをよく知って頂きたいと思いまして、社内をご案内させていただきま
   す。その後は、ささやではありますが、近くのホテルで昼食会をご用意し
   ておりますので存分にお楽しみください。交渉はその後にしましょう。
あなた:はあ。



■タイム・プレッシャー戦術とは

タイム・プレッシャー戦術とは、相手との何気ない会話からデッドライン(締切)を探り出し、それを交渉に利用しようとするものです。

なかなか頻繁には海外に主張するわけにもいかず、交渉当事者としては出張した機会に是非とも話をまとめたいと考えるものですが、もしかしたら交渉相手がそれを見越して交渉を有利に運ぼうとするかもしれません。

たとえば帰りの出発時間が近づいてあなたが時間を気にし始めたところを見計らうように、本格的な条件交渉を始めたり、ほぼ合意したと思っていた条件を、その時点で急に変更したりするといったケースです。

あなたとしては、デッドラインが気になって冷静な判断ができず、合意したい気持ちが先行して、安易な譲歩をしてしまうかもしれません。

もちろんタイム・プレッシャー戦術は、海外との交渉に限った話ではありません。地方での交渉が典型的ですが、「何とか話をまとめたい」と相手に感じさせてしまうと、タイム・プレッシャーの罠にはまってしまいます。また相手側に悪意がなくても交渉の進み具合が悪いと自ずとデッドラインは来てしまい、同様の事態に陥ることはあるでしょう。


■タイム・プレッシャー戦術への対処法

タイム・プレッシャーの罠にはまってしまうのは、あなたが「何とか今回で話をまとめたい」とプレッシャーを感じており、そのことを相手に見透かされていることが原因です。

ですから対策としては、まずは「何とか今回で話をまとめたい」と思わないこと、次にもしプレッシャーがあっても相手に感づかれないようにすることが基本になります。

・交渉のミッションや目標の達成を認識し、それに沿わない条件では合意しない。

・仮にデッドラインが迫っていたとしても相手にそれを漏らさない。

・交渉の延長、および予備日を設け、デッドラインを下げる。

・デッドラインより前に合意できるところは合意し余裕を持った交渉を行う。

また相手側にも交渉をまとめたいという強い希望があるようであれば、逆にそれを利用してイニシアチブを奪い返せばよいことになります。
先に仕掛けられたからといって受身的に対応する必要はありません。

・相手側のデッドラインを探りつつ、このままでは妥結できない旨を示して正常な交渉の進行に戻す。


【参考】
『交渉の戦略』田村次朗著 ダイヤモンド社
『ハーバード×慶應流 交渉学入門』田村次朗著 中央公論新社

ヤバい交渉テクニック④(オーソリティ・コントロール)

先日の「ヤバい交渉テクニック③」で取り上げたグッドコップ・バッドコップ戦術には「オーソリティ・コントロール(権限のない振り戦術)」という応用系があります。

数回に渡って話し合いを続けてきた交渉もいよいよ大詰め、あなたは今日で大筋合意できるだろうと意気揚々と取引先のX社を訪れた。

あなた:これまで話し合いを続けてきましたが、X課長のお陰で何とか合意でき
   そうで感謝しています。
X課長:いえいえ、私もご協力に感謝しています。ぜひ御社とは取引させて頂き
   たいと考えていますよ。
あなた:有難うございます。さて前回までで納期面や価格面、支払条件で折り合
   いがつきましたので、今日は細部の調整をさせて頂ければと思います。
X課長:(急に顔を曇らせて)うーん、実は困ったことになりましてね。このあいだ
   の内容を部長に見せたところ、どうしてもあと少し金額を下げてもらわな
   いと絶対に承認できないと言うんですよ。御社にはこれまでかなりご尽力
   頂いていますから、私としてもまとめたいのは山々なのですが…。
   心苦しいのですが、どうにかあと50万円程下げてもらえませんかね。そ
   れで何とか部長を説得しますから。
あなた:あと50万ですか…。それをお受けすれば本日発注してもらえるんでしょ
   うか。



■オーソリティ・コントロール戦術とは

オーソリティ・コントロールは、実際には1人ですべて決められるのに、第三者の意見を引き合いに自分には最終権限がないことを合意直前に持ち出して合意を反故にしたり、追加的な譲歩を求めたりするというものです。

たとえば「私は合意したいのですが、どうしても上司が言うことを聞いてくれなくて…。もう少し譲歩してもらえませんか」とか「営業部がどうしても頭を縦に振ってくれなくて…」といったようなパターンです。ただし第三者(上司や他部門)の意見や要望がブラフである可能性があります。

オーソリティ・コントロールは、交渉相手が自分には不利な状況を打開したり交渉を引き伸ばしたかったりする(だけど自分の意見としては切り出しにくい)場合や、とりあえず情報集めのための交渉はするが妥結はしたくない場合、最終決定を冷静に分析・チェックしたい場合に用いられる傾向があります。

交渉の最終段階でこのテクニックを出されると、これまでの交渉努力に縛られて、ついつい多少であれば譲歩してもよいかなどと考えてしまいがちです。


■オーソリティ・コントロールへの対処

オーソリティ・コントロールへの対処法としては、おおよそ次のようなことが考えられます。

・相手がどのような権限を持って交渉に臨んでいるのか(決定権があるのか)を冒頭に確認する。

・それでも相手がこの戦術を用いて最後に譲歩を迫ってきたら、「それでは決定権がある方と話させて頂けませんか」とか「誰とお話すればよいでしょうか」といった提案をする。単に第三者の要望がブラフである場合には効果がある。

・ニブリング(おねだり戦術)に持ち込まれないように「そちらのご希望はもうないですか」などと、相手の条件や要望をすべて出させる。

・相手が権限のない振りをして譲歩を迫るのなら、こちらも権限がないことを理由に交渉を中止し、安易にその場で妥結するのではなく、冷静に相手の条件を精査する。

・もし本当に相手側に交渉権限がないのなら、相手側がそれを得るまで、あるいは真に交渉権限を持った人が参加するまで交渉を休止する。



【参考】
『交渉の戦略』田村次朗著 ダイヤモンド社
『ハーバード×慶應流 交渉学入門』田村次朗著 中央公論新社

プロフィール

三枝 元

Author:三枝 元
1971年生まれ。東京都在住。読書好きな中年中小企業診断士・講師。資格受験指導校の中小企業診断士講座にて12年間教材作成(企業経営理論・経済学・組織事例問題など)に従事。現在はフリー。
著書:「最速2時間でわかるビジネス・フレームワーク~手っ取り早くできる人になれる」ぱる出版 2020年2月6日発売
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