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私見の域を超えるために(統計学的研究と事例研究)

経営学の研究アプローチには、大きく統計学的研究と事例研究があります。両者の長所と限界を知り組み合わせることで、適切な結論を得ることが可能になります。
これは何も経営学の理論を打ち立てる際だけでなく、ビジネス環境の中で私たちが何らかの結論を得ようとする場面でも有効です。


■統計学的研究とは

統計学的研究とは、全体に偏りがない縮図となるように無作為にサンプルを集め統計的な推計を行うというものです。

観測された差や相関関係が、どれだけ一般化できるのか確かめて、当てはまる範囲を推論できるという点に優れています。

たとえば「組織に深くコミットした人よりも、そうでない人のほうが経営危機に際して離職率が高い」という相関関係を確かめたいとします。この場合、日本中のいくつかの企業の中から無作為に集めたサンプルでこの関係が確かめられれば、この仮説は一般に当てはまると認知されます。

しかしながら、統計学的研究は因果関係を解き明かすことが得意ではありません。相関分析の結果だけでは、その理由を教えてくれないからです。上の例で言うと、「なぜ組織に深くコミットした人のほうが経営危機に際して離職しないのか」までは説明してくれません。

また標本とは言え十分なサンプルを集めることには手間やお金がかかりますし、偏りのないサンプルを集めることは簡単ではありません。


■事例研究とは

事例とは、「ある特定の歴史的個体、あるいは集団で生じる事象」のことです。事例研究とは、単純に言えば、ケースワークのことですが、その特徴は、コンテキスト(ある事象を取り巻く状況、脈絡)を重視する点にあります。

もちろん1つのケースだけで一般化できる結論を抽出できるわけではありません。特定のケースから推測されたことが実際に他のケースでも当てはまるのか反復実験を繰り返すことで正しさを検証することになります。

調査方法としてはなるべく多くのサンプル数を集めたほうが誤差が小さく客観性が高くなるので優れています。しかしながらもともとサンプルが極端に少ないもの、たとえば戦争、大災害、バブルなど滅多に起きないものや、今後は起きそうではあるがいまだケースとして少ないもの(たとえば20年以上前の時点でのインターネットや現在のAIの商業利用)を調査・研究する場合には統計的調査はそもそも不可能であり、事例研究の有用性が高まります。

このような場合は、他の分野で起きたことを応用してみるといったアナロジー思考(既知の世界と未知の世界の間に構造的類似性を見出し、理解や発想を促す方法)を用いることになります。


■統計学的研究と事例研究を補完的に用いる

統計学的研究と事例研究の特徴を比較すると、次のようになります。

統計と事例

統計学的研究と事例研究では強みが異なりますから、相互に補完しあって活用すべきだということになります。

一般的には仮説を導く際に事例研究を用いて、それがどれだけ広く一般化できるかどうかを検証する際に統計学的方法を用いることになります。あるいは逆に統計学的調査の結果を説明するために事例を調べることも有効です。

さて統計学的研究、事例研究というと仰々しく私たちとは無関係な事柄とも思えますが、一般的な社会人が何らかの見解を得る上でも示唆するものがあります。

普通のビジネスパーソンにとって手間や費用を考えると統計的調査はなかなか難しいでしょう。経験や身近な観察事象から何らかの仮説や結論を得るという行為(いわば事例研究)を意識的・無意識的に行っているはずです。しかし、その際には事例研究の限界についても意識する必要があります。

すなわち「あくまで仮説にすぎない」ということを意識して、似た条件の他のケースでも当てはまるのか反復的に検証するということです。この行為がなければ所詮は私見の域を出ないことになります。


【参考】
『ブラックスワンの経営学』井上達彦著 日経BP社

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原因を特定するための方法(一致法と差異法)

私たちは日頃接する様々な事象から何らかの成功パターンを見出そうとします。しかしながら「成功法則が役に立たない理由(必要条件と十分条件)①」で見たように、マッキンゼーのコンサルタントが著者のベストセラーとなった書籍でもエラーを起こしています。短絡的に結論に飛びつかないようにするためには、比較分析の手法について理解しておくとよいでしょう。


■一致法と差異法

原因を推測する比較分析の手法には、一致法と差異法があります。

(1)一致法
一致法とは、同じ結果を示す複数の事例を比較して、そこに共通する要因を探るもので、共通の結果をもたらした要因を推論する方法です。基本的には必要条件を洗い出すのに適した方法です。

分析の結果が下の表のようであった場合、各事例に共通する原因Aを成功要因とするのです。「エクセレント・カンパニー」での調査法がまさに一致法です。しかしながら前回の「成功法則が役に立たない理由(必要条件と十分条件)②」で見たとおり、Aは必要条件に過ぎない可能性はあります。

一致法

(2)差異法

同じ結果を示す複数の事例を比較する一致法とは異なり、差異法とは、異なる結果を比較して、互いに違う要因があれば、それが結果の違いを生み出すものと推論する方法です。


極論すれば、たった2つの事例比較でも有効な推論が可能です。ただし、その2つの事例は、たった1つの要因を除いて、他の要因についてはすべて同じでなければいけません。その条件を満たせば成功するということを明らかにするという意味で、十分条件を明らかにするのに適しています。

分析の結果が下の表のようであった場合、両事例で異なるのは原因Aだけですから、それが成功と失敗を分けたと推論できます。

差異法


■それでも限界はある…

一致法や差異法による比較で原因Aが抽出できたとしても、それが成功の唯一の条件だと断言することはできません。なぜなら比較分析から確かな推論をするためには、次のような条件が必要だからです。

① すべての要因を列挙した上で分析されている
② 相互作用がないことが確かめられる
③ すべての因果関係やパターンが分析されている
④ 一致法の場合、1つの要因を除いて他は異なっている
⑤ 差異法の場合、1つの要因を除いて他は同じである

すべての要因を列挙する、すべての因果経路を把握することは現実的ではありません。また上の差異法の図表において、「Cの要因を満たしつつAの要因を備えたら成功する」という場合、AとCとで相互作用があると判断されますが、この場合、Aだけ満たしても成功にはつながりません。


■われわれの日常レベルでは十分に役に立つ

それまで正しいとされていた経営理論が覆る典型的なパターンは、要因や因果関係の見落とし、相互作用の視点の欠如です。

このように一致法も差異法も限界があるのですが、それでも調査の最初の段階である「仮説の設定」にはとても有効です。(一致法や差異法以外に有効な方法がないとも言えます)。あとは立てた仮説に対し、さらに一致法や差異法による検証を繰り返していくことで結論の精度を高めることになります。

さて、私たちの日常ではとても厳密な調査など望むべくもありません。基本的には一致法で何らかの仮説を立て、試してみて、結果を検証するというサイクルになりますが、それでも十分な成果が得られます。

見聞きするセオリーに対する私たちの心構えとしては、まずは「本当にその成功要因は成功事例に共通するものなのか」「他に成功要因は考えられないか」というクリティカルな視点を持ち合わせなければならないでしょう。

【参考】
『ブラックスワンの経営学』井上達彦著 日経BP社



成功法則が役に立たない理由(必要条件と十分条件)②

前回は、経営書「エクセレント・カンパニー」の調査方法を取り上げました。それは、「優良企業の共通点を探る」というアプローチであり、その結果、「①行動の重視、②顧客に密着する、③自主性と企業家精神、④人を通じての生産性の向上、⑤価値観に基づく実践、⑥基軸から離れない、⑦単純な組織・小さな本社、⑧厳しさと緩やかさの両面を同時に持つ」という成功条件を抽出しました。

しかしながら、このような「いくつかのケースから共通点を探る」というアプローチでは問題があります。今回は、その問題を具体化したいと思います。


■必要条件と十分条件

調査して何らかの要因を抽出する際には、必要条件と十分条件の違いを明確に意識する必要があります。

必要条件とは、「ある事柄が成立するために必要な条件」のことです。たとえそれが優良企業になるために必要な条件であっても、それだけ満たせば優良になるとは限らないということです。

たとえば日本で企業家として成功を収めた人の共通点として「日本語が話せること」を見出したとしても、何も意味はないでしょう。これは必要条件かもしれませんが、もちろん十分条件ではないわけですから。


■必要条件と十分条件をどう識別するか

条件Aさえ満たせば必ず高業績になるとすれば、条件Aは高業績の必要十分条件と言えます。しかし、条件Aと同時に条件Bも満たさなければ高業績をあげられないとすれば、Aは必要条件であっても十分条件ではありません。これはAかBかどちらかでは高業績をもたらすのに十分ではないということを意味します。

逆に条件AかBかのどちらか片方を満たせば高業績を収められる場合、条件AもBも高業績の十分条件となります。ただし、AもBも必ずしも必要でないわけですから、どちらも必要条件ではないのです。

必要条件

「エクセレント・カンパニー」の調査の場合も、もしそれが適当な手続きを経たとしても、見つかったのは必要条件だけで他の条件があった可能性があります。


■では、どうすれば成功要件を検証できたのか

「エクセレント・カンパニー」の「高業績企業に共通する特性を抽出する」という帰納法的なアプローチは、なにも間違ったことではありません。

しかしながら抽出された要因が十分条件なのか検証するには、別のアプローチが必要となります。具体的には逆の手順を踏むのです。まず8つの要因を備えた企業を探し出し、その企業の業績を見るのです。

① 8つの要因を同じく備えた企業をリストする。
② その特質を備えた企業が、いずれも成功しているか否かを調べる。
③ もし成功していれば、8つの要因が成功の十分条件だと考える。

逆に8つの条件を満たしていても業績不振の企業があれば、他に成否を分ける要因が隠されていることになります。


■ほとんどのビジネス書で見られる誤り

本来、ビジネス上の成功に至る因果関係は、様々な要素が複雑にからみあっているはずです。しかしながら多くのビジネス書や自己啓発書において見られるのは、原因(成功要因)を単純化しすぎており、さらにそれが必要条件にすぎないというということです。

ビジネス書や他人のアドバイスを聞く際には、まずは鵜呑みにしないで「本当にそれで上手くいくのか」自分自身で考えてみるという姿勢が必要でしょう。因果関係成立の条件で言えば、「③他の原因の排除(XがYの原因と考えられ、さらにX以外にYの原因を合理的に説明できるものが何もない場合にのみ、XがYの原因と認められる)」を意識するということですね。


【参考】
『ブラックスワンの経営学』井上達彦著 日経BP社

成功法則が役に立たない理由(必要条件と十分条件)①

経営書には「○○すればパフォーマンスが良くなる」ということが書かれています。いちいちごもっともとは思うのですが、「本当にそうなのかな」と感じることも多々あり、また実際にベストケースとして取り上げられた企業がその後深刻な業績不振に陥ってしまったという例も数多いです。

こうしたことは何も経営書に限った話ではなく、私たちの身近な環境でもよく見られます。たとえば「どうしたら上手くいくか」と尋ねたら上司や先輩などからそれなりに有難いアドバイスを頂けるわけですが、ふと本当にそうなのかと疑問に感じたり、実際にやってみたが上手くいかなかったりといったことはあるでしょう。

成功要因や問題の原因を推測する際に意識したいこととして、必要条件と十分条件があります。今回はベストセラー経営書「エクセレント・カンパニー(トム・ピーターズ、ロバート・ウォーターマン著 英治出版)」を例にしてみましょう。


■エクセレント・カンパニーの条件

これまでで最も売れた経営書の1つに1982年に出版された「エクセレント・カンパニー」があります。これは超優良企業の条件を導き出したもので、これまで世界で100万人以上の人に読まれたと言われます。

超優良企業43社に共通して見られた条件とは、①行動の重視、②顧客に密着する、③自主性と企業家精神、④人を通じての生産性の向上、⑤価値観に基づく実践、⑥基軸から離れない、⑦単純な組織・小さな本社、⑧厳しさと緩やかさの両面を同時に持つ、の8つです。どれもが確かに否定しがたい成功の条件に思えます。


■エクセレント・カンパニー、急速に輝きを失う

しかしながら、「エクセレント・カンパニー」が出版されたわずか2年後、取り上げられた超優良企業43社のうち、少なくとも14社が深刻な経営不振に陥ってしまったのです。

フィル・ローゼンツワイグ(IMD教授)がエクセレント・カンパニー43社のうち業績が公表されている35社について1980年からの5年間の株主利益率の成長率を調査したところ、市場平均を上回ったのはわずか12社だけ、つまり過半数は超優良どころか平均にも及ばなかったのです。


■もともと調査方法に問題があった?

「エクセレント・カンパニー」での調査には色々な問題が指摘されていますが(注)、適切に調査が行われたとしても十分な結果が得られなかった可能性があります。「エクセレント・カンパニー」での調査方法は次のとおりです。

① 高業績企業を実現している企業をリストする。
② 高業績企業が備えている特質や条件を探す。
③ 共通する特質や条件があれば、それを高業績の条件に認定する。


経営書の多く、そして私たちも何か要因を探る時には無意識的にこのような手順を踏まえていると思います。「いくつかのケースから共通点を探る」ということで帰納法(類似の事例をもとにして、一般的法則や原理を導き出す推論法)的なアプローチと言えます。

しかしながらこの手順には大きな問題があります。成功要因をすべて洗い出しているとは限らないからです。
(つづく)

注:
後に著者の1人であるトム・ピーターズが、まず企業を選んでからデータを揃えたこと、さらにデータを改竄したことを認めています。


【参考】
『ブラックスワンの経営学』井上達彦著 日経BP社
『なぜビジネス書は間違うのか』フィル・ローゼンツワイグ著 日経BP社

役割分担の基本②(チームの人選)

チームを組成する際には、リーダーがリーダーシップを発揮できるような人選を行う必要があります。そのためには多様な能力を持ったメンバーを揃えることが求められますが、一般的にチームが有効に機能するためには、次の9つの役割が求められるとされます。


■チームが有効に機能するための9つの役割

(1)創造・革新者
想像力に富み、アイデアやコンセプトを生み出すのが得意。多くの場合、独立心が強く、自分のペースややり方で仕事をすることを好む。

(2)探求・プロモーター
新しいアイデアを取り入れ、その趣旨を擁護する。創造・革新者のアイデアを採用して、それを進行するために何が必要なのかを見出すことが得意。ただしアイデアを細部にわたり最後までマネジメントすることはあまり得意でない。

(3)評価・管理者
情報を収集し分析を行うこと、すなわち選択肢の比較検討を行うことに強みがある。意思決定の際に、いくつかの選択肢が与えられた中で最も良い案を評価することが得意。

(4)推進・組織者
アイデアを現実化し、実行するための実施要領を設定する。期限を守るように目標を設定し、計画を策定し、人員を組織化して実施体制を確立する。いわゆる指示的なリーダーシップを発揮する。

(5)完結・生産者
「推進・組織者」と同様、実際の成果に関心を持つ。ただし期限を設定することではなく、期限を守り計画が実施されているかに目を配ることにより重点を置くことが異なる。標準を満たす成果物がきちんと生産され続けることに意義を感じる。

(6)管理・検査者
ルールや規則の設定と執行に強い関心を持つ。
細部を精査して誤りのないように確かめることを得意とする。様々な事実や数字を確認して細かく正確さを求めようとする。

(7)擁護・維持者
しかるべき業務の遂行方法について強い信念を持つ。チームと外部の人々が対立した場合には、チームを守るためのタフな交渉を行う。
同時にチーム内部でもメンバーを強力に支援することで、チームに安定性をもたらす。

(8)報告・助言者
チーム内で良い聞き役となり、自分の視点を他人に押し付けることはしない。
意思決定を行う前に、できるだけ多くの情報を入手しようとする傾向があり、チームに対しても決定を下す前にさらに情報を集めるよう慎重さを求め、誤った意思決定や行動を防ぐ役割を果たす。

(9)連結者
他の役割と重複するが、その他8つの役割の意見を理解し、調整し、チームメンバー全員の協力を築こうとする。
他のメンバーが果たすことが出来る様々な貢献を認め、人々やその行動に相違点があってもそれを乗り越えて1つにまとめようとする。


■チームが機能不全になっている場合は?

9つの役割は、場合によっては1人が複数の役割を掛け持ちすることもありますし、(たとえばルーティン作業のように)すべての役割が揃っていなくてはならないというわけでもありません。

しかしながら失敗するチームの多くが、9つの役割のバランスが悪い(似通ったタイプの人間ばかり揃えている)、あるいは適性がない人が役割を担っているということが確認されています。チームが機能不全になっていると感じたら、不足している役割がないか、各メンバーが適性に沿って役割を担っているかを確認する必要があります。

その一方で、人間の適性はそうそう変えられるものではありませんから、予めチームで必要となる役割を認識した上で慎重にメンバーを揃えることが最も重要でしょう。結局のところ「人選が8割」ということではないでしょうか。



【参考】
『サラリーマンの悩みのほとんどにはすでに学問的な「答え」が出ている』西内啓著 マイナビ




役割分担の基本①(垂直分業・機能別分業・並行分業)

管理職になると1つの組織単位が任され、その効率的・効果的な運用に関して権限と責任が与えられます。組織の基本は分業(役割分担)です。すなわち各メンバーにどのような役割を与えていくかが管理職の第一の仕事ということになります。
今回は組織の役割分担について見ていきましょう。


■役割分担の基本形は3つ

分業には垂直(階層別)分業、機能別分業、並行分業の3つしかありません(組み合わせることはあります)。

(1) 垂直(階層別)分業
垂直分業
垂直分業とは、階層レベルごとに固有の機能や役割を割り振るというものです。会社組織になるとより上位の階層になるほど「考える」「指示を出す」という役割が求められ、逆に下位の階層になるほど「実行する」という役割が求められるようになります。上位層は下位層に作業を任せることで、より高度で複雑な意思決定に専念することができます。


一方、同一階層内の分業は水平分業と言いますが、これには機能別分業と並行分業の2つがあります。


(2) 機能別分業
水平分業
機能別分業とは、異なる役割をそれぞれが受け持つような分業のことです。たとえば製品を製造するためには、設計・部材の調達・加工や組立などの作業が生じますが、これは機能別分業の例です。事務職の仕事でも何らか他部門との協働はありますから、機能別分業が多いでしょう。

機能別分業には、それぞれの作業の専門性を高めるメリットがあります。一方で、各作業は互いに影響を与え合うわけですから、ある作業の成果が悪いと他の作業の成果にも響いてきます。作業間の調整が必要であり、それを担うのが管理職というわけです。


(3) 並行分業
平行分業
並行分業は、同じような作業を同時並行的に行う分業です。たとえばA店・B店・C店で同じ業務を行う、営業担当者ごとに担当エリアを分けるといったケースです。

並行分業は、機能別分業と異なり、それぞれが独立しており、他のユニットの仕事の出来栄えに過度に左右されないで成果を上げることができます。また共通でかかる費用をみんなで負担できるというメリットがあります。たとえばブランドイメージやノウハウを各ユニットで共同利用できるといったことです。


■分業の考え方を組織編成に応用する

垂直分業・機能別分業・並行分業の考え方は、管理者がこれから組織ユニットを形成する際に応用できます。サブの管理者をおけば管理者はより高度な判断に集中することができます。また作業を割り振る際にはできるだけ互いに影響しあわないように並行分業を図ることが効率化につながります。作業間で調整が必要な場合には、全体の流れをスムース化することが管理者の第一のマネジメント・ポイントになります。


【参考】
『キャリアで語る経営組織』稲葉祐之、井上達彦ら著 有斐閣
『組織デザイン』沼上幹著 日本経済新聞社



統一通貨ユーロがもたらしたもの②(国際金融のトリレンマ・最適通貨圏)

経済学者の間では、統一通貨ユーロは失敗(あるいは最初から失敗が予想できた)というのが大筋の意見です。これについて説明する理論に国際金融のトリレンマというものがあります。


■国際金融のトリレンマ

国際金融のトリレンマとは、次の3つのすべてを満たすことはできない(2つは満たせるが1つは犠牲になる)というものです。

① 自由な資本移動(資本取引)
② 物価の安定(金融政策の独自性)
③ 為替の固定

トリレンマ


「自由な資本移動」と「物価の安定(金融政策の独自性)」を取ると、「為替の固定」はできません。たとえば拡張的な金融政策(貨幣量の増加)を行うと、自由な資本取引により為替レートは自国通貨安になります。

「自由な資本移動」と「為替の固定」を取ると、「物価の安定(金融政策の独自性)」はできません。自由な資本取引を認めると為替レートが変動しますが、その変動を抑えるために金融当局は為替介入を行う必要があります。

たとえば自国通貨安に振れそうであれば、固定相場を維持するために自国通貨高誘導、つまり自国通貨買い介入(通貨量の減少)を行い、その結果、国内物価は低下します(注)。つまり為替レートの維持に振り回され国内経済の対策のための金融政策が行えなくなるのです。

国内経済の対策のための金融政策を行いつつ為替レートを固定しようとすれば、資本取引を規制するしかありません。


■何を犠牲にするかは事情によって異なる

日本やアメリカなど変動相場制を採用している国では、「自由な資本移動(資本取引)」「物価の安定(金融政策の独自性)」を取って「為替の固定」を犠牲にしています。

中国は「物価の安定(金融政策の独自性)」「為替の固定」を取って「自由な資本移動(資本取引)」を犠牲にしています。

ユーロ加盟国で見ると、加盟国は勝手にユーロを刷る権利はありませんから「為替の固定」「自由な資本移動(資本取引)」を取って「物価の安定(金融政策の独自性)」を犠牲にしている形になります。金融政策はECB(ヨーロッパ中央銀行)に一任されます。

ユーロ各国に認められているのは財政政策(減税や公共投資など)だけです。しかしながら前回見たように、リーマンショックの煽りを受けてのバブル崩壊後、政府債務が拡大する中で、南欧諸国はIMC(国際通貨基金)やOECD(経済協力開発機構)などから財政緊縮が求められ、その結果、国内不況がより深刻化してしまいました。国内経済対策として財政政策も金融政策も行えなかったのです。


■最適通貨圏理論

通貨を統一することで事務的な運用効率が高まります。一方、国際金融のトリレンマで見たようにデメリットもあります。

統一通貨の成立条件を扱ったものにノーベル経済学者のマンデル教授による最適通貨圏理論というものがあります。これによると①同一通貨を持つ域内の経済変動と自国の経済変動がお互いに似ている②あるいは自国の経済構造が変化に対応できるくらいに柔軟という条件を満たせば同一通貨にするメリットがあるとされます。

そうなるとユーロに加盟するメリットがあるのはドイツやフランス周辺の国々に限られてきます。


■ギリシャやイギリスはどうするべきか

昨年度、ギリシャの財政危機問題が大きく取り沙汰されましたが、最適通貨圏理論や国際金融のトリレンマを考えると、ギリシャはユーロ脱退し、独自通貨の下での金融政策と財政政策を行うというのが不況脱出のための現実的な解ということになります。

ユーロを脱退し独自通貨に戻せば独自通貨が暴落すること必至です。しかし、その結果、輸出競争力が増し、観光客が多く訪れることで経済は再び浮揚します。というかギリシャは1800年以降の200年余の歴史の中で、2年に1度は破綻しており(ギリシャの債務不履行と債務条件変更の年数が50%以上)、、その度に通貨の暴落と再浮上を繰り返してきた国なのです。

すっかり話が逸れてしまいましたが話をイギリスに戻すと、イギリスはEUに加盟して非関税のメリットを受けつつ、ユーロには加盟しないで独自の金融政策が可能という絶妙な位置にいます。EUに残留するというのが経済学から見た正解となるでしょう。


注:
貨幣量と物価の関係は「日銀の量的・質的金融緩和政策①(なぜ日本は出遅れたのか)」を参照してください。

【参考】
『もうダマされないための経済学講義』若田部昌澄著 光文社
『図解 地政学入門』高橋洋一著 あさ出版
DIAMOND ONLINE高橋洋一の俗論を撃つ『ギリシャはデフォルト(債務不履行)常習国 歴史と最適通貨圏理論で解く問題の本質』2011年10月20日



統一通貨ユーロがもたらしたもの①

ご承知のようにイギリスのEU(ヨーロッパ連合)からの離脱の賛否を問う国民投票が今月の23日に行われます。離脱派が残留派を10%程度上回る調査結果が出ており、それを受けて世界の金融市場も混乱が続いています。
揺らぐヨーロッパ経済について統一通貨ユーロを軸に振り返ってみましょう。


■イギリス、EU離脱の経済的影響

ヨーロッパ経済については、関税同盟(域内での貿易に関税がかからない)であるEUと統一通貨ユーロの2つを考える必要があります。イギリスはEUには加盟していますが、ユーロは導入していないという立場です。

イギリスがEUを離脱するとEU加盟国との貿易で関税がかからないという恩恵が受けられなくなり、そのメリットを見越した外資のイギリス国内への投資も減少する恐れがあります。その結果、GDPが最大で6%減少するという見方もあります。


■財政不安定国の黄昏

ヨーロッパ経済というとドイツ1強で、特にギリシャ、アイルランド、ポルトガル、スペイン、イタリア(総称してGIPSI)は財政問題が深刻というイメージでしょう。

統一通貨であるユーロが導入された1999年以降のヨーロッパ経済の流れを見てみます。通常、財政が不安定な国(GIPSI)の金利は高くなります。デフォルト(債務不履行)や通貨切り下げのリスクがあるため、投資家はその分の金利の上乗せ(リスクプレミアム)を要求するからです。

しかしながら財政安定国・不安定国を問わず統一通貨であるユーロが導入されたことで、リスクが全体に薄まってしまった結果、財政不安定国の債券であっても安定国と近いくらいに信用度が上がってしまい、金利が低下しました。GIPSIへ投資が流入し、住宅バブルが起き、景気が加熱した結果、労働者の賃金が上昇しました。2000年代前半でドイツでは9%の上昇に対し南欧では約35%の上昇が見られ、南欧諸国の輸出競争力は大きく低下することになったのです。

住宅バブルも2008年のリーマンショックをきっかけにはじけてしまい、後に残ったのは巨額の債務でした。景気悪化で失業率が上昇して失業手当が急速に増加する一方、税収が減少し深刻な財政問題が発生、それに応じて金利が暴騰するという悪循環が廻り始めたのです。

南欧諸国の財政問題の原因はもともとの放漫財政体質にあるとよく言われますが、これはあまり正しくはありません。財政危機が深刻化した2008年以前で見ると、ユーロ導入以降、GIPSI全体の負債・GDP比率は、90%弱から75%程度と改善しているからです。


■統一通貨ユーロはもともとドイツが得をするようにできている

通常、輸出が増加するとやがて自国通貨は上昇します。ドイツとその旧通貨であるマルクを例にします。外国がマルク建てのドイツ製品を輸入(ドイツから見れば輸出)するためにはマルクが必要になります。つまりマルクの需要が増加するので、マルク高になります(需要があるものは必ず価格が上がります)。またドイツ企業が他国通貨で輸出しても同様になります。他国通貨で得た代金を自国での投資や費用の支払いに廻すためにマルクに変える必要があり、マルクの需要が増加するからです。

自国通貨の上昇は輸出競争力の低下をもたらしますが、ドイツの場合、統一通貨ユーロのおかげで通貨上昇によるショックをほとんど受けないことになります。EU域内では関税なしで、さらに統一通貨で為替変動の影響がないですからユーロ域内の輸出が増加します。2014年度で見るとドイツの輸出先の36%はユーロ圏ですからこれはかなり大きなメリットになります。

またユーロは域外通貨に対して割安になります。経済力のある国とそうではない国の事情から統一通貨ユーロの為替レートが決まるので、経済力のあるドイツにとってはユーロは割安(経済力のない国々にとっては割高)の為替レートになり、ユーロ圏外への輸出は増加することになります(経済力のない国々にとっては輸出が減少)。その結果、ドイツはGDPの約40%を輸出が占めるという輸出大国となりました(ちなみに日本のGDPの輸出に占める割合は約15%)。

よく識者の中から「ドイツは構造改革を行ったから経済成長できた。日本も見習うべきだ」という意見が出ます。しかしながら、このような統一通貨ユーロの恩恵、そして旧東ドイツ圏の安価な労働力や移民、南欧や東欧からの出稼ぎ労働者といった低賃金労働力の利用といった要因が大きいように思えます。

以上を考えると、通貨ユーロという制度はもともとドイツが得をするようにできていたということが言えると思います。
(つづく)

【参考】
『さっさと不況を終わらせろ』ポール・クルーグマン著  早川書房

ボーナスが威力を持つ場合とは?

「お金をあげるとやる気がなくなる?(内発的動機づけ理論)①②」で見たように、金銭報酬を与えられると内発的動機づけが低下する(その結果、パフォーマンスが下がる)ことがあります。しかしながら、もちろん金銭的報酬が威力を発揮する場合もあります。


■お金をあげるとパフォーマンスはあがるのか?

行動経済学者のダン・アリエリーらの次の実験を見てみましょう。

MITの学生を対象に、2つの課題を用意した。
①そこそこ頭を使う計算問題を2回やってもらい、そのうち1回では少額のボーナスを、もう1回は高額のボーナスを提示した。
②キーボードの上の2つのキーを素早く連打するというまったくの単純作業について、同様に1回は少額のボーナス、もう1回は高額のボーナスを提示した。

①については高額のボーナスはパフォーマンスに悪影響を及ぼし、②については高額のボーナスはパフォーマンスに好影響を及ぼした。


実験の結果から言えることは、多少なりとも頭を使う作業については高額のインセンティブはパフォーマンスに悪影響を及ぼし、単純作業については好影響を及ぼす可能性があるということです。

退屈な作業ではお金で釣るしかないということですね。「自分のために頑張れ」と言われても本人にとって魅力がない仕事では頑張れないということです。一方、頭を使う作業で高額のインセンティブがかえって悪影響を及ぼすのは、インセンティブに気を取られすぎるからではないかとアリエリーは推測しています。


■優秀でない人にはボーナスが効く

またアリエリーらは優秀なスタッフと優秀ではないスタッフとでボーナスを与えた場合の効果が異なるのかを実験したところ、優秀ではないスタッフの方がボーナスによってパフォーマンスが上がったという結果を得ました。

優秀な人は優秀だからパフォーマンスが出せるのであってボーナスを与えても効果が薄いというわけです。


■お金とモチベーションの関係(まとめ)

これまでお金とモチベーションの関係について見てきましたが、少々ややこしいので「管理者が部下のモチベーションをどう上げるか」の観点からまとめてみます。

・部下のモチベーションを上げるために一番有効なのは、適性がある仕事を用意し自主性に任せること。
・単純労働で従業員のモチベーションを上げるためには、金銭的報酬で釣るしかない。
・複雑で頭を使う仕事の場合は、金銭報酬を上げてもあまり効果がない。特にもともと自発的に行動していた場合は、内発的動機づけを損なう可能性がある。
・ただし感謝や賞賛という形で金銭報酬を与えるのであれば、内発的動機づけを高めることができる。
・協働が求められる場合に個人に対し金銭報酬を与えると、自己の利益にしか頭が行かなくなるので好ましくない。
・わずかな金銭報酬を与えるくらいなら、社会規範(人間関係)に訴えたほうがモチベーションが上がる。



【参考】
『不合理だからすべてがうまくいく』ダン・アリエリー著 早川書房
『お金と感情と意思決定の白熱教室』ダン・アリエリー著 早川書房

人間関係モードとお金モード(社会規範と市場規範)②

■罰金制にするとむしろ違反が多くなる?

市場規範と社会規範との関係については、次のような面白い実験があります。

あるイスラエルの託児所では、時間通り母親が子供を迎えに来ないという問題を抱えていた。そこで遅れてくる母親たちに罰金を科すことにした。罰金を取られるのを嫌がって時間通りに迎えに来るだろうと考えたのである。
しかしながら結果は逆でむしろ母親が遅れてくるケースが増加してしまった。また、しばらく後に罰金制をやめたが、遅刻の数はもとに戻らず、かえってわずかながら増加してしまった。


罰金制導入前、母親たちは託児所の先生と社会規範によって結ばれていました。たまにうっかり遅刻することがあっても先生に対し申し訳ないと感じ、それほど遅刻はしていませんでした。

しかしながら一度、罰金制が導入されると、社会規範はどこかへ飛んでしまい、「罰金を払うなら遅刻してもいいだろう(罰金で遅刻を買う)」という市場規範が形成されてしまったのです。さらに一度市場規範が形成されてしまうと、罰金制を止めてもとの社会規範に戻そうとしてもなかなか戻らなくなるのです。

男性なら次のような例を考えるとイメージしやすいかもしれません。意中の女性に何回かご馳走したりプレゼントしたりして仲良くなった後に、「結構、お金かけたんだけど、そろそろどうかな?」なんて言ったら、どうなるでしょう。想像するだに恐ろしいですが「私のこと、そういう目で見てたのね!」と罵倒されるでしょうし、マズイと思って社会規範に戻そうと思ってもそうは問屋が卸さないでしょう。

また市場規範で物事を考えるようになると、独立独歩で行動するようになり、他人を助けたり、手伝ったりすることが見られなくなるということも実験から明らかにされています。


■社会規範をモチベーション管理に活かす

これまで見てきた市場規範と社会規範との関係をうまくモチベーション管理に取り入れるとしたらどのようになるでしょうか。

何か協力的な姿勢を示してくれたり成果を上げてくれた従業員に対しては、お金をあげることよりも社会規範に訴えたほうが有効な場合があるということです。小学の金額よりも、感謝や賞賛、ちょっとしたプレゼントのほうが遥かに効果が高いです。

近年、福利厚生を削減して(たとえば社内旅行、社内での祝い事・飲み会、各種手当など)個人に対し賃金で報いるという傾向が強まっていますが、かえって逆効果かもしれません。
いったん社会規範から市場規範にシフトしてしまうと、従業員はもはや会社に対して愛着をもたなくなり、賃金が安いと感じたらさっさと辞めてしまうようになります。

逆にグーグルやIDEOなどのような新興優良企業を見ると、成果主義的賃金とは別に何らかの形で会社や仲間たちとの絆を深めるような制度を導入しています。社会規範を強めることで会社への忠誠心を育て、個人のやる気を高めることには合理性があるのです。


【参考】
『予想どおりに不合理』ダン・アリエリー著 早川書房



人間関係モードとお金モード(社会規範と市場規範)①

あなたが義理の両親の家に夕食に招かれたとします。義理の母が自慢の腕によりをかけて申し分のない食事でもてなしてくれ、あなたは大変満足です。食後には年代物のワインを開けてくれ十分楽しんだあなたは財布に手をかけておもむろにこう切り出します。
「今晩のお義母さんが私に示してくれた愛情にいくらお支払いすればよろしいでしょうか?」あなたは真摯な態度で続ける。「8千円?いや1万円はお支払いしないと。」
あなたが義理の両親の夕食に招かれることはもうないかもしれません。


■社会規範と市場規範

私たちは2つの規範の中で暮らしています。1つは社会規範で人間関係を拠り所とし、この場合、何か経済的な見返りがなくても進んで他人に便益を図ってあげます。ちょっとした友達からの頼みごとをタダでやってあげることで人間関係が良好になり気分が良くなります。

もう1つは市場規範で価格や費用といった経済的基準を拠り所とします。支払った分に見合うものを手に入れる、あるいは提供するものに等しい対価を相手に求めます。

社会規範と市場規範は両立せず、明確に区別する必要があります。社会規範が優先される中で市場規範を持ち出すと社会規範が崩されますし、市場規範が優先される中では社会規範を持ち出すことはできません。

冒頭の例は、前者に該当します。後者の例で言えば、本来は対価が生じるべきである確定申告について、友人の税理士にタダでやってくれと社会規範に訴えて頼むことはNGでしょう。


■わずかな報酬より社会規範に訴えたほうがはるかによい

行動経済学者のダン・アリエリーらは、次のような実験を行いました。

コンピューターの画面の左側に円が映し出され、右側に四角が表示される。円を四角までドラッグするが、ドラッグし終わると再び左側に円が表示され、右側の四角にドラッグする。5分間これをひたすら実験協力者に続けされる。実験協力者は3つのグループに分けられ、それぞれ報酬が異なる。

グループA:実験の前に報酬として5ドルを支払った。
グループB:実験の前に報酬として50セントを支払った。
グループC:報酬は支払わず、ただ実験に協力してくれるよう頼んだ。

結果は、グループAが平均で159個、グループBが平均で101個の円をドラッグし、グループCは平均で168個の円をドラッグした。


実験の結果から言えることは、報酬が高いほうがやる気(生産性)が高まること、そして何よりもわずかな報酬より社会的規範に訴えたほうがはるかにやる気が高まるということです。

以前、全米退職者協会が弁護士たちに、1時間あたり30ドルの低価格で困窮している失業者たちの相談にのってくれないかという依頼をしたところ、引き受けてはいませんでした。一方、ボランティア(無料)で引き受けてくれないかと依頼したところ、多数の弁護士が引き受けたといいます。

市場規範では割に合わないと思っても、社会規範に照らし合わせれば引き受けることがあるということです。
(つづく)

【参考】
『予想どおりに不合理』ダン・アリエリー著 早川書房


お金をあげるとやる気がなくなる?(内発的動機づけ理論)②

前回に続き内発的動機づけ理論を見ていきます。内発的動機づけとは、内的報酬によりモチベーションを高めることで、具体的には熟達感、成長感、充実感、達成感、責任感、使命感、好奇心などが挙げられました。そして内発的動機づけは金銭報酬が与えられると低下する可能性があることに触れました。


■向いていて、自らの意思で行う活動はやる気が高い

デシによれば、内発的動機づけは、「有能さ(自分の環境を効果的に処理できる能力・力量)」と「自己決定の感覚(自分の行動の原因が自分自身である)」によって高まるとしています。特に「自己決定の感覚(自律性)」を重視しています。

言い換えれば、向いていて、自らの意思で行う活動はモチベーションが高く、「その仕事に向いていない」「やらされている感覚がある」場合は、モチベーションが上がらないということです。

一方、金銭報酬といった外的報酬はインパクトが高いですから、受け取る側はどうしても外的報酬によって自らがコントロールされている感覚を覚えます。外的報酬には制御的側面があるのです。前回の「内発的動機づけ理論①」で取り上げたバズルの例は、そのことを物語っています。


■外的報酬でも褒めるのはよい

内発的動機づけ理論を職場に応用すると、自己申告制度や目標管理制度を利用して個人の適性に合った仕事を与え、さらに権限委譲によって自主性を持たせればモチベーションが高まることになります。一方で外的報酬は内発的動機づけを低下させるので好ましくないとされます。

しかしながら、外的報酬がかならずしも内なるやる気に水を差すかというと、そういうことではありません。外的報酬には制御的側面だけでなく、情報的側面もあるからです。

たとえば賞賛されたり、褒められたりするといった言語報酬は外的報酬ですが、与えられれば充実感や達成感が高まり、「自分には能力がある」「自分の意志で行動している」という感覚が高まるでしょう。

外的報酬であっても言語報酬(賞賛・表彰)などは内発的動機づけを低下させず、かえって向上させることがあるということであり、これについてはみなさんも異存はないと思います。


■金銭報酬は与え方次第

では金銭報酬についてはどうでしょうか。確かに先述のように金銭報酬には内発的動機づけを損なう機能があります。しかしながら、みなさんも何か成果を上げて褒められたり、ボーナスをもらったりした途端、内なるやる気がなくなるかと言えば、そんなことはないのではないでしょうか。

内発的動機づけというと、単純に「金銭報酬はやる気を損なう」と単純に考えてしまう人もいるのですが、それは適切ではありません。

金銭報酬には、物理的な報酬という面だけでなく、評価(賞賛)というフィードバックによる報酬という面があります。つまり言語報酬と同じ側面があるということです。ですから金銭報酬を与えたからといって、必ずしも内発的動機づけが低下するわけではありません。

またデシは「パフォーマンスと報酬が直接的に結び付けられると、外部からコントロールされている感覚が強まり、内発的動機づけが低下する」と言っているだけです。よって、外部からコントロールされているという感覚を与えなければよいのです。どういうことかと言うと、賞賛や感謝という形で金銭報酬を与えれば、かえって内発的動機づけを高めることもできます。

そのためには与え方も重要になります。成果を上げればその都度、金銭報酬を与えてしまうと、受け取る側はコントロールされているという感覚が強くなります。一方、何かの折に(不定期的に)与えれば、受け取る側もコントロールされている感覚は持ちません。これは賞賛といった言語報酬の場合でも同じです。都度褒められればだんだん嬉しくなくなり、かえって単に機械的に褒めているだけでは?と白々しくなるからです。

また金銭報酬には「自分に対する評価」という面があります。少々の金額を与えると、「自分が行っていることの値打ちはこんなものか」と失望するかもしれません。そうならないためには、パフォーマンスと金額を切り分ける必要があります。たとえば「君の働きに対して感謝の印としてささやかではあるが報奨を与える」という形にするのです。

メダルやトロフィー、賞状はそれ自体は何も経済的な価値はありませんが、もらったらもらったで嬉しいものです。金銭報酬もこれと同じように扱うということです。


【参考】
『現代ミクロ組織論』二村敏子編 有斐閣
『人を伸ばす力』エドワード・L. デシ、リチャード・フラスト著 新曜社

お金をあげるとやる気がなくなる?(内発的動機づけ理論)①

モチベーションの最大の要因は、言うまでもなくお金です。しかしながら、「マズローの偉大なる仮説(欲求段階説)①」で見たように、人はお金だけではなく、成長したいという欲求も重要なモチベーションの要因です。
お金とモチベーションとの関係は単純ではなく、お金をもらうとかえってやる気が損なわれるといった問題も指摘されています。


■外発的動機づけと内発的動機づけ

モチベーション要因には、大きく外発的動機づけと内発的動機づけがあり、この2つによってモチベーションの大きさが決まります。

<外発的動機づけ>
外的報酬によりモチベーションを高める。
給料・賞与、昇進、賞賛・表彰など。

<内発的動機づけ>
内的報酬によりモチベーションを高める。
熟達感、成長感、充実感、達成感、責任感、使命感、好奇心など。


人は目に見えるような報酬(外的報酬)が与えられなくても、何かに意欲的に取り組むことがあります。趣味が典型的ですが、仕事でもそのようなことはあるでしょう。この場合、活動そのものが報酬となり、外的報酬がなくてもモチベーションが高まっています。言い換えれば活動そのものの楽しさであり、動機づけ要因が自分の内部に存在するので内発的に動機づけられているわけです。

従業員側としても「充実感や達成感を得たい」「仕事を通じて成長したい」という欲求は強く、内発的動機づけの強化は企業にとって必須の課題となります。


■デシの実験(お金をもらうとやる気がなくなる)

内発的に動機づけられている状態で、金銭報酬を与えられると、内発的動機づけが弱まり、場合によってはモチベーション全体が低下する可能性があることが指摘されています。

心理学者のエドワード・デシは次のような実験を行いました。

SOMAと呼ばれる面白いパズルを多く用意して、パズル好きな大学生を集めてA・Bの2つのグループに分け、自由に解かせるという三日間の実験を行った。

<Aグループ>
1日目:自由に解かせる。
2日目:パズルを1問解くごとに金銭報酬を与える。
3日目:また自由に解かせる。

<Bグループ>
1日目から3日目まで自由に解かせる(パズルを解いても金銭報酬は一切なし)。

3日目の結果を見たところ、Aグループのほうが著しくモチベーションの低下が見られました。たとえばそれまでは休憩時間中も熱心にパズルを解いていたのに、そのようなことはまったく見られなくなりました(Bグループについてはそのようなことは見られなかった)。


実験の結果から言えることは、もともとパズル好きでパズルを解くことそのものに面白さを見出していたのに(内発的に動機づけられて行動していた)、金銭報酬が与えられた結果、外発的に動機づけられた行動に変質してしまったということです。

もともと自発的に行動していたのに、外的報酬が与えられた結果、内的報酬が機能しなくなり、やらされ感が強まる結果、外的報酬が与えられないとやる気がしなくなってしまうのです。

内発的に動機づけられた行為に対して、報酬を与えるなど外発的動機づけを行うことによって、動機づけが低減する現象のことを、アンダーマイニング効果といいます。


アンダーマイニング効果については、子育ての場面を思い浮かべると想像がつくかもしれません。子供がせっかく進んで家事の手伝いをしていたのに、手伝いをするごとにお小遣いをあげるようになると、そのうちお小遣いをあげないと手伝いをしなくなるといったケースです。

仕事の場面でも、せっかく自分の興味で新しいことを取り組んでいたのに、その行為に対し上司からの評価が加わると、水を差された感じがしてやる気がなくなってしまうということはあるでしょう。ましてや自発的な行為が評価されず、それに対する報酬は支払わないと上司から明言されれば、行為自体をやめる可能性が高いでしょう。
(つづく)

【参考】
『現代ミクロ組織論』二村敏子編 有斐閣
『人を伸ばす力』エドワード・L. デシ、リチャード・フラスト著 新曜社
『モチベーションの新法則』榎本博明著 日本経済新聞出版社


マズローの偉大なる仮説(欲求段階説)②

前回に続き、マズローの欲求段階説について見ていきましょう。今回は欲求段階説の限界や批判について取り上げます。欲求段階説は、自己実現という欲求概念を持ち出すことにより、人間が仕事を通じて自己の能力を発揮していくことをそもそも望んでいるというものでした。
欲求段階説

■本当に人は自己実現を図るものなのか?

先述のとおり、欲求段階説では人間は1段ずつ順に欲求の階段を登っていきます。しかしながら、誰もがみなそのように行動するとは限らないのではないでしょうか。

確かに自己実現を満たすことに熱心な人はいますが、それよりも家庭を大事にするとか友人との付き合いを大事にする(所属・愛情欲求)人もいるでしょう。「お金が一番」という人もいないわけではありません。要は優先する欲求は人それぞれです。

特に日本の場合、欧米と比べて、職場での人間関係が重視され、同僚や上司に認められたという所属・愛情欲求や尊厳欲求が強いということが指摘されています。


■ひとは誰しも欲求の階段を登るものなのか?

また、上位欲求を満たすことを諦めて、下位の欲求をもっと満たそうとすることはありえます。たとえばある年齢になって出世よりも家庭を大事にするといったことは十分あるでしょう。つまり優先する欲求は状況次第で変わり、ある欲求を満たしてしまえば、もはやその欲求に関心がなくなるなどということは言えないのです。

さらに、自己実現を満たすことに熱心な人が必ずしも安全要求や所属・愛情欲求を既に満たしているとは限りません。芸術家や役者になるという夢のために現在は貧乏な暮らしをしている独身者もいるでしょう。欲求の階段を飛び越えることはありえます。

欲求段階説では自己実現欲求には限りがなく、かえって「もっと成長したい」と強まるとしています。確かにそのような人もいるとは思いますが、どこかで区切りをつけることのほうが多いようにも感じます。

欲求段階説がここまで広まっていることの理由は、自己実現というものにロマンを感じるからだと思いますが、職場を見渡してみても自己実現欲求が強い人はあまりいないように思えます。

仮にみな自己実現欲求に駆られているとしても、実際に企業側がそれぞれの社員にその場を提供することはほとんど不可能でしょう。少し素朴すぎる感があります。


■欲求段階説はただの仮説にすぎない

実は欲求段階説は理論ではなく、仮説にすぎません。モチベーションはほとんど心理学の領域ですが(マズローも心理学者)、心理学の理論の確立には統計的な検証が欠かせません(経営学も基本的に同じ)。

一般的にはヒアリング調査を行って、少なくとも数千レベルのサンプルを集め、統計的な解析を行って結果を検証するのです。

具体的にはモチベーションが高い人たちの共通点を探ったり、モチベーションが高い人たちとそうでない人たちの違いに着目したりするのです。

可能であれば実験による調査も行います。たとえばあるグループには自主性を与え、あるグループには与えないで、どちらがよりモチベーションが高いかといった実験を行います。自主性を与えられたグループの方がモチベーションが高いことが統計的に有意に証明されれば、はじめて自主性がモチベーション要因として認められることになります。

しかしながら欲求段階説ではモデルが複雑なこともあって実証実験をほとんど行っておらず、他の学者が調査したところ裏付けられる証拠が得られなかったのです。

マズロー自身もこのような他の研究者からの批判に応えて「私が仮説と考えている理論を熱狂的な人々が疑いもなく受け入れていることに不安を感じる。私と同様に、仮説ということをもう少し意識してもらいたい。」と述べています。


■理論は1つの考え方に過ぎない

これまでにも実に多くのモチベーション理論が唱えられてきましたが、ほとんどが「調査サンプル数が少なすぎて実証に耐えない」「調査したら別の結果が出た」「根拠が曖昧」「部分的にしか当てはまらない」等々の理由で退けられており、いまだ決定的な理論は打ち立てられていないという状況です。それだけ人間は複雑な存在なのだということかもしれません。

「人間は自己実現を図るものだ」という考え方は確かに魅力的ですが、杓子定規に捉えるとかえって害悪をもたらしかねません。その限界や発展可能性についても踏まえることで初めて実用に足るということではないでしょうか。


【参考】
『ワーク・モティベーション』ゲイリー・レイサム著 NTT出版
『モチベーション入門』田尾雅夫著 日本経済新聞社
『モチベーションの新法則』榎本博明著 日本経済新聞出版社

マズローの偉大なる仮説(欲求段階説)①

「人は何によって動機づけられるのか」「どのような場合にモチベーションが高まるのか」については、これまで様々な理論が提唱されてきました。その中でもとりわけ知名度が高いのが、マズローの欲求段階説です。

それまで(1960年代以前)経済学的な見地から、「人を動機づけるのは賃金である(賃金が高ければモチベーションが高まる)」という受動的な人間観で語られることが多かったのですが、マズローの最大の功績は能動的・主体的な人間観に基づくモチベーション理論の嚆矢となり、その後のモチベーション理論に多大な影響を与えたことです。

一般向けの書籍にも多く登場しますのでご存知の方も多いでしょう。ただし誰かに説明する際にマズローの欲求段階説を引き合いに出すのには注意が必要です。モチベーション理論の研究家の間では、仮説としては面白いものの、実はほとんど学術的な価値を否定されてしまっているからです。

今回は欲求段階説の基本的な内容を確認しましょう。


■マズローの欲求段階説とは

まずマズローの欲求段階説について説明しておきましょう。これによれば、人間には次の5つの基本的欲求があり、それを満たそうとするときにモチベーション(行動に対する動機づけ)が生まれます。

① 生理的欲求
食物、水、空気、温度、休養、性的欲求など、生理的体系として自己を維持しようとする欲求。
② 安全欲求
健康の維持、危険回避、住居の確保、安定した仕事など安全な状況を希求したり、不確実な状況を回避しようとする欲求。
③ 所属・愛情欲求
集団への所属を希求したり、友情や愛情を希求する欲求。
④ 尊厳欲求
他人からの尊敬や承認を得たり、名誉ある地位を求める欲求。
⑤ 自己実現欲求
自己の成長や発展の機会を希求したり能力の実現を希求する欲求。

これらの欲求は生理的欲求から順に階層をなしており、自己実現欲求に近くなるほど高次元の欲求(高次欲求)になります。
欲求段階説

①の生理的欲求から順に満たしていき、一度低次の欲求が満たされてしまうと、より一層それを満たそうとは思わないとされます。たとえば安全の欲求を満たしてしまえば、もはやそれ以上満たそうとせず、次の所属・愛情欲求のみを満たそうとするわけです

ただし⑤の自己実現欲求だけは満たすことができないとされます。それは自己実現は「自分らしい姿を追い求めるという成長の欲求」であり、成長には限りがないからです。

自己実現という欲求概念を持ち出すことにより、人間は仕事を通じて自己の能力を発揮していくことをそもそも望んでいるという説を提唱し、人間性への強い関心を示したのです。


■自己実現を図る人の特徴

マズローは自己実現を図る人の特徴として、次の8つを挙げています。

① 集中(何かに完全に熱中し没頭する)
② 成長の選択(防衛・安全・退行ではなく成長や進歩のために選択する)
③ 自己認識(外部の声ではなく自分の内なる声に耳を傾ける)
④ 誠実(自分に正直である)
⑤ 個我の尊重(選択の積み重ねが自分にとって相応しい姿を形成する)
⑥ 自己開発(自分の可能性を開発し現実なものとする)
⑦ 至高体験(自己実現の瞬間的な達成により恍惚感を得る)
⑧ 自己防衛の放棄(自分自身にオープンになることで自己防衛を放棄する)


【参考】
『組織行動の考え方』金井寿宏・高橋潔著 東洋経済新報社
『現代ミクロ組織論』二村敏子編 有斐閣

プロフィール

三枝 元

Author:三枝 元
1971年生まれ。東京都在住。読書好きな中年中小企業診断士・講師。資格受験指導校の中小企業診断士講座にて12年間教材作成(企業経営理論・経済学・組織事例問題など)に従事。現在はフリー。
著書:「最速2時間でわかるビジネス・フレームワーク~手っ取り早くできる人になれる」ぱる出版 2020年2月6日発売
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