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褒め方の法則(承認欲求①)

本ブログの「お金をあげるとやる気がなくなる?(内発的動機づけ理論)②)で触れたように、「褒めること」は内発的動機づけを高める効果が指摘されています。
「人から認められたい」という欲求のことを、承認欲求と言います。コツコツと地道な取り組みを続けていたところ、上司から「よく頑張っているね」と声をかけられれば、誰でも嬉しいものです。
「叱るより褒めて育てよ」とはよく言われますが、単に褒めれば部下のモチベーションが上がるかというと実はそういうわけではありません。


■褒めることの弊害

まず「人から認められたい」という欲求が強すぎると、常に周囲の反応を見ながら行動してしまう、認められないようなことをしなくなる、自分のことを過度にアピールするといった外部依存が高い人格を形成してしまいます。

また職場はともかく、取引先や客が褒めてくれるなどということは、あまり多くはありません。また、教育上、どうしても叱責が必要なことはありますが、承認欲求が強すぎていちいち心が折れていたら仕事にならないでしょう。

上司のほうも、褒めるために部下の行動をすべて監視するなどということは不可能です。

「褒める」だけでなく、嫌なことや困難なことに立ち向かうだけの精神力をどう鍛えるかにも焦点をあてるべきでしょう。


■褒めると逆効果になりかねないケース

褒めることには以上のような部下の育成へのマイナス面がありますが、そうは言っても褒められることは嬉しいことでモチベーションは上がるのではないかと考えるかもしれません。しかしながら褒めることがかえってモチベーションを下げることもあるのです。

(1) 易しい課題ができたときに褒める
誰でもできるような易しい課題ができたときに褒められても、「自分のことをよほど低く見ているのでは?」「とにかく褒めればよいと思っているのでは?」と疑ってしまいます。

(2) 明確な根拠なしに褒める
賞賛が妥当なものであれば嬉しいものですが、妥当と感じられなければ、「何か裏があるのでは?」「単におだてているのでは?」と感じてしまうでしょう。

(3) 過度に一般化した褒め方をする
褒めるときは、褒めるべき望ましい成果や行動を具体的に指摘して褒めるのが鉄則です。あまりに一般化した褒め方では根拠が伝わらずウソっぽい感じになります。
パズルなどの課題を終えた後で、「あなたは本当にすばらしい」と漠然と人物全体を褒められた子供と、「本当に一生懸命にパズルに取り組んでいたね」と具体的に行動や姿勢を褒められた子供では、その後課題に失敗したとき、後者の子供はモチベーションを高く維持できたのに対し、前者の子供はモチベーションを低下させることが心理学実験で分かっています。

(4) 操作的な褒め方をする
褒めることで自分の思うように動かそうとしているのではと感じるとモチベーションは低下します。
素晴らしい成績だと褒めて具体的な成績の位置づけを知らせるフィードバック的な褒め方された人のモチベーションは高まるのに対し、素晴らしい成績だから研究のデータとして使わせて欲しいというような何らかの意図を感じさせる褒め方をされた人のモチベーションは低下するということが欧米の心理学実験から分かっています。
ただし関係性を重視する日本人の場合、「こんなに成果を出してくれると、本当にありがたい」「頑張ってくれて我が社も大助かりだ」という、ある意味で操作的な褒め方でもモチベーションは上がります。
欧米人と日本人の気質の違いもありますが、感謝が伝わる褒め方であればモチベーションは上がるし、隠れた意図を感じれば上がらないといったことではないでしょうか。

要は褒めることがよいかではなく、褒め方の問題だということです。

【参考】
『モチベーションの新法則』榎本博明著 日本経済新聞出版社

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イギリスのEU離脱はなぜ起きたのか(集団意思決定のメカニズム)

ご存知のとおり、6月23日に行われた英国の国民投票の結果、イギリスのEU離脱派が勝利しました。今年に入ってからの世論調査の推移を見ると、離脱派は47%から55%強の間で推移、残留派は44%から53%で推移、2月から4月にかけては概ね残留派が優勢であったものの、5月に入り一進一退を繰り返し、最終的には離脱派が51.9%、残留派が48.1%という結果になりました。

「軽い気持ちで投票しただけで、まさか離脱派が勝つとは思わなかった」と、再投票を求める署名が300万人集まったり、Regret(後悔)とExit(離脱)を掛け合わせた「Regrexit」なる造語が生まれたりといった報道もあり、改めて直接投票の怖さを感じさせる出来事ではあります。

今回は英国の国民投票について、集団の意思決定という観点から検証したいと思います。


■集団の意思決定が有効であるためには

集団の意思決定は必ずしも有効であるとは限らず、集団が有効に機能するためには、次の条件を満たす必要があります。本ブログの「集団の智恵を引き出すための前提条件①~③」で触れた内容ですが、もう一度確認しておきます。

(1)意見の多様性
集団のメンバーが専門性や独自の私的情報を多少なりとも持っているということです。
逆に集団内の意見が同質的であれば、創造性に限界があり、失敗するリスクは高くなります。

(2)独立性
集団のメンバーは他者の考えに左右されないということです。
各メンバーが独立性を保つことで、あるメンバーが犯した間違いが他に及ばなくなります。また独立した個人は、みんなが既に知っている古い情報とは違う、新しい情報をもたらす可能性があります。

(3)分散性
集団のメンバーは身近な情報に特化し、それを利用できるということです。
集団のメンバーが身近な情報に特化し、それを利用できると、各メンバーの独立性と専門性が高まります。

(4)集約性
個々人の判断を集計して集団として1つの判断に集約するメカニズムが存在するということです。
分散性が高まると、個人の貴重な情報が全体に行き渡らないという事態も起こりかねません。またバラバラのままであったら意思決定も何もないでしょう。集約できなければ分散性自体、何も意味はもたらしません。そのためには集約性が同時に求められます。


■国民投票ではもともと有効な結論を期待できない

さて、以上の条件に英国のEU離脱国民投票が当てはまるのか検討してみます。

(1)意見の多様性について
一部の有識者を除けば、イギリス国民1人1人が専門性や独自の私的情報を持っていたとは考えにくいでしょう。「EUって何?」というネット検索が投票後に急増したという報道がありましたが、それはともかく一般人がEUの経済的メリット・デメリットについて正確に理解できていたかどうかは怪しいでしょう。

(2)独立性について
大衆行動は、情報カスケードと呼ばれる現象が生じます。これは、最初の人の行動を見て、次の人がマネして行動するということです。たとえばフランスでイスラム系の人がテロを起こしたり、離脱派の政治家が何かセンセーショナルな発言をすると、態度を決めかねていた人たちが離脱派に一気に流れたりします。国民1人1人の独立性があったとは考えにくいでしょう。

(3)分散性について
当然ながら、離脱派・残留派ともに、それぞれの主張にあった根拠しか提示しません。たとえば離脱派の「離脱すれば、EUに拠出している週3億5000万ポンドを、無料医療サービス(NHS)に回せる」などの口あたりの良い公約が典型例です(後に誤りであったと撤回)。そもそも一般人が身近な情報に特化し、それを利用できる環境にはないでしょう。

(4)集約性について
国民1人1人が様々な情報を多角的に集め、総合的に判断するなどといったことが可能だとは思えません。通常、人間は自分の主張に合った情報を集める傾向があり(確証バイアス)、その結果、ますます自分の主張が正しいと考えるようになります。

また英国全体でみても、そもそも国論を2分する決定をし、さらに集団としてエスカレートする状況なわけですから、集約メカニズムを期待できるものではありません。

このような事象は、バブルなど投機的な行動でも見られます。本ブログの「上海株式バブルはなぜ起こったのか?②」も参照してみてください。


【参考】
「凡才の集団は孤高の天才に勝る」キース・ソーヤー著 ダイヤモンド社

ダイバーシティーを確保するには?

前回に続き、ダイバーシティーについて考えたいと思います。


■新たな視点を確保するためには

前回、10人全員男性の職場に新たに女性を2人入れたとしても、女性陣は孤立してしまい、視点の多様性は確保されないと指摘しました。

この職場に本当に新しい視点を取り入れたいのなら、女性を入れるよりも、男性だけど今のメンバーとは異なる能力や経験を持った人材を入れたほうがよいことになります。

あるいは女性が少数派として孤立しないように、思い切ってある程度の人数(3~5人)を入れるということもあるかもしれません。この場合、男性グループと対立する可能性はありますが、新たな視点は確保されます。

いずれにせよ中途半端に多様性を確保しようと思っても、上手くいかないということです。


■フォルトライン理論

ダイバーシティーを扱ったものに、フォルトライン(組織の断層)理論というものがあります。

例えば、6人のメンバーからなる組織があったとして、そのうちの3人が「男性/白人/50代」で、残り3人が「女性/アジア系/30代」だったとします。この場合、デモグラフィーがすべて共通する2つのグループに分裂します。

これがもし3人の男性の人種も年齢もバラバラで、3人の女性の人種も年齢もバラバラだったとしたらどうなるでしょうか。先の例では1つの明確な境界線があったのが、性別、年齢(例:30代・40代・50代)、人種(例:白人、アジア系、アフリカ系)と次元が複数になり、境界が曖昧化します。その結果、グループの固定化は避けられることになり、コミュニケーションが円滑化します。

たとえば日本企業の職場で「男性/日本人」中心でたったなら、「女性/20代/日本人」を入れても両者の境界線がはっきりするだけで、あまり効果はありません。しかし「女性/30代/日本人」「男性/アジア人」「女性/40代/欧米人」などを加えれば、境界線がなくなっていきます。

もちろん男性が多数派の職場であっても上手く機能する場合がありますが、これは性別以外に考え方や価値観という次元があるからでしょう。当然、合わない同性、合う異性はいるわけで、性別で分けること自体が意味がないかもしれません。

いずれにせよダイバーシティーを進めるのなら、明確な1つの対立軸を作らず、徹底的に多様性を追求するということです。


■組織の創造性を求めるのなら対立は不可避?

さて2回に渡り人材の多様性について考えてきました。新たなアイデアを生むためには価値観の多様性が必要ですが、その結果、組織内の摩擦を高めるということでした。

しかしながら、もともと新たなアイデアは何らかの見解の違い(対立)によって生まれるものです。安易にコミュニケーションの円滑化(組織の和)を重視すると、創造性は犠牲になります。組織目標の達成という前提は共有しつつ、その範囲で見解の違いをぶつけ合うのであれば問題はないと割り切るべきでしょう。


【参考】
『使える経営学』杉野幹人著 東洋経済新報社
『ビジネススクールでは学べない 世界最先端の経営学』入山章栄著 日経BP社



なぜダイバーシティーは上手くいかないか?

女性や外国人を活用し、組織を活性化しようということがよく言われます。

女性の活用ということでは、1986年の男女雇用機会均等法施行以来、企業内で女性総合職の採用が進みました。多少の改善は見られるものの、残念ながら企業の女性従業員の活用は未だ不十分だと言えるでしょう。男性中心の経営陣・管理職も女性従業員にどう接するか苦慮しているというのが実情かもしれません。

女性や外国人の活用自体はまったく正しいことなのですが、表面的に捉えて安易に導入しても必ずしも成果は期待でません。


■ダイバーシティーとは

「女性や外国人などを積極的に活用し、組織の活性化・企業価値の向上を図ること」をダイバーシティー経営といいます。

ダイバーシティーとは、「人の多様性」のことです。ダイバーシティーには、「タスク型の人材多様性」と「デモグラフィー型の人材多様性」の2つがあります。

「タスク型の人材多様性」とは、実際の業務に必要な「能力・経験」の多様性です。
たとえば「その組織のメンバーがいかに多様な教育バックグラウンド、多様な職歴、多様な経験を持っているか」などが該当します。

「デモグラフィー型の人材多様性」とは、性別、国籍、年齢など、その人の「目に見える属性についての多様性」です。


■良い多様性もあれば悪い多様性もある

ダイバーシティーが組織に与える影響については、イリノイ大学のアパーナ・ジョシ、ヒュンタク・ローの研究などいくつかの研究成果があります。これらから言えることは、「タスク型の人材多様性」と「デモグラフィー型の人材多様性」では、組織パフォーマンスが異なるということです。

具体的には「タスク型の人材多様性」は組織パフォーマンスにプラスの影響を与えますが、「デモグラフィー型の人材多様性」は、組織パフォーマンスに影響を与えないばかりか、むしろマイナスの効果をもたらすこともあるということです。

まず「タスク型の人材多様性」ですが、これは組織に多様な知識をもたらし、それが新しいアイデアや知識の源になり、組織の創造性にプラスの影響を与えるというものです。
こちらは感覚的にもわかり易いでしょう。

一方、「デモグラフィー型の人材多様性」が拡大すると、性別や国籍などで組織内がグループ化してしまい、組織内でコンフリクト(対立)が発生してしまいます。

「多様性=目に見える多様性」と考えるのは、単純かもしれません。よって「多様性=価値観の多様性」と考えても、それは組織の創造性を高めるものの、摩擦の原因にもなることには変わりありません。


■安易なダイバーシティーを進めると?

たとえば女性の視点を取り入れたいということで、10人全員男性の職場に新たに女性を2人入れたとします。この場合、女性2人は少数派として孤立してしまい、やがて離職してしまうか、多数派の男性陣に合わせるようになるかのどちらかになることが予想されます。いずれにせよ視点の多様性は確保できません。これは、まさにこれまで繰り返されてきたことでしょう。
(つづく)

【参考】
『使える経営学』杉野幹人著 東洋経済新報社
『ビジネススクールでは学べない 世界最先端の経営学』入山章栄著 日経BP社

最低賃金を引き上げるとどうなるか(労働市場)②

前回に続き、労働供給と労働需要の関係から賃上げの効果を考えてみます。


■実質賃金を上げるためには?

不況下で実質賃金を引き上げると、労働供給が拡大する一方で労働需要は減少するので、失業は拡大します。
では経済政策的にはどのような対応が求められるのでしょうか。
労働市場2

まずは実質賃金を下げて「労働供給=労働需要」の状態(失業がない状態)にすることです。実質賃金は「名目賃金÷物価水準」ですから、金融緩和によって物価水準を上げれば実質賃金を下げることができます(図2のW2からW*)。この過程を通じて雇用者数(労働需要)は拡大します。

次に失業が少ない状態のまま、財政・金融政策によって景気浮揚を図ります。そうなると企業にも人手不足感が出始め、労働需要曲線が右側にシフトし(図2の労働需要曲線1から2への移動)、名目賃金の上昇を通じて実質賃金が上昇に転じてきます。また引き続き雇用者数は増加し続けます。なお労働需要曲線が右シフトするのは、同じ実質賃金でも求人数が増加するからです。

さらに労働需要曲線が2から3のように労働供給の限界を超えてシフトするようになると、タテ軸の実質賃金は急激に上昇するようになります。

現在のアベノミクスはこの過程の途中段階にあると言えます。安倍首相も最低賃金の引き上げを掲げており、産業界への賃上げを要請していますが、もともと企業側でも賃上げをする必要があるのですから、旧民主党時代とは異なり、失業が拡大する恐れは低いでしょう。


■経済政策はタイミング次第

当然ながら景気状況に応じて経済政策は異なります。不況期には金融緩和や財政出動を図って景気浮揚に努め、好況期には金融引き締めや緊縮財政によって景気の過熱を防ぎます。

同じ最低賃金の引き上げでもタイミングによって効果がまったく異なります。旧民主党時代のそれは失業の拡大につながり、第二次安倍政権のそれは経済的要請の追認にすぎません。


■正規雇用優遇の裏にあるもの

また賃金の引き上げは雇用が確保されている人にとっては朗報ですが、その影には学生や非正規雇用、失業者の犠牲がある点に注意する必要があります。日本は正社員の身分保障が厚いと指摘されていますが、その分、不況下では採用が極端に抑制されるという面は無視できません。

中高年のリストラはどんな国でも悲惨なものでしょうが、日本の場合はそれが特に深刻化するのは、正社員の身分保障がまだまだ手厚いことにも原因があります。どの企業も正社員を抱え込まざるを得ないのなら、離職者の再就職口が失われるからです。

国際的に見ると、解雇要件の厳しい国であるほど、就業率(生産年齢人口に占める就業者の割合)が低い傾向があります。

正社員の身分保障を維持し賃金を上げつつ、非正規雇用や求職者の待遇を改善するというのは、よほど景気が良くないと困難です。残念ながら日本の左派政党の主張は、正社員の身分保障を維持するかさらに手厚くするだけで、求職者や非正規雇用にはあまり配慮していないように感じます。

【参考】
『こんなに使える経済学』大竹文雄編 筑摩書房

最低賃金を引き上げるとどうなるか(労働市場)①

安倍首相が最低賃金の全国平均を1000円とする目標を表明したことについて、民進党の枝野幸男幹事長は「民主党政権で定めた目標そのものだ。民主党の経済運営は正しかったと明言してもらいたい」と批判したといいます。参院選前にテレビのインタビューで民進党の岡田代表が「安倍政権は民主党の政策をパクっただけですから」と答えています。
今回は、この民進党の批判について、経済学的に検証してみましょう。


■賃金や失業は労働供給と労働需要で決まる

経済学では図1のように、労働市場を労働供給と労働需要から考えます。
労働市場1

労働供給曲線とは労働者側の話で、今の実質賃金の下で働きたい人の数を表します。労働供給曲線は右上がり、つまり実質賃金が上昇すれば求職者が増えることを示しています。賃金が高ければ働こうかなという人が増えるということです。たとえば今まで主婦であった人がパートにでるといったことが典型的です。

なお労働供給曲線が右側で垂直の直線になるのは国内の求職者数(労働者数)には限りがあるからです。

一方、労働需要曲線とは企業側の話で、今の実質賃金の下で雇いたい人の数を表しています。労働需要曲線は右下がり、つまり実質賃金が低下すれば求人数(=実際の雇用者数)が増えることを示しています。

なお実質賃金とは「名目賃金(額面の賃金)を物価水準で割り引いたもの」(名目賃金÷物価水準)です。


労働供給と労働需要が折り合うところで均衡実質賃金(W*)が決まります。この場合、「労働供給=労働需要」ですから、現在の賃金の下で働きたい人がすべて働けている、つまり失業(正しくは非自発的失業)は存在しません。

実質賃金が図のW1の場合、「労働供給>労働需要」ですから人手余り、つまり失業が存在します。「労働需要>労働供給」であれば、人手不足ということになります。


■最低賃金を引き上げれば失業は増える

日本は「労働供給>労働需要」の状態ですから、実質賃金がW1の状態を起点に考えてみましょう。

ここで実質賃金をW2に引き上げるとどうなるでしょうか。労働供給が拡大する一方で労働需要は減少するので、失業は拡大します。これは不況下で顕著に見られます。

旧民主党時代(2010年)の最低賃金の大幅な引き上げがこれにあたります。2009年の失業率は5.3%と高い状態で前年比2.4%の引き上げであり、その結果、就業者数は減少傾向が続きました。

民進党は旧民主党時代のほうが実質賃金が高かったと主張していますが、その代償として高い失業水準があったのです。

【参考】
『マンキュー経済学 II マクロ編(第3版)』N.グレゴリー マンキュー著 東洋経済新報社
『日本の解き方/高橋洋一/「最低賃金1000円」の目標 枝野氏は「民主党は正しかった」というのだが…』

戦略で定めておくべきもの(これがないと戦略ではない)

前回の「戦略を立てるための手順(3C分析・CFT分析)」で、経営戦略の策定において必ず定義しておかなければならないのは、「長期目標」「事業範囲」「競争優位性」「事業ロジック」であると述べました。今回は基本戦略で何を定めておくべきかについて、参考までにあるアメリカの国際的な書店チェーンの例を取り上げてみます。なお基本戦略は戦略文書という形で明文化します。

●長期目標
書籍の販売量と売上シェアにおいて、国内トップの書籍小売業となる。他の書籍小売業と比べて平米あたり売上、書籍あたりの利幅が最も高く、顧客は多様なジャンルの書籍、入手しやすさ、親切な店舗スタッフという点で最高の「書籍購買経験」をする。国内を拠点に、イギリス、中国、タイ、シンガポールにも事業を拡大する。

●事業範囲
多彩な書籍(8万冊以上)を揃える大店舗(2000平米以上)のチェーンを展開している。国内の主要都市に店舗を持つが、店舗はリースされ、各地域の町並みと調和するように設計されている。レイアウトと情報システムは全店舗共通である。多くの店舗には、コーヒーバーがあり、その運営は外注されている。在庫管理のための独自の情報技術システムを開発、維持、改善している。川上である書籍の生産は、垂直統合していない。

●競争優位性
競争優位性の源泉は次のとおりである。
・大規模
・独自の在庫管理システム
・教育の行き届いた店員
・知名度の高さ、サービスや会社に関する評判
・立地条件の良い既存店舗
・不動産開発業界で価値のあるアンカー・テナントとしての知名度

●ロジック
多種多様な書籍の種類、教育の行き届いたスタッフや魅力的な店舗によって、顧客はすばらしい購買経験が得られ、書店の中ではトップの好感度を誇る。独自の在庫管理システムにより、在庫すべき書籍の確保、在庫切れに最小化、手元在庫の最適化、版元への返品数の最小化が実現できる。単位当たりのコストは業界最低であるため、利幅は最大である。独自の在庫管理システム、教育、ブランド広告や事務にかかわる莫大な費用は多くの店舗で負担するため、収入に占める営業費用の比率は低い。既存店舗の立地から地域における先行者の優位性が得られ、また人の出入りが多いという評判から、新しい開発における魅力的なキーテナントと考えられている。その結果、この競争優位性を活かして、新たな場所で新店舗を展開する成長路線をとることができる。



【参考】
『戦略経営論』ガース サローナー、ジョエル ポドルニー、アンドレア シェパード著 東洋経済新報社

戦略を立てるための手順(3C分析・CFT分析)

「SWOT分析は役に立つか?②」では、SWOT分析の問題点について触れましたが、今回はその続きと、SWOT分析の正しい使い方について見ていきましょう。


■SWOT分析では利益の獲得方法がわからない

経営戦略には、事業システム(誰にどのような価値を届け、どのようにして利益を獲得するかの仕組み)の構築も大きなテーマになります。しかしながらSWOT分析で、ただ単に「機会に強みをぶつける」という方向性を見出したとしても、事業システムについては何も検討しません。

また前回触れたように、「強み」について相対的な観点がないということも致命的だと思います。

以上より、私は環境分析し戦略を検討するためには3C分析やCFT分析のほうが有効ではないかと思います。


■3C分析とは

3C分析とは、「市場(customer)」「競合(competitor)」「自社(company)」の3つの観点から市場環境を分析するものです。「戦略の三角形」とも呼ばれ、1980年代にマッキンゼー時代の大前研一氏によって提唱されたものです。

顧客:「顧客は誰か」「何を持って顧客を説得するか」
競争業者:「競争相手は誰か」「その競争相手とどのように違うのか」
自社:「自社の強みは何か」「競争優位の源泉となる中核的な技術・能力は何か」

以上の3つの観点から、市場におけるKFS(Key Factor for Success:重要な成功要因)を探るのです。

3C.png
より具体的に対顧客、対競合という観点が含まれている点で優れたツールと言えます。その一方で、政治や技術などのマクロ環境(一般環境)の分析の観点は弱くなりますので、それについては別個に分析することになります。

なお上記3Cに加え、流通チャネル(Channel)あるいは提携パートナー(Co-operator)を加えて4Cとする場合もあります。


■CFT分析とは

CFT分析とは、「顧客( Customer )」「機能( Function )」「技術( Technology )」の 3 つの軸を使って事業領域(事業ドメイン)を設定するものです。言うなれば「誰に」「何を」「どのように」提供するのかを定義するためのものです。マーケティング学者のデレク・エイベルによって提唱されました。
CFT.png
たとえば再春館製薬所のドモホルンリンクルであれば、「中高年のお肌が気になる女性に天然素材の基礎化粧品を通信販売で提供する」といった具合です。

一般的にCFT分析は事業領域の定義のためのものですが、「誰に」「何を」「どのように」を定義することは戦略の基本であり、戦略策定の際に大いに役立つはずです。


■有効な戦略策定の手順

SWOT分析、3C分析、CFT分析の3つについて見てきましたが、戦略策定という観点から3者の関係を整理してみます。

まず経営戦略の策定で必ず定義しておかなければならないのは、「長期目標」「事業範囲」「競争優位性」「事業ロジック」です。この4つの観点から基本戦略を定め、評価し、代替案(戦略オプション)を考えるという手順になります。

これを踏まえると、3C分析で市場におけるKFSを抽出し、CFT分析で基本戦略を検討したあとで、SWOT分析で基本戦略の検証およびそれまで見逃していた戦略オプションを考えるという手順が妥当と考えられます。

SWOT分析はあくまで基本戦略策定後の検証のためのツールという位置づけになります。

【参考】
『事業システム戦略』加護野忠男・井上達彦著 有斐閣 
『戦略経営論』ガース サローナー、ジョエル ポドルニー、アンドレア シェパード著 東洋経済新報社
『この1冊ですべてわかる 経営戦略の基本』(株)日本総合研究所 経営戦略研究会 著 日本実業出版社



SWOT分析は役に立つか?②

SWOT分析では、当該企業の直面する外部環境を機会・脅威の観点から、内部資源を強み・弱みの観点から分析・整理します。そして機会に強みをぶつけるというのが戦略の基本的な方向とされます。
今回は、SWOT分析の問題点について考えたいと思います。


■SWOT分析は「ある時点」での分析に過ぎない

SWOT分析では、外部環境を機会と脅威に整理するわけですが、これはある一時点での分析、つまり静態的(スタティック)な分析です。外部環境は変化していきますから、ある一時点でこれは機会でこれは脅威だと解釈してみても、意味がない場合があります。

SWOT分析を1回行っただけでは、変化する環境に沿った戦略を描けるわけではありません。


■機会か脅威かは主観的

機会・脅威・強み・弱みの識別は主観的なものです。外部環境について、何が機会で何が脅威かは企業によって異なるでしょう。少し前の話ですが、デフレの進行は多くの日本企業にとっては脅威という認識でしたが、そのような中でもユニクロや吉野家といった低価格を売りにする企業にとっては機会と映ったかもしれません。

そもそも解釈とは主観的なものですが、環境の解釈を誤ると不適切な戦略が導出されかねません。


■それって本当に強み?

同様のことは内部資源分析でも言えます。本来、強み・弱みとは相対的なものであるはずです。ここでは「強み」に絞って取り上げますが、強みについては、そもそも他社との比較が困難ですし、何か傑出したものを持っている企業ははっきり言って少ないでしょう。

よく「うちの強みは○○です」とおっしゃる中小企業の経営者の方がおられます。たとえば「顧客サービス」なんていうのが典型だと思いますが、冷静に考えて、本当にそれが他社を凌駕するものなのかは疑問です。こういっては何ですが、良くてもせいぜい経営者のこだわりにすぎないのではないでしょうか。本当は大したことがないものを「強み」と認識して戦略を策定しても、あまり上手くはいかないでしょう。

また「強み」とは、企業内部で独立的に存在するものではなく、あくまで外部環境にフィットしたものです。外部環境は変化するものですから、ある時点で強みであったものであっても、今後も有効性を維持できるかどうかは分かりません。

たとえば以前の松下電器のパナショップ、大手生命保険会社のセールスレディなどは販売面において圧倒的な強みでしたが、ネット社会の進展や流通構造の変化の前ではかえって足かせになるとも言えます。

また本ブロクでも「経営戦略におけるいろいろなジレンマ④(イノベーションのジレンマ:前編)」で触れたように、技術的な強みが次世代技術の進展により失われ、かえって環境変化への対応の重しになる可能性があります。

たとえばトリニトロン技術というブラウン管テレビでの圧倒的な強みがあったソニーは、それを捨て去ることができず、液晶テレビなどの薄型テレビの波に出遅れたという指摘があります。


【参考】
『逆転の競争戦略』山田英夫著 生産性出版

SWOT分析は役に立つか?①

SWOT分析は経営戦略策定の基本ツールとして紹介され、ご存知の方も多いと思います。研修等でケースワークをする際にもよく用いられます。しかしながら私は有効な戦略を検討するためには、SWOT分析では十分ではないと思います。
今回は、まずSWOT分析とは何かを確認しておきます。

■SWOT分析とは

SWOT分析とは、当該企業の直面する外部環境を「機会(Opportunities)」と「脅威 (Threats)」の観点から、内部資源を「強み(Strengths)」と「弱み(Weaknesses)」の観点から分析・整理することです。スタンフォード研究所のハンフリーによって開発され、ハーバード・ビジネススクールのアンドリュースによって普及されました。

外部環境には、マクロな環境要素である一般環境と、当該企業の事業活動にたいして直接影響を与える要素であるタスク環境があります。

一般環境の分析については、政治(political)、経済(economic)、社会(social)、技術(technological)の頭文字を取ってPEST分析というものがあります。

タスク環境の分析については、業界構造分析(5フォース分析)、製品ライフサイクル分析、市場セグメンテーション分析などがあります。


内部資源分析については、経営資源、すなわちヒト・モノ・カネ・情報の分析を行います。この中で最も重視されるのが情報的経営資源、すなわち何らかの組織的能力(ケイパビリティ)やノウハウです。


■外部環境と内部資源の区分は杓子定規に行わない

SWOT分析では、当該企業の外に存在するものが外部環境、内部に存在するものが内部資源と考えがちですが、これは適切ではありません。

たとえば「既存顧客」を考えてみましょう。顧客は企業の外部に存在しますから外部環境と考えがちですが、そうとも限りません。既存顧客と当該企業との結びつきが強い場合は、「良いクチコミを発してくれる」「新規顧客を紹介してくれる」といったように営業マンとしての役割が期待できます。この場合は営業資産として扱い、内部資源の「強み」にカウントしたほうが妥当です。

同様に「技術力の高い協力業者の存在」も、そこからの支援が十分期待できるのなら、外部環境ではなく、内部資源の「強み」にカウントしたほうが妥当です。

このように外部か内部かの識別については、「コントロール可能か否か(利用できるかどうか)」の観点で行うべきです。コントロール(利用)可能なら、内部資源として扱うことになります。


■SWOT分析を使った戦略オプション

さてSWOT分析は、もともと外部環境と内部資源を整理するためのものなので、これだけで戦略が導き出されるものではありません。通常は次のようなマトリックスを想定し、戦略を検討します。
SWOT.png

■SWOTマトリックスから導出される戦略の基本

SWOTマトリックスから導出される4つの戦略オプションについて、少し触れておきます。

戦略の基本は、上図の「(1)強みを生かして機会をつかむ」です。また「(2)機会を逸しないように弱みを克服する」ですが、必ずしも自社で弱みを克服する秘湯用はありません。というより弱みなのですから自社でカバーすることはそもそも困難であり、外部資源を活用するほうが妥当です。

たとえば販売力に弱みがあるなら代理店制度やフランチャイズ方式を考えるべきでしょうし、研究開発力が弱いなら他社との連携や研究開発ベンチャーなどへの出資が考えられます。

(つづく)

【参考】
『経営戦略論』寺本義也・岩崎尚人編 学文社 
『経営戦略全史』三谷宏治著 ディスカヴァー・トゥエンティワン





政党の経済政策への理解度をみるには(金融政策と労働市場)②

■金融政策を理解しない日本のリベラル政党の皮肉

ある党の共同代表が、NEWS23の党首討論で「アベノミクスについて数値を挙げて評価せよ」というキャスターからの問いに対し、まったく無関係な原発汚染水に関する数値を上げて政権批判をしていました。

ここまでひどいのは例外的ですが、野党の主張を聞いていると、「金融政策は失敗」「量的緩和は限界」といったことを繰り返すぐらいで、金融政策の効果や具体策についての言及はなく、ほとんど理解していないのではないかと思えます(マスコミも同様)。

もしかしたらそれまで自分たちがやらなかったので、いまさら金融緩和を肯定するわけにいかないという事情もあるのかもしれません。本来、金融政策を行って失業率を下げるという政策は、国際的にはリベラル政権が行うものなのですが、日本の場合はそうなっていないというのが皮肉なところです。


■客観的にアベノミクスを批判するとしたら

正規であれ非正規であれ、これまで職につけなかった人たちが働ける状態にちかくなったのですから、まずはアベノミクスの効果はあったことは間違いないでしょう。

正規雇用が伸び悩んでいること、実質賃金が上昇していないことを理由に「アベノミクスは失敗」と断じるのは誤りです。2014年度の消費増税がなければ、既に正規雇用の拡大や実質賃金の上昇は実現できていたのではないでしょうか。2012年に三党合意で消費増税を決めた民進党(旧民主党)としては、消費増税が失敗であったことは言いにくいでしょうが。

もし客観的・合理的にアベノミクスを批判するとしたら、「なぜ、実質賃金が上昇するまで追加の金融緩和を行わないのか」「なぜGDPギャップをすぐに縮小させないのか」でしょう(後者は財政政策の範疇ですが)。

イギリスのEU脱退、いつクラッシュしてもおかしくない中国経済という場合によってはリーマンショッククラスの危機の可能性がある現在、これらは安倍政権に対する的確な指摘になります。


■経済政策への理解度は金融政策でわかる

近年の経済学の潮流は、「財政政策だけでも金融政策だけでも効果は限定的で、両方をミックスして行わなければならない」ということです。財政も絞り金融政策を批判する政党は経済成長そのものを否定しているのと同義です。

選挙の争点は様々ですが、最大の焦点は私たちの生活に直結する経済政策だと思います。有権者1人1人が各党の経済政策を比較した上で投票するべきでしょう。

その際に注意していただきたいのは、特に金融政策です。金融政策を理解している政治家はかなり少ないので、そこに着目すればその政党(あるいは識者と言われる人)の経済政策への理解度がすぐに分かります。

経済の基本的なテキストにも載っているようなフィリップス・カーブ(金融緩和して物価を上げれば失業が減る)すら理解していないようであれば、金融政策の知識はゼロと考えて良いです。



■経済政策を価値観で判断してはいけない

さらに経済政策の提言は「こうあるべきだ」というイデオロギー(あるいは道徳論、価値観)によってではなく、実際のデータ(ファクト)によってなされるべきです。

「金融緩和をするとハイパーインフレになる」「日銀が買いオペすると国債が暴落して金利が暴騰する」「消費増税しても景気は落ち込まない」「成長戦略こそ必要だ」という主張は、これまでのデータを確認すればすべてデタラメであったことがわかります。

これについては政権側にも大いに問題があり、「暖冬(冷夏)のせいで消費が落ち込んだ」などという見解は誤りです。気候変動や(東日本大震災レベルでなければ)震災の影響は、経済全体からすればほとんどありません。

インターネットで比較的簡単にデータは入手できますから、「本当にこの政治家(あるいは識者)の言っているとおりなのか」自分自身で確かめる必要があると思います。



政党の経済政策への理解度をみるには(金融政策と労働市場)①

7月10日の参院選挙に向けて、与野党間の論戦が激しくなっています。党首討論や政見放送を見ると、アベノミクスの成果についての議論が中心になっているようです。

与党側としては旧民主党時代と比べて就業者数が110万人増加(旧民主党時代は30万人減少)、有効求人倍率は1.25倍で1992年1月以来、23年ぶりの高水準(旧民主党政権末期は0.82)と実績をアピールしています。

一方、野党側(民進党・共産党・社民党・生活の党)は実質賃金が上がっていないこと、就業者数の増加は正規雇用ではなく非正規雇用が中心であることを非難しています。


ちなみに実質賃金は2015年度まで4年連続で低下し、今年の2月から上昇に転じていますが、旧民主党政権下のほうが確かに高いです。正規雇用者数の推移を見ると、第二次安倍政権以降減少に転じ、その後、上昇が見られたものの、2016年度1~3月期での比較では2万人程度減少をしています。

野党側の主張は「非正規雇用が増えているだけで実態を伴っていない」「実質賃金がほとんど伸びていない」ことを理由に「アベノミクスは失敗」と主張していますが、これは妥当な見解でしょうか?


■就業者数を伸ばすためにはまずは金融緩和

まず「金融緩和と失業率との関係(フィリップス・カーブ)①」で見たように、インフレ率と失業率(就業者数)との間には負の相関があり、物価が上昇するほど失業率は低下(就業者数は増加)します。そして物価上昇に影響を与えるのが金融政策です。

ご存知のとおり2013年度4月以降、黒田日銀は量的・質的金融緩和を実施していますから、失業率が下がることは自然なことです。一方、旧民主党政権下ではほとんど金融緩和は行われていませんから、就業者数の伸びは期待できませんでした。


■原因は景気の先行きへの不安

実質賃金が伸びないことと正規雇用が拡大しないことは表裏一体です。

金融緩和を行っても企業側が今後の景気に楽観的でなければ正規雇用は増やそうとはしません。アベノミクスによって2013年度のように多少景気が良くなっても、それが続くと予想しなければ、固定費の上昇につながる正規雇用の増加は避け、まずは非正規雇用で代替しようと考えるでしょう。

相対的に賃金水準が低い非正規雇用が増えれば、労働者全体の平均賃金水準は下がるのが当然です。そもそも正規雇用の基本給が上がるタイミングは年に1回、春闘の時期しかありませんから、正規雇用の賃金はあがりにくいという背景もあります。

雇用条件の良い正規雇用が拡大したり賃金が上がったりするのは、人手不足感が強まったときです。「金融緩和と失業率との関係(フィリップス・カーブ)②」で見たように、確かに失業率は改善しているものの、いまだ構造失業率(これ以上は低下しない失業率)には達しておらず、まだ人手不足感はそれほど出ていないと考えられ、その結果、正規雇用が拡大せず賃金が上昇しにくくなっていると言えます。

このことと関係しますが、GDPギャップ(潜在総供給力と実際の総需要の差)が生じている場合、つまり超過供給(需要不足)の場合は、人手不足感がありませんから、賃金は上昇しにくくなります。
日本の場合、現在、10兆円程度のGDPギャップが存在しますから、賃金はいまだ上がりにくい状況と言えます。

逆に企業が今後の景気に楽観的になったり、GDPギャップが縮小したりすれば、どの企業も採用を拡大し人手不足感が出てきます。そうなると企業側は雇用条件を良くしなければ人材を確保できなくなりますから、より条件の良い正規雇用を拡大させたり実質賃金が上がったりするようになるでしょう。


■旧民主党時代にも完全失業率は低下している!?

第二次安倍政権下で「完全失業率が4.3%から3.2%に低下している(1.1%の改善)」との指摘に対し、「旧民主党政権でも失業率が同程度改善している(5.4%から4.3%に低下)ではないか」との批判があります。結論から言うと、旧民主党政権で失業率が改善したのは、ある種の数字のマジックです。内閣府などで公表されている完全失業率の要因分解からこのような批判について検証してみましょう。

完全失業率は「完全失業者数÷労働力人口(%)」で求められます。完全失業者とは簡単に言えば求職活動をしているがいまだ職を得ていない人です。労働力人口とは、15歳以上で、労働する能力と意思をもつ人のことです。

旧民主党政権時には、景気悪化により就業者数が減少し失業者が増えましたが、その失業者が一定期間を経て労働市場から退出し非労働力人口(働く意思がない人)が増加しました。ざっくり言うと完全失業率の分子の完全失業者数(求職者)が減少したことで、完全失業率が上昇したと考えられます。

一方、第二次安倍政権下での完全失業率は景気の改善が進むことで職を求める人々が新たに労働市場に参入し、さらに就業者数が増えたことで生じています。


就職を諦めた人が増えた結果、失業率が下がるのと、就業者が増えた結果、失業率が下がるのとでは、どっちが良いかは明らかでしょう。

ちなみにこのような就職を諦めた人たちの労働市場への参加は日銀でも想定外であったのが、構造失業率を高めに見誤った理由とも考えられます。
(つづく)

【参考】
総務省統計局/労働力調査(詳細集計)/平成28年(2016年)1~3月期平均(速報)
内閣府HP/地域の経済2013/完全失業率の要因分解
SYNODOS/ 2015.12.30 Wed/2015年の日本経済と経済政策を振り返る/片岡剛士

挑戦意欲を引き出すもの(達成動機説②)

前回、達成動機の強さによって行動の選択やパフォーマンスに違いがあり、また挑戦意欲が異なることを見ました。では、挑戦意欲はどうすれば引き出せるのでしょうか。


■挑戦するためには「やらねばならぬ」より「やれたらいいな」

私たちは、「こんな自分だったら素晴らしい」という願望や希望に基づいて動機づけられることもあるでしょうし、「こんな自分でなければならない。そうでないと大変なことになる」といういわば義務感で動機づけられることもあるでしょう。

前者の理想的な状態の実現という肯定的な結果が得られたかに焦点を当てることを理想自己指針と言います。理想自己は自分自身で掲げるものであり、肯定的な結果に焦点を当てるため、成功を目指す積極的な行動を導きます。

後者の義務を達成することで否定的な結果(失敗)を免れることができたかに焦点を当てることを義務自己指針といいます。義務自己は他者によって突きつけられる(あるいはそのように自分では感じている)ものであり、否定的な結果に焦点を当てるため、失敗を回避しようという消極的な行動を導きます。

義務自己指針より理想自己指針が優勢であると望ましい目標に近づこう(達成しよう)とし、逆に理想自己指針より義務自己指針が優勢であると失敗しそうな望ましくない目標を回避しようという姿勢が取られやすくなります。

以上から言えるのは、次の2点です。

・「こんな自分を目指したい」という願望や希望に基づく欲求の方が、「こんな自分でなければならない」という義務感に基づく欲求よりも、積極的な姿勢を生み出す。

・本人が自ら設定する目標を目指す場合は積極果敢に取り組むことができるが、他者から目標を与えられた場合は失敗しないようにという意識が強まり消極的な姿勢が取られやすい。

ちなみに行動を引き出すためには義務感によるプレッシャーのほうが、理想を追い求める欲求より効果がある場合はあります。ここで話題にしているのは、挑戦的な課題に取り組む意欲は、義務感よりも理想を追い求める姿勢のほうが引き出しやすいということです。


■競争心を煽ったほうが意欲は高まるか?

達成動機には、競争的達成動機と自己充足的達成動機があります。競争的達成動機とは、他者を凌ぎ、他者に勝つことで評価されることを目指す動機のことです。自己充足的達成動機とは、他者や社会の評価にはとらわれず、自分なりの達成基準への到達を目指す動機のことです。

アメリカなどでの研究では、「達成動機の強い人=競争心が強い人」という傾向がありますが、日本の場合、個人差はあれど、協調性や社会性に重きを置く傾向があり、必ずしも競争心を煽ることが意欲の向上につながるわけではありません。

むしろ自己充足的達成動機に働きかけ、本人自身の成長に目を向けさせるように導くことが有効です。
「できるようになりたい」という思いを刺激し、頑張った成果や頑張りのプロセスに目を向けさせることで「自己の成長」を実感させ、「もっとできるようになりたい」という思いがさらに湧いてくるようにするのです。

そのためにも、前回触れたように、チャレンジして上手くいかなくても失敗とみなして減点するのではなく、チャレンジした積極性を評価するという姿勢が管理者には求められるのです。


【参考】
『モチベーション・マネジメント』榎本博明著 産業能率大学出版部
『モチベーションの新法則』榎本博明著 日本経済新聞出版社


高い目標のほうがやる気がでるのか?(達成動機説①)

人は何か達成感を得られると自分の有能さを確かめることができます。人間の何かを達成したいという欲求は達成欲求と呼ばれ、これに着目したモチベーション理論に達成動機説があります。


■達成動機の強さによってパフォーマンスが変わる

マクレランドらの達成動機説は、達成動機の強い人間の特性を明らかにし、達成動機の強さによって行動の選択やパフォーマンスに違いがあることを示したものです。

人間の欲求を達成欲求、親和欲求(周囲との関係を良くしたいという社会的欲求)、パワー欲求(権力を得たいという欲求)に分け、何か高い業績を打ち立てるには強い達成意欲が必要と考えられることから、達成欲求に注目したわけです。

具体的に言うと、以下の内容に当てはまるほど達成動機が強いとされます。

<達成動機のチェックリスト>
① 絶えず努力を続けている。
② 人生において大きな業績を残すことが何より大切なことだと思う。
③ 仕事上で大きな成果を出したときに気持ちの平安と自信が得られる。
④ 無理な計画を立て、その達成に向けて努力するほうだ。
⑤ 将来を夢見るよりも、目の前の仕事に全力を傾けるほうだ。
⑥ 切羽詰ってくると、自分の仕事に集中するあまり、他人への配慮がおろそかになりがちなところがある。
⑦ 価値ある仕事をうまく成し遂げたときに、はじめて心から安らぐことができる。
⑧ 何かにつけて競争心を刺激されるほうだ。
⑨ 何かにつけて納得のいく結果が得られるまで頑張り続けるほうだ。
⑩ 仕事も遊びと同じように楽しい。

達成欲求の強い人には、次のような特徴があります。

① 成功するか失敗するかの確率が5割程度の課題の場合に最も燃える。
② 達成の水準が運に大きく左右されるのではなく、自分の努力によって自己責任で決まるような課題を好む。
③ 上手くいったかどうかのフィードバックを求める。


頑張れば実現できることには意欲を示すが、あまりに簡単なこと、自分の力では及ばないことにはあまり意欲を示さないということですね。


■誰もが挑戦意欲を持っているわけではない

以上の内容を踏まえると、「部下には(不可能ではない程度に)高い目標や課題を与えたほうが意欲が高まり、成果も上がりやすい」と思われるかもしれません。「チャレンジが人を育てる」という考え方の背景には、このようなことがあるでしょう。

しかしながら注意しなければいけないのは、「頑張れば実現できることには意欲を示すが、あまりに簡単なこと、自分の力では及ばないことにはあまり意欲を示さない」のは、あくまで達成動機が強い人に限られるということです。

達成動機が低い人は、逆に成功確率が極めて高いか低い課題を選択しがちであることが分かっています。簡単な課題を好むことは想像できると思いますが、ほとんど達成できない課題を選ぶのはなぜでしょうか。


■達成か失敗回避かで挑戦意欲は異なる

失敗回避動機とは、文字どおり失敗を回避したいという動機のことです。人間は何かを達成したいという欲求とともに、失敗を回避したいという欲求も合わせて持っています。アトキンソンは達成動機と失敗回避動機のバランスが課題の選択に影響を与えると考えました。

達成動機が失敗回避動機を上回れば、先述のとおり、成功確率5割程度の課題に強い意欲を示します。一方、失敗回避動機が達成動機を上回れば、逆に成功確率が極めて高いか低い課題を選択しがちになります。「失敗するわけがない」課題や「どうせできない(失敗しても当然な)」課題に気軽さを感じるというわけです。これについては他の調査でも同様の結果が得られています。


■達成動機説を部下のモチベーション管理に活かす

達成動機の強さは教育訓練によって多少は改善することができますが、ほぼ幼少期の経験で決まってしまうところがあります。よって1人1人達成動機の強さは異なるという前提でモチベーション管理したほうが望ましいです。

以上の結果を部下のモチベーション管理に活かすとしたら、次のようになるでしょう。

・日頃からやる気がある部下に対しては、少々チャレンジグな課題を与え、「成し遂げたい」という達成動機を刺激することで、「できるようになりたい」という成長欲求をも刺激して、さらなる意欲の向上を図る。

・日頃からやる気に欠ける部下に対しては、失敗への不安を感じさせないように、頑張れば本人の実力で十分こなせそうな容易な課題を与えることで、少しでもできるようになりたいという成長欲求を刺激する。

・やる気がある部下もない部下も成長欲求はあるので、チャレンジして上手くいかなくても失敗とみなして減点するのではなく、チャレンジした積極性を評価する。



【参考】
『経営組織』金井壽宏著 日本経済新聞社 
『モチベーション・マネジメント』榎本博明著 産業能率大学出版部
『モチベーションの新法則』榎本博明著 日本経済新聞出版社

限られたケースから学ぶためには(事例研究)

前回の「私見の域を超えるために(統計学的研究と事例研究)」で見たように、私たち一般社会人にとっては、限られた事象(ケース)を観察することで有効な仮説を得ることが求められます。
では限られた事象の中から有効な仮説を得るためには、どのような着眼が求められるのでしょうか。統計学的研究と事例研究との比較から考えてみたいと思います。


■統計的調査では際立ったものは除外する

統計の用語として「外れ値」というものがあります。外れ値とは、その名のとおり、統計では「ありえない」他と大きく外れた値のことです。

統計的調査で全体の平均的な傾向を探りたい場合、外れ値があると全体の傾向を大きく乱すことになります。たとえばある社会人向けの英語教室30人のクラスで受講者の年収を調査したいとします。仮にその中の1人がたまたま年収が2億円あったとします(外れ値)。この場合、クラスの平均年収を大きく引き上げてしまうので、全体の状況をつかみにくくなるといったことがあります。

また本ブログの「消費税引き上げに関する動向①」で見たように、日本経済の全体のトレンドを見たい場合に、リーマンショックや東日本大震災などのような滅多に起きない特殊ケース(外れ値)を考慮すると、正しいトレンドを見誤る可能性もあります。

このようなことから、原則として統計的調査の場合、外れ値(逸脱した値)は外して考えることになります。


■逸脱した事例は無視して良いか?

しかしながら考え方によっては逸脱事例は大いに注目すべき対象ということにもなります。たとえば際立って業績が良い企業や、長年に渡り高業績を出し続けている企業は、いわば外れ値(逸脱事例)ですが、これを研究して高い業績をあげられる企業の特徴を抽出することには大きな意義があります。

またこれまでにない技術やサービスで既存のビジネスモデルを突き崩すような事業展開を行っている企業は、それだけで逸脱した事例ですが、これを排除してしまっては将来の予測につながる研究は一切不可能になってしまいます。



■事例の4つのパターン

では限られた事例の中から有効な仮説を得るためには、どのような着眼が求められるのでしょうか。事例研究にあたっては事例を次の4つにタイプ分けすることができます。これまで触れた外れ値(逸脱した事例)に当たるのが先端事例と逸脱事例です。
事例のタイプ
先端事例とは、将来の動きを先取りするような事例です。小売業界を研究するのであれば、少し前であればECやビックデータを活用した小売業態を調査するといったことです。これを詳しく調査することで自身の今後の対応に活かすというのが目的になります。もっとも先端事例は、それが先端である限りにおいては逸脱した事例ですが、もちろん追随が激しくなれば逸脱さは失われます。

逸脱事例とは、大多数とは異なる(特殊な)事例です。なぜ逸脱したのかということに向き合うことで、これまでの常識を疑うことができたり、今まで気がつかなかった要因を浮き彫りにできたりします。逸脱事例は先端事例とは異なり、逸脱した状態であり続けます。

代表事例と原型事例は文字どおりの意味ですが、これらを観察することで関心のある現象への理解が深まることになります。


■私たちが事例から学ぶ際には何に着目すればよいか?

さて私たち一般の社会人が事例研究の方法を応用するとしたらどのようなことが考えられるでしょうか。どの事例を参考にするかは私たちの目的によって異なります。

何か新しい事業やサービスを検討しているとします。この場合、既にあるケースを参考にするでしょうが、ハイリスク・ハイリターンを狙うのであれば先端事例と逸脱事例を調査することになります。この場合、同じ業界の事例を調査してもただの追随ですからあまり大きな成果を得ることは難しいでしょうが、他の業界の事例を研究し上手く応用できればかなり高い成功が見込めます。

一方、とりあえずローリスク・ローリターンを狙うのであれば、代表事例と原型事例を研究することになります。また既存企業において効率化や社内事情を優先するあまり創業時の理念から離れてしまったり、顧客サービスが疎かになってしまったりといった場合も、代表事例と原型事例から学ぶことは大きいかもしれません。


【参考】
『ブラックスワンの経営学』井上達彦著 日経BP社

プロフィール

三枝 元

Author:三枝 元
1971年生まれ。東京都在住。読書好きな中年中小企業診断士・講師。資格受験指導校の中小企業診断士講座にて12年間教材作成(企業経営理論・経済学・組織事例問題など)に従事。現在はフリー。
著書:「最速2時間でわかるビジネス・フレームワーク~手っ取り早くできる人になれる」ぱる出版 2020年2月6日発売
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