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集団になると人は手抜きする(社会的手抜き)①

1人1人の力を合わせれば、集団の力の合計は少なくともその総和になるはずです。たとえば仮に1人の力を仮に100とすれば、3人合わせれば力の合計は300になると考えるのが自然でしょう。
しかしながら多くの研究では、集団の力は個人の持つ潜在的な力の合計には及ばないことが指摘されています。


■集団になると人は手抜きする

これは社会的手抜きという現象によって説明されています。社会的手抜きとは、集団になると人は怠け、単独で作業を行うよりも1人あたりの努力の量が低下する現象のことを指します。

たとえば綱引きをした場合、下のように1人1人の持つ力(100%)の合計よりも実際の力の合計は必ず下回ることが明らかになっています。

  2人⇒93%  3人⇒85%  4人⇒77%  5人⇒70%
  6人⇒63%  7人⇒56%  8人⇒49%

みんなで声を出すなど他の共同作業においても同様の結果が得られており、確かに社会的手抜きは存在するようです。

よく神輿を担ぐのは2人、担いでいるふりをしているのが6人、ぶら下がっているのが2人などと言われますが、このイメージです。

また集団の人数が多くなるほど1人あたりの努力が低下することを、リンゲルマン効果と言います。


■社会的手抜きの原因

社会的手抜きの原因としては、次のようなことが指摘されています。

①評価可能性
 1人1人の集団への貢献が適切に評価できない。
②努力の不要性
 周りが優秀なので自分が努力しても集団の成果に影響を与えない。
③手抜きの同調性
 他人がサボっているなら自分もサボる。
④緊張感の低下
 集団の中にいると当事者意識がなくなり緩んでしまう。
⑤注意の拡散
 他人に気を取られて自分のことに注意がいかなくなり、自己意識が低下して目標を意識しなくなる。


■意欲は確率で決まる

また社会的手抜きはモチベーション理論の1つである期待モデルによっても説明できます。期待モデルは、期待・道具性・誘意性の3つから動機づけの過程を捉えるものです。

期待とは、個人の努力が個人のパフォーマンス向上につながることの予知です。努力をすれば成果につながる可能性が高ければ期待は高くなります。

道具性とはパフォーマンスが何らかの報酬や罰に結びつくと思っている度合い(信念)を意味します。業績が上がれば給料が増えたり、賞賛されたり、名誉を得ることができると思っている程度が強い場合、道具性が高いことになります。

誘意性とは得られる報酬の主観的な魅力です。たとえば10万円の魅力が高ければ誘意性は高く、魅力が低ければ誘意性は低くなります。

モチベーションの強さは期待・道具性・誘意性の積(掛け算)で決まりますので、いずれか1つが低ければモチベーションは低下します。

社会的手抜きとの関係で言うと、期待・道具性・誘意性のいずれかが低いと社会的手抜きが生じることになります。先に挙げた評価可能性や努力の不要性は道具性の話と捉えることもできます。


【参考】
『人はなぜ集団になると怠けるのか』釘原直樹著 中央公論新社
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活かされた教訓と活かされなかった教訓(日米の経済政策のスタンス)

前回までの話で、世界大恐慌後、日本は先進国の中でもいち早く経済回復した国の1つであることについて取り上げました。高橋是清蔵相在任中の実質経済成長率は平均で約7%、物価上昇率は約2%というまさに驚異的な実績であったにもかかわらず、その事実が日本では歪曲され続けたことがその後の金融政策のスタンスに大きく影を落としたように思えてなりません。

今回はなぜこのような歪曲された事実解釈に至ったのか、やや私見を交えて考えてみたいと思います。


■金融緩和は負け、金融引き締めは勝ち

現在では日本銀行は1998年の日銀法改正以降、中央銀行としての独立性を確保していますが、それまでははっきり言って大蔵省(現財務省)の植民地的な扱いであったと言われています。つまり財務省(あるいは政府)の指示で金融政策を行っていたということです。

このことは現在でも日銀の金融政策決定会合のメンバーが国会決議を要すること、日銀総裁が日銀プロパーと財務省出身者とで交代で就任していることからも察することができます。

中央銀行としての日本銀行にとってこれは屈辱的なことであり、行内では金融緩和を意味する金利引き下げ(多くは財務省や政府からの景気刺激要請による)は負け、逆の金利引き上げは勝ちと呼んでいたという話もあります。


■組織のアイデンティティが優先された?

このような背景がありますから、政府からの指示で日銀が国債の直接引受をやらされた高橋財政の評価は日本銀行内では当然ながら極めて低いものとなるでしょう。

日本銀行が編纂した「日本銀行100年史」には、国債直接引受について、「本行の歴史始まって以来の最も遺憾とすべき事柄であった」と書いてあります。さらに高橋是清に協力した結果、ひどいインフレになったとあります。

しかしながら前回触れたように、データを見ればこれは明確な誤りです。
高橋財政下では物価上昇率は2%程度で抑えられており、物価が上昇したのは226事件で高橋が暗殺され、軍部拡張が進んで以降の話です。

このような金融緩和に対する強烈なアレルギーが、バブル経済崩壊後のデフレ下においても金融緩和に消極的な日銀の姿勢に受け継がれているように思えます。

先日、たまたま日銀の職員の方と少しお話する機会がありました。極めて物腰の柔らかい方なのですが、こちらが「なぜ白川総裁時代にデフレを放置したのか」尋ねてみたところ(まあ尋ねるほうも尋ねるほうですが)、「デフレのほうが資産が守られてよい」と強い口調でおっしゃいました。日銀の金融緩和に対する拒否反応を垣間見たように感じました。

素直に言えば、日本銀行という組織のアイデンティティが金融政策に対するスタンスを決めてしまったという気すらします。


■活かされた教訓

このように日本では世界的に見ても優れた経済政策が行われたにもかかわらず、その成果を教訓として活かしたのは、皮肉にも世界大恐慌からの復活が遅れたアメリカです。

世界大恐慌からの復活の遅れの原因を、早々に金融引き締めに転じたことであるとし、リーマンショック後の大規模な金融緩和政策に活かしています。当時のFRBの議長が恐慌研究の第一人者であり、日本の金融政策の研究発表もあるベン・バーナンキ(プリンストン大学経済学部教授)であったことは、まさに時宜に適ったものです。

日本人でノーベル経済学賞を受賞した人はいません(候補として取りざたされる日本人もアメリカの大学に移籍した人に限られます)。またFRBの議長はPh.D保有者であることが一般的ですが、日銀の総裁はせいぜい修士レベルです。

こと経済政策については、研究面でも実行面でも過去の教訓を活かすという点においてアメリカのほうが勝ると言わざるを得ません。


【参考】
『もうダマされないための経済学講義』若田部昌澄著 光文社

歪曲された歴史(世界大恐慌に見る経済政策②)

日銀の国債直接引受までやらせたのですから、今の財政タカ派(財政均衡主義者)から見れば高橋是清の積極財政はまさに狂気の沙汰で、現に高橋財政を否定的に捉えています。それでは高橋財政は効果がなかったのでしょうか。


■神業的な回復を見せた日本

高橋是清の積極財政により、日本の実質経済成長率は1931年の0.43%から、1932年には4.4%、翌1933年にはなんと10%へと急回復を遂げます。急回復を見届けた高橋は、今度はインフレを回避するために、1934年以降は財政支出を絞り、陸軍からの軍事費拡張要求を拒否するようになりました。これが軍部の一部青年将校の怒りを買い、1936年の226事件での暗殺につながります。

超デフレからの脱出を図るとは言え、これだけの積極的な財政・金融政策を行えば、逆に超インフレになってもおかしくはありません。しかしながら、物価上昇率は約2%に抑えられていました。

これは最初は日銀が国債を引き受けましたが、適度に国債を市場に放出して貨幣供給量を調節したからです(売りオペ)。その結果、高橋が蔵相在任中の4年間で日銀の国債保有残高は約10%しか増えていません。

蔵相在任中の実質経済成長率は平均で約7%、物価上昇率は約2%というまさに神業的な鮮やかさです。


■大恐慌からの脱出速度

ここで当時の他国の経済パフォーマンスを見てみましょう。世界大恐慌後の金本位制からの離脱の早さにより、大きく4つのグループに分けられます。卸売物価指数の上昇率の1929年の水準を100とした場合、どれくらいデフレが進行し、その後回復したかを見ます(当時は消費者物価指数は集計されていなかった)。

<第1グループ>
そもそも金本位制に復帰しなかったスペイン、1931年以前に金本位制から離脱したオーストラリア、ニュージーランドなど。
1930年に95、1931年に90まで下がり、その後は1933年まで90弱まで緩やかに下がるもそれ以降はゆるやかに上昇し、1936年は93程度。
1
<第2グループ>
1931年に金本位制を離脱したグループで、日本、イギリス、ドイツ、スウェーデンなど14カ国。
1930年に88程度、1931年に78程度まで急激に低下、その後は横ばいないし緩やかに上昇し、1936年は83程度。

<第3グループ>
1932年から35年にかけて金本位制を離脱したグループで、アメリカ、イタリアなど4カ国が該当。
1930年に86程度、1931年に70程度までかなり急激に低下、その後も下落を続け1933年には60弱まで下がる。その後は上昇に転じ、1936年は72程度。

<第4グループ>
1936年に至っても金本位制を離脱しなかったグループで、フランス、オランダ、ポーランドの3カ国。
1930年に88程度、1931年に77程度、1932年に64程度までかなり急激に低下し、1935年には55弱まで下がる。その後は上昇に転じ、1936年は58程度。

金本位制からの離脱(金融政策の自由度の回復)が早いほど、デフレからの脱却が早く、かつ回復の程度も高いことが明確に分かります。

これまでの話を再確認すると世界大恐慌後の日本の経済政策は、井上財政という致命的な失政があったものの、高橋財政後は、先進国でもかなり高い経済パフォーマンスであったことが分かります。

国内経済の疲弊が軍部の台頭を招いたなどということは、まったくの嘘ということが分かります。なぜ誰でも確認できるデータを無視して誤りの主張を繰り返すのか、私には不思議なりません。

一方、アメリカはルーズベルト大統領の財政政策(ニューディール政策)が功を奏したような印象がありますが、日本よりもデフレが深刻化し、本格的な経済回復は第2次世界大戦まで待つことになります。

その理由は、アメリカのFRBが途中で金融引き締めを行ったからであることが、バーナンキやクルーグマンなどのアメリカ主流派の経済学者のコンセンサスとなっています。


■歴史は印象で作られる

私たちは中学や高校の日本史の授業で教えられていた内容や、テレビ番組、歴史小説で出来事や人物を評価しがちです。しかしながら、それは作者側の解釈やただの通説であることには留意する必要があります。経済について興味を持って学んでいると、言われてきたことがほとんどデタラメであったということは少なくありません。

テレビ番組の製作者も、歴史小説の作者も、あるいは経済史以外の歴史家も、決して経済学の知識に明るいわけではありませんから、きちんとしたデータで歴史を解釈しているわけではなく、単にイメージで解釈しているに過ぎないように思えます

たとえば高橋財政がこれだけのパフォーマンスをあげたのに、未だに「軍事支出を増大させて軍国化を進めた」だとか、「インフレを招いた」だとかといった誤った流布がなされているのは、歴史教育のせいもありますが、城山三郎氏の「男子の本懐」という小説の影響が大きいと思われます。

「男子の本懐」は反対派を押し切って金本位制への復帰に執念を燃やした濱田雄幸首相、井上準之助蔵相を礼賛する内容ですが、おそらく濱田首相も井上蔵相も軍事費の削減に積極的であったこと、欧米強調寄りの外交スタンスであったこと、さらにともに右翼の凶弾に倒れたという悲劇的な最後が好意的・同情的に捉えられたからだと思います。

一方で高橋是清はそれと対照的に捉えられ、たまたま関東軍が勝手に始めた1931年の満州事変勃発の時期とタイミングが合ったことから、本来の思想は無視され、軍国主義の手先のように短絡的に位置づけられてしまったのではないでしょうか。

言い回されたことですが、このことに限らず結局は私たち1人1人が通説に少しでも違和感を感じたら逆の見方ができないか意識し、自分で少し調べて見る、考えてみるというスタンスで臨まないと間違った知識を持ってしまうことになりかねません。


【参考】
『もうダマされないための経済学講義』若田部昌澄著 光文社
『「復興増税」亡国論』田中秀臣、上念司著 宝島社

歪曲された歴史(世界大恐慌に見る経済政策①)

本ブログの「トランプ経済学⑤(公共投資の効果)」で取り上げたヘリコプターマネー政策は、かつての日本で採用され希に見る大成功を収めたという事実があり、経済政策を考える上で世界的にも貴重な成果となっています。


■修正されないデタラメな歴史認識

私が高校時代に習った日本史では、「戦前の日本は世界大恐慌(日本では昭和恐慌)の影響で農村部を中心に壊滅的な打撃を受け、その苦境を見かねた陸軍の青年将校の一部が1936年に226事件を起こした」と教えられた記憶があります。つまり経済失政が軍部の台頭を招いたのだということです。以前見たNHKの歴史アーカイブでも同様の紹介がなされていました。

しかしこれはデータを見れば明確な誤りであることがわかります。当時の日本は先進国ではかなり早い段階で不況から脱し、景気はむしろ過熱気味であったのです。


■日本の近現代経済史上、最も愚かな政策

世界大恐慌発生の翌年の1930年1月、日本は濱口雄幸首相・井上準之助蔵相(現在の財務相)の下で金本位制に復帰します。

金本位制とは、中央銀行が紙幣を発行する際に、それと一定比率で交換する金の量を保有していなければならないという制度のことです。言い換えれば、中央銀行は保有する金の量に沿ってしか紙幣を発行できないということで、金融政策の自由度を縛るもの、ずばり金融引締め政策です。

世界大恐慌の影響で需要が冷え込み、さらに濱口・井上体制は財政支出を大幅カット、これに引き締め的な金融政策を行ったので、バブル崩壊以降の日本のデフレが些細なものに思えるくらいのとんでもないデフレ経済に陥りました。

1930年には10%、1931年には11.5%という物価の下落率を記録したのです。大恐慌で有効な経済政策を打たないどころか、あろうことか超しばき上げをやったのですから、当然といえば当然で、まさに未曾有の経済危機が発生しました。日本の近現代経済史上でも最も愚かな政策だと思います。

1930年11月の濱口首相が右翼青年に狙撃され退陣すると、入れ替わりに犬養内閣が成立し、高橋是清が通算4度目の蔵相に就任します。ちなみに井上も1932年、経済苦境を招いたこと、海軍予算を削減したことを理由に右翼結社の手によって暗殺されます(血盟団事件)。


■ヘリコプターから金を撒いた男

蔵相に就任した高橋是清は昭和恐慌を脱するために積極的な財政・金融政策に打って出ます。まずは金本位制を脱し、金融政策の自由度を確保します。金の保有量に縛られないで紙幣を発行できるようにしたということです。日本銀行による大幅な金融緩和により、円が約4割も下落し、その結果、日本製品の輸出が増えました。

次に農村や漁村の救済措置や軍事支出など財政支出を一気に約3割増額し、発行した国債の9割近くを日銀に買い取らせました(日銀の国債直接引受)。つまりヘリコプターマネーを実施したのです。
(つづく)

【参考】
『「復興増税」亡国論』田中秀臣、上念司著 宝島社

トランプ経済学⑦(減税政策の効果)

■トランプ減税は所得格差拡大を生む?

トランプ氏は法人税減税(35%から15%)、所得税制を簡素化した上で大幅な引き下げを提唱しています(適用範囲を5段階から3段階とし、所得の低い順から12%25%、33%を適用)。

この所得税減税については、確かに賃金所得への負担は平均で2.3%軽減されますが、負担軽減割合は下位層20%で0,6%、中位層で1.7%、上位20%層で3.2%、上位0.1%層で7.3%で、より所得が高くなるほど恩恵が受けられるようになっているとの分析があります。

トランプ支持者はプア・ホワイトで所得格差拡大への不満の声が今回の大統領選の結果につながったという論評が未だに根強いですが、実は高所得者層においてもトランプ氏のほうが投票を得ていることが分かっています。もともと共和党は高所得者寄りの減税を志向していますが、もしかしたら高所得者層はこうした減税のメリットを踏まえたうえでのトランプ支持だったのかもしれません。


■減税が景気拡大につながるとは限らない

法人税や所得税を減税すれば投資や消費につながり、景気拡大につながるし、さらにそれが税収増につながるという主張があります。しかしながら、増税は景気悪化につながる可能性が高いことは言えても、減税が景気拡大につながるかは不明であることが実証されています。


投資や消費は経済環境次第です。たとえば法人税減税を行っても、先行きの景気が不透明であればわざわざ設備投資を行わないでしょう。これからも所得が増えない、あるいは減りそうだということになれば、消費も抑えるはずです。

逆にこれから景気が良くなりそうだ、あるいは所得が上がりそうだと思えれば、投資や消費が増えるはずです。


■トランプ経済の最大のポイント

こうして見ると、今のところはトランプ氏の経済政策は、公共投資は○、減税政策は△から×、貿易政策は×で、鍵は貿易政策については現実路線への修正、公共投資と減税政策は財政規律を重視する共和党との調整ですが、最大のポイントはFRBとの政策協調にあると言えます。


【参考】
トランプ新大統領の経済政策を考える/三菱UFJリサーチ&コンサルティング/片岡剛士レポート

トランプ経済学⑥(公共投資の効果2)

前回、ヘリコプターマネー政策について触れました。ヘリコプターマネーとは、中央銀行が、政府が発行した国債を引き受けるというもので、財政と金融の同時緩和政策(ポリシーミックス)です。これにより、大規模な財政支出を行っても利子率の上昇を抑えることができます。

財政と金融の同時拡大の効果は、マンデル=フレミングモデルからも確認できます。要は利子率の上昇を押さえられれば、財政政策は効果を持ちます。また金融緩和によって通貨高も回避することができます。


■アベノミクスに対する強い関心

大統領選翌日の安倍首相とトランプ氏との電話会談で、トランプ氏から「アベノミクスを高く評価する」「アベノミクスについて教えて欲しい」との話があったという報道がありました。

先日の両者の会談でもトランプ氏は安倍首相の話を熱心に聞き入っていたという好意的な報道があります。

もしかするとトランプ氏も財政と金融のポリシーミックスについてかなり意識し始めたのかもしれません。


■足元では利上げが望まれているというジレンマ

ここまでトランプ氏の提唱する財政政策を効果的に実現するための条件として金融緩和による利子率の低下について述べてきましたが、現時点での状況はかなり複雑です。

アメリカでは10月の消費者物価指数で年率1.6%、生鮮食料品を除くコアで2.1%の上昇率と既に高いインフレ率で推移していること、さらに労働市場が完全雇用(いわば失業率の下限状態)に近いことから、昨年来、金融引き締め(金利引き上げ)の時期が取り沙汰されており、実際昨年末に利上げを実施しています。

ちなみに物価上昇率は2%程度で抑えることが現在の世界標準です。

さらに大規模なインフラ投資を行うと景気が加熱して物価が上昇します(インフレ)。また量的金融緩和を行っても物価は上昇することになります。財(モノ)に対して貨幣が余り気味になるので、財の価値が上がり(物価の上昇)貨幣の価値が下がるからです。

財政政策を実行するためには量的緩和で利子率を下げたいが、足もとの状況では利子率の引き上げのタイミングである、量的緩和を行うと物価が限度を超えて上昇してしまうというジレンマがあります。

利子率の抑制をとって物価の上昇を甘受するか、物価の安定を取って利子率の上昇を甘受するか、トランプ陣営としては難しい舵取りになるのではないでしょうか。


9月の日銀政策決定会合で示されたような金利調整を目的とした金融緩和政策がアメリカでも行われることが考えられますが、物価の抑制と利子率の低下を両立させることは容易ではないと思われます。


■日本の出方は?

さて仮にアメリカでヘリコプターマネー政策が実施されると、大幅なドル安円高となりますので、日本経済にとっては打撃になります。よって日本でも量的金融緩和の拡大が求められることになります。

海外では金融緩和が進む一方で、日本では金融引き締め気味だったことが、まさに民主党政権(白川日銀総裁)時代の経済苦境につながったという事実を踏まえる必要があります。

日米同時金融拡大は、日本にとっては脱デフレと為替安定化、アメリカにとっては国内経済の浮揚といったように悪いはないではありません。

トランプ経済学⑤(公共投資の効果)

アメリカの株高はトランプ氏の大規模なインフラ投資が景気拡大につながるとの期待から生じているようですが、同時に利子率の上昇期待(予想)につながり、円安ドル高につながっているというのが多方の見方です。
大統領選前にはメディアでは円高株安予想が支配的であったのに、あれは一体何だったのだろうかと思ってしまいます。


■財政支出の鍵は利子率調整

さて前回、トランプ氏の大規模なインフラ投資が利子率の上昇を招き、それが国内の民間投資の減少を招くという点について触れました。

利子率を操作できるのは金融政策を担う中央銀行です。金融政策の目的の1つは、貨幣量をコントロールすることで利子率を操作することです。貨幣量を増やせば資金の調達コストである利子率を低下させることができます。また貨幣量は買いオペ(単純に言えば国債などの債券を買ってその代金を刷って支払う)によって増やすことができます。

トランプ氏の金融政策のポリシーはあまり明確ではありません。その方面に明るくないのか、アメリカの中央銀行にあたるFRB(アメリカ連邦準備制度)の利上げを促す一方で、中所得者向けの低金利を主張するといった具合に、過去の発言には一貫性が見られません。

しかしながら自分の政策を推し進めると、必ず利子率の上昇という壁にぶち当たるわけですから、財政政策と同時にFRBとの協調が求められてきます。


■ヘリコプターマネーとは?

トランプ新大統領は、ヘリコプターマネー政策を行うのではないかという見方があります。

ヘリコプターマネー政策とは、中央銀行が、政府が発行した国債を引き受けるというもので、財政と金融の同時緩和政策(ポリシーミックス)です。これは政府の減税政策や公共投資の原資を中央銀行が貨幣を刷って賄うということを意味します。あたかも中央銀行がヘリコプターで空からお金をばらまいているかのようで、「ヘリコプターがどこに来るのか教えて欲しい」というジョークもあるようです。

このアイデアは、かつてノーベル賞経済学者のミルトン・フリードマンによって論じられ、現在は前FRB議長のベン・バーナンキが主張しています。


■ヘリコプターマネーへの批判は妥当か?

ヘリコプターマネーについては、日本でも導入するべきだという意見があります。

ヘリコプターマネーとは、政府の借金を中央銀行が肩代わりするということなので政府の財政赤字に歯止めがかからない恐れが強く財政ファイナンスであると反対派からの批判が強いです。

しかしながらこの批判はあまり妥当ではありません。まずそもそも既に日本では日銀の国債直接引き受けを行っています。日銀の国債直接引き受けは国会決議が必要ですが、既に毎年7~8兆円の直接引き受けを実施してきています。

次にヘリコプターマネーのリスクは財政赤字の拡大ですが、既に本ブログでも触れたように日本の財政赤字はそれほど深刻ではなく、また政府の負債がその子会社にあたる日銀の資産となるわけですから、統合政府レベルで考えると両者は相殺されるからです。

さらにヘリコプターマネーを行うと確かにインフレになる懸念がありますが、日本のようにインフレ目標(インフレ率の上限)を設定してコミットし、それを超えてインフレになれば実施を止めればよいだけです。日本のようにデフレから脱しきれていない状況では、インフレ懸念は早すぎると言えます。


■行き着く先はヘリコプターマネーか?

既にアベノミクスでは、日本銀行が国債を買い入れていますから、ほとんどヘリコプターマネー政策と同じことをやっています。というより中央銀行の国債の買いオペ自体が広い意味ではヘリコプターマネー政策とも捉えることができます。

ヘリコプターマネーの特徴は、新規の経済政策のための国債発行額を中央銀行が直接買い入れる点(同時性と直接性)にありますが、経済政策と買い入れ額が直接結びついていなくても、また直接引き受けではなく市場から国債を買ってもやっていることは同じだからです。

大規模な財政支出を国債発行で実施するには、FRBの金融緩和による利子率の調整が求められるのであれば、究極的にはヘリコプターマネーに行き着くことになります。


【参考】
高橋洋一の俗論を撃つ!ダイヤモンド・オンライン/「ヘリコプターマネー」の効果はアベノミクスとほぼ同じ/2016/07/14

トランプ経済学④(公共投資の効果)

トランプ氏の財政政策(公共投資と減税)について見てみましょう。今回は公共投資について考えます。

■大規模なインフラ投資

トランプ氏は規模は明らかにしていませんが、クリントン候補の倍以上のインフラ投資を行うと選挙前に発言しています。これが事実なら5年間で5000億ドル以上の極めて大規模な公共投資を行うことになります。

一方でトランプ氏は大規模な減税を打ち出していますから、公共投資の財源は国債発行によって賄うことになります。

つまり借金をして支出に使うということですが、これ自体は景気浮揚策としては誤りではありません。誰かが支出を増やさなければ経済は廻らないわけですが、もし民間が支出しないなら政府が支出するしかないからです。


■クラウディング・アウト

しかしながらその一方で公共投資にはクラウディング・アウト(押し出し効果)と呼ばれる副作用が生じます。

クラウディング・アウトとは、政府支出の増加が利子率(金利)を上昇させて、民間の投資を減少させてしまう現象をいいます。 政府需要の拡大が民間需要を押し出してしまうのです。

たとえば公共投資を行う財源として国債を発行すると、資金市場での需要が増加することになる(借り手が増える)ので、資金調達コストである利子率が上がります。

利子率が上がれば設備投資や住宅投資などのための借入が減少するので、民間投資が減少することになります。


■マンデル=フレミング効果

経済学ではマンデル=フレミングモデルというものがあります。これは固定相場制や変動相場制における金融政策や財政政策の国民所得に与える影響についての理論的なモデルです。

ロバート・マンデルとジョン・マーカス・フレミングによって考案され、現在の国際経済下での政策を分析するのに大変有用なものであり、マンデル教授は1999年にノーベル経済学賞を受賞しています。

このモデルでは、日本やアメリカなどの先進国の変動相場制の下では、財政政策は効果がないことになります。

先に触れたように、財政政策は利子率の上昇を招きますが(クラウディング・アウト)、その結果、自国通貨が増価して輸出が抑制されるからです。

日米を例にすると、アメリカの財政支出の拡大はドル建ての債券の利子率(収益率)の相対的な上昇を招き、ドル建ての債券の需要が増加します。ドル建ての債券ですからドルの需要が高まり、円売りドル買いが進んで円安ドル高になります。これはアメリカの輸出の減少(日本の輸出の増加)につながります。

以上、財政支出の拡大は利子率の上昇から民間投資の抑制と輸出の減少という副作用を招き、総需要拡大を抑制してしまうのです。

トランプ氏の言う財政支出を行うとクラウディング・アウトが生じる可能性があります。実際にトランプ氏当選以降、これを見越してかアメリカの10年物国債の金利が上昇しています。

トランプ経済学③(保護貿易主義)

自由貿易の利益は、余剰分析という考え方によっても説明できます。

■供給曲線と需要曲線

余剰というのは、「取引の結果得られる利益」という意味で、大きく消費者余剰と生産者余剰に分けることができます。

少し長くなりますが消費者余剰と生産者余剰について説明したいと思います。まず下図は国内だけを考えた供給曲線と需要曲線です。
余剰分析①
供給曲線は、価格と供給量の組み合わせです。たとえば、100円なら1個供給して販売する、200円なら2個供給して販売するといった具合です。

需要曲線は、価格と需要量の組み合わせです。たとえば、700円なら1個需要(≒購入)する、600円なら2個需要(≒購入)するといった具合です。

市場全体の需要曲線と供給曲線が折り合うところで市場価格が決まります。上図で言えば、市場価格は400円で取引量は4個ということになります。


■消費者と生産者の取り分

余剰分析②
さて市場価格が400円で決まると、700円で買おうとしていた人も600円で買おうとしていた人も500円で買おうとしていた人も400円で買えるわけですから、得をするわけです。この払わなくて済んだ分の合計を消費者余剰といい、上図の青い三角形の面積になります。

一方、100円で売ろうとしていた企業も200円で売ろうとしていた企業も300円で売ろうとしていた企業も400円で売れるわけですから、得をするわけです。この高く売れる分の合計を生産者余剰といい、上図の薄いグレーの三角形の面積になります。


■自由貿易によって必ず社会全体の利益は増加する

余剰分析③
さてここで関税が撤廃され、海外から安価な製品が流入したとします。海外の安くても供給しようとする生産者の参入により、国内の生産者と海外の生産者を合わせた供給曲線は上図のように下側にシフトします。

国内だけを考えた場合と比較して、消費者余剰は必ず増加します。一方、生産者余剰の増減は不明ですが、生産者余剰の一部は海外の生産者に渡りますので、国内の生産者余剰は必ず減少します。

では消費者余剰と生産者余剰を足し合わせた社会的総余剰はどうでしょうか。国内だけを考えた場合と比較して、社会的総余剰は必ず増加します。よって貿易自由化を進めて社会的総余剰を拡大させ、その中から補助金などを使って損をした生産者に再分配するというのが経済学の常識です。


■建前上TPPには参加しないが…

自由貿易は安価な製品の流入によって消費者が得をし、国内生産者が損をするが、これまでの経済発展から貿易は社会全体の利益をもたらすということは感覚的にも理解できると思います。

以上、比較優位説と余剰分析から自由貿易の利益を見てきました。歴史上、自由貿易を否定して経済発展したケースはありません。

当選後、トランプ氏は共和党主流派との歩み寄りの姿勢を見せていますが、TPP参加は難しいにせよ、自由貿易主義の共和党の意見を取り入れて、2国間での自由貿易協定に乗り出すのではないかとの見方があり、その可能性は高いかもしれません。


【参考】
『戦後経済史は嘘ばかり』髙橋洋一著 PHP研究所



トランプ経済学②(保護貿易主義)

日が経つにつれ、トランプ氏の発言が現実的(控えめ)になり、選挙前と打って変わって、好意的な論評が目立ち始めています。TPPについても依然、悲観的な見方が主流ですが、「トランプ氏はビジネスマンだから利益があると分かれば乗るのではないか」という声もありますが、さてそこまではどうでしょうか。


■二刀流は正しいか?

前回の比較優位説の考え方を少し身近なケースに応用してみましょう。

「やり手の弁護士で家事も得意な妻と家事は人並み以下の夫」という夫婦がいたとして、「妻が弁護士業と家事の両方やるのが合理的か」という問題を考えてみます。

この場合、妻には弁護士業に専念してより沢山稼いでもらい、夫は家事に専念してもらったほうが夫婦全体の利益にかなっています。さらに専業化すれば夫の家事も上達し、人並みくらいにはなるはずです。

これは「事務処理も得意な弁護士」でも「野球もゴルフも才能がある若者」でも同じです。前者であれば事務処理は秘書に任せたほうがよいし、後者であればどちらかより才能に恵まれたほうを選択するほうがよいです。

世の中には何でもそつなくできる人はいますが、それでも何か1つの職業に特化したほうがよいのです。

比較優位説は単なる分業のメリットを説いているものだということがお分かり頂けると思います。


■保護貿易は分業の否定に他ならない

保護貿易が自分たちの利益につながると考えるアメリカの人たちは、次のような事実を考えてみるとよいかもしれません。

アメリカ国内では歴史的にはフロリダではオレンジを栽培し、テキサスでは石油を採掘し、カルフォルニアではワインを生産し、ミシガンでは自動車を生産してきました。

もし自分の州で生産されたものしか消費できなかったら、今日の生活水準は実現しなかったでしょう。州を国に置き換えれば、貿易の利益は明らかです。

自由貿易を否定することは究極的には全部自分たちで賄うということですから、分業の否定に他ならないのです。


【参考】
『マンキュー経済学I ミクロ編 第2版』N.グレゴリー マンキュー著 東洋経済新報社


トランプ経済学①(保護貿易主義)

先週はアメリカの大統領選の話題一色でした。水曜午前中にトランプ氏優勢が伝えられると、日経平均株価は急激に下落、9日には1000円近く下落したものの、翌日には急反発し、1000円以上の値上がりで終えました。

トランプ氏の勝利演説が好感的に捉えられたからとの報道がありますが、ニューヨークのダウ平均株価が上昇したことを受けて慌てて買い戻したというのが実情でしょう。

トランプ氏については、国内では安全保障面でのリスクを中心に取り沙汰されていますが、経済政策面ではどうなのでしょうか。

ダウ平均株価が上昇したところを見ると、少なくともマーケット関係者の間ではトランプ氏の経済政策はそれほど否定的と見られていないと考えることもできます。実は日本でも以前よりトランプ氏の経済政策は割とまともなのではないかという意見はありました。


■トランプ氏の経済政策

トランプ氏は勝利演説の中で「経済成長率を2倍にする」と宣言しました。またトランプ氏の公約「100日プラン」を見ると、経済政策的には大きく①保護貿易主義②大規模な財政拡大③大幅な減税に集約されると考えられます。

トランプ氏の政策の不確実性は、共和党的な政策と独自色が入り混じっていて、何をやろうとしているのか分かりにくいことにあります。
たとえば大規模な財政政策は大きな政府志向のある民主党的である一方、減税政策は小さな政府志向である共和党的な政策と言えます。オバマ政権下で進められたTPPも従来の共和党の政策とは相容れないものではありませんが、トランプ氏は離脱の立場です。

このあたりの不透明さは今後も世界経済のリスク要因として残り続けるでしょう。


■保護貿易は経済学的に「あり得ない」

トランプ氏の経済政策の中で最も取り沙汰されているのが、保護貿易主義です。保護貿易は経済成長につながらず、結果的には自国民の生活に悪影響を及ぼすことは実証されています。これは経済学的には比較優位説と余剰分析によって説明されます。


■貿易の利益は200年前に明らかにされている

比較優位説とは、イギリスの経済学者、デヴィッド・リカードが19世紀に提唱した交換(トレード)の利益を表したものです。経済学の基本中の基本の考えであり、異を唱える経済学者はまずいません。

比較優位説は、かなり大雑把に言えば、各国が自国内で効率的に生産できる産業に特化し、余剰生産物を取引することで結果的に相互が得をするという考え方です。


たとえばA国(人口6人)は農産物1単位の生産に4人の労働力を必要とし、工業製品の生産に2人の労働力を必要とするとします。一方、B国(人口15人)は農産物1単位の生産に5人の労働力を必要とし、工業製品の生産に10人の労働力を必要とするとします。

この場合、A国はB国に比べて農産物も工業製品も少ない労働投入量で1単位を生産できますが、両方の製品を生産するのは好ましくありません。仮に両国全体で見て極めて生産性の高い工業製品の生産にA国が特化し、思い切って農産物の生産をB国に任せたとします。

この場合、両国で工業製品を3単位(6÷2)、農産物を3単位(15÷5)生産できますから、A国が両方の製品を生産した場合(よってB国も両製品を生産することになる)の「農産物2単位:工業製品2単位」より、両製品の総生産量が増加することになります。あとは国内消費しきれなかったものを貿易によって交換すればよいのです。

比較優位説は全体で見て最も大きな生産が可能となるように分業の仕組みをデザインしようというもので、おおよそ分業とはそういうものであることはややこしい数値例を出さなくてもイメージできるのではないかと思います。国際貿易はそのような分業の仕組みなのです。
(つづく)


正しい目標設定⑥

さて、これまで達成目標を学習目標と業績目標の2つに分類し、業績目標(自分の能力を肯定的に評価されたい、あるいは否定的な評価を免れたいという目標)は、自分の能力以上の目標を回避する傾向があること、業績目標よりも学習目標を意識させることが大事であることを指摘しました。


■業績接近目標と業績回避目標

業績目標を、業績接近目標と業績回避目標の2つに分類するという考え方もあります。

業績接近目標は、ポジティブな評価を得たいという動機が強い場合に意識されるものです。

業績回避目標は、ネガティブな評価を避けたいという動機が強い場合に意識されるものです。

学習目標や業績接近目標は成功期待が強い場合に意識され、業績回避目標は、失敗懸念が強い場合に意識されます。



■「自分はまだ本気出してない」症候群

業績回避目標を持つタイプは、自分の価値が傷つくのを回避するために、あえて努力を差し控える傾向があることが指摘されています。無能さを露呈させないためには、無用な失敗を避けることが必要であり、そこであえて努力しないという戦略が使われるのです。

全力で取り組んで失敗した場合には能力の欠如が明らかですが、「本気を出していないだけ」という言い訳の余地を残すことで自己防衛を図るのです。

ちなみに、わざと手を抜いて自分にハンディを付けることで、万一失敗したときの印象の悪化を和らげようとすることをセルフ・ハンディキャッピングと言います。試験前に「体調が悪くて勉強できない」「他のことが重なって十分時間が取れない」ことを殊更に強調するケースがありますが、セルフ・ハンディキャッピングの例と言えます。


■「自分ならできる」と思わせることが大事

さて、このように業績回避目標は明らかにモチベーションの阻害要因となりますので、モチベーション・マネジメントの観点からは何らかの対策が必要になります。

1つは、これまで見てきたように、学習目標を持つように促すことです。そしてもう1つは、目標設定以前に「自分ならできる」という自己効力感を持たせるようにすることです。

自己効力感については、また回を改めて取り上げたいと思います。


【参考】
『モチベーションの新法則』榎本博明著 日本経済新聞出版社


正しい目標設定⑤

前回、達成目標には、学習目標と業績目標の2つがあることを指摘しました。
学習目標とは、何か新しいことを理解したり習得したりできるように自分の能力を高めようとする目標のことです。
一方、業績目標とは、自分の能力を肯定的に評価されたい、あるいは否定的な評価を免れたいという目標のことです。
学習目標と業績目標のどちらを持つかは、本人が無意識に抱いている知能感によって決まることが指摘されています。


■学習目標と業績目標

知能というものは固定的なもので変わらないという知能固定観を持つ人は、業績目標を持ちやすいと言われます。知能は努力では変えられないと信じているために、能力向上を目指すよりも、能力を高く評価されることを求めるのです。

一方、知能は鍛えることで向上するという知能漸増観を持つ人は、学習目標を持ちやすいと言えます。知能は努力によって向上させられると信じているために、現時点でどう評価されるかにこだわるよりも、もっと能力を向上させることを求め、それが熟達志向の行動をもたらします。

前回、触れたように、業績目標を持つタイプは、受け入れられる目標の難易度は自分の能力に依存してしまいます。一方、失敗を前向きに捉えることができる学習目標を持つタイプは、より高い目標を受け入れ、粘り強く取り組むことができます。


■「結果にこだわれ」も「ベストを尽くせ」も誤り

よく「結果にこだわれ」と言いますが、これまでの話からあまり適切な助言でないことが理解できると思います。

逆に「(結果よりも)ベストを尽くしたかが大事」という言い方もされますが、「正しい目標設定①」で触れたように、これも曖昧すぎて適切ではありません。

業績目標(=結果責任)の反対は「ベストを尽くせ」というような曖昧な目標と捉えられがちですが、そうではありません。「何をやるべきか(できるべきか)」を具体化することが重要です。

これまでの研究より、具体的で困難な学習目標を与える方が、具体的で困難な業績目標を与えたり、「最善を尽くせ」型の曖昧な目標を与えたりするよりも、高い業績につながることが明らかにされています。



■モチベーション・マネジメントで求められること

モチベーション・マネジメントの観点からは、できるだけ部下に業績目標ではなく、学習目標を持つように促すことが求められます。

学習目標を促進するためには、課題を与える際に、結果よりも熟達を意識させるように留意する必要があります。

また周囲からの評価を気にして結果にこだわるタイプには、無意識のうちに持っている知能固定観を知能漸増観に変えさせていくような教育的働きかけが必要になります。


学習目標と業績目標の違いだけでなく、その背後にある知能観についても配慮したアドバイスが求められるのです。


【参考】
『モチベーションの新法則』榎本博明著 日本経済新聞出版社

正しい目標設定④

目標に対する意欲は、失敗に対する態度によっても異なります。たとえば失敗を過度に恐れるタイプであれば、あまり高い目標を目指そうとしないでしょうし、逆に失敗を恐れない、失敗も経験のうちだと解釈するタイプであれば、高い目標を受け入れ意欲的に取り組むでしょう。


■学習目標と業績目標

達成目標には、学習目標と業績目標の2つがあります。

学習目標とは、何か新しいことを理解したり習得したりできるように自分の能力を高めようとする目標のことです。

一方、業績目標とは、自分の能力を肯定的に評価されたい、あるいは否定的な評価を免れたいという目標のことです。

たとえば、新たな部署に配属された場合、学習目標を持つタイプは、その部署で必要な知識やスキルを獲得して能力を高めたいと思い、あらゆることに積極的にチャレンジして学ぼうとします。能力を高めたい、成長したいという思いが強ければ、困難に直面しても「これも勉強だ」「成長するチャンスだ」と思って粘り強く積極的にチャレンジできます。

一方、業績目標を持つタイプは、その部署で能力を評価されたい、できないヤツと見られたくないと思うため、できそうなことには積極的でも、上手くできそうにないことには消極的になる傾向があります。


■業績目標ではなく、学習目標を持つ

能力の向上を求める学習目標を持つタイプは、失敗しても「これも経験のうち。悪いところを直して次は上手くできるようにしよう。」とかえってモチベーションが刺激され、熟達を目指す挑戦的な反応を示します。

一方、能力への肯定的な評価を求め、否定的な評価を避けようとする業績目標を持つタイプは、自分の能力に自信があるかどうかで反応が異なります。

自分の能力に自信がない場合は、失敗するとモチベーションが一気に低下し、無力感に浸り、挑戦を避けようとします。

自分の能力に自信がある場合は、失敗によってもモチベーションが刺激され、熟達を目指す反応を示す場合があります。
「自分だったら同じヘマをやらずに、今度は能力を見せつけてやるぞ」というわけです。もっとも結局は自分の有能さを傷つけない範囲での話ですから、自分の能力以上と思われる目標なら、せっかくの成長の機会であっても回避する傾向があります。

少しまわりくどくなりましたが、結局は業績目標を持つタイプは、受け入れられる目標の難易度は自分の能力に依存してしまい、失敗を前向きに捉えることができる学習目標のほうがより高い目標を受け入れ、粘り強く取り組むことができます。

よってモチベーション・マネジメントの観点からは、できるだけ部下に業績目標ではなく、学習目標を持つように促すことが求められます。


【参考】
『モチベーションの新法則』榎本博明著 日本経済新聞出版社

正しい目標設定③

目標が低いとモチベーションが上がらず、達成しても自信にならない。反対に目標が高すぎると、達成できず挫折することが多くなるため自信にならず、結局モチベーションが下がる。
ではどうしたらよいでしょうか?

■目標と評価は分ける

取り組む前は、高めの要求水準を持って、多少無理なくらいの高い目標を設定します。たとえば、これまでの実績からして少なくとも100くらいは可能、頑張れば120あたりまで伸ばせるかもしれないという状況で、無難に105あたりを目標にすると、達成はしやすいもののチャレンジ性が乏しいため、モチベーションは高まりません。

同じ状況で、非現実的な150あたりを目標にしたらどうでしょうか。達成はできない可能性は高いもののチャレンジ性が高く、最大限のモチベーションを持って限界に挑戦していくことで、150は無理でも130くらいまでは伸ばせるかもしれません。

少し高い目標のほうがチャレンジ精神を引き出して高い成果を生み出します。ただし結果が出た後は、要求水準を現実的な水準に引き下げるのが、モチベーションを維持するコツとなります。

少し高めな150を目標にして、たとえ130に終わったとしても、評価時点での要求水準を現実的な100に置きます。すると、130というのは、これまでの実績からして可能と思われた100をはるかに超えているばかりでなく、頑張れば到達する可能性もあると思われた120をも超えているので、十分納得することができ、達成感や熟達感を得ることができます。その結果、モチベーションを高く維持することができます。


■目標は高く評価は現実的に

目標を低い水準にすれば(例:100)にすれば、高い成果(130)は得られず、かといって高すぎる目標(150)を設定すれば、達成できずに挫折感を味わうことになります。よって目標は高めにおきつつも実績がこれまでよりも高ければそれは公正に評価するという2つの軸を設定することが求められます。事後の評価では、どれだけ上回ったかを評価することも大事です(達成120と130で差をつける)。

目標は高く設定しつつも評価は現実的にすることで、「正しい目標設定①」で触れた天井効果(目標を達成するとそれ以上に頑張らなくなること)を避けることが可能になります。

天井効果の要因の1つは、これ以上頑張って今期あまりに高い実績を残すと、次期にもっと高い目標を課せられて苦しむことになると予想するため、ほどほどにしておこうという心理が働くということでした。目標達成に至らなくても実績評価を現実的に行えばこのようなことは起きにくくなるでしょう。

また2つめの要因である「ノルマを達成したかしないかだけで評価がなされ、目標を上回った部分に対する評価がないと、目標以上の成果を出しても意味がないと判断され、目標達成が見えてきたら、もう頑張る気力が沸かなくなるということ」も避けることができます。


■目標は高ければよいわけではない

もっとも高い目標のほうがチャレンジ精神を引き出して高い成果を生み出すといっても、非現実的な目標(例:200)だと、最初から無理だと諦めてしまいモチベーションは上がりません。

また達成動機が弱い人は、そもそもチャレンジを好みませんから、高い目標を設定してもモチベーションが上がるとは限りません。

よって、現実的な範囲で高い目標を設定する、達成動機の強弱に応じて目標を設定する、達成動機が弱い人は成長したいという欲求を持たせるといった配慮が必要になります。


【参考】
『モチベーションの新法則』榎本博明著 日本経済新聞出版社



プロフィール

三枝 元

Author:三枝 元
1971年生まれ。東京都在住。読書好きな中年中小企業診断士・講師。資格受験指導校の中小企業診断士講座にて12年間教材作成(企業経営理論・経済学・組織事例問題など)に従事。現在はフリー。
著書:「最速2時間でわかるビジネス・フレームワーク~手っ取り早くできる人になれる」ぱる出版 2020年2月6日発売
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