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ビジネスモデル⑨(顧客価値を考えるヒント4:ブルーオーシャン戦略)

前回は、顧客価値を考える際に、「不便」「不必要」「不確実」を取り除くという観点があることに触れました。

このうち、やりすぎから「不必要」を取り去る、つまり顧客にとって必要な価値の提供にしぼるということでは、ブルーオーシャン戦略の考え方を利用することができます。


■ブルーオーシャン戦略を利用する

ブルーオーシャン戦略とは、競合企業との競争によって血塗られた既存の事業領域(レッド・オーシャン)ではなく、従来存在しなかったまったく新しい市場(ブルー・オーシャン)を生み出すことで、新領域に事業を展開していく戦略のことです

新市場を創造することにより、他社と競合することなく事業を展開することが可能になります。

ブルーオーシャン戦略は、日本語版が2005年に発刊しベストセラーになりましたから、ご存知の方も多いかもしれません。ビジネスモデル関連の書籍でもよく取り上げられています。


■同業他社とは異なるメリハリをつける

ブルーオーシャン戦略の考え方の要旨は、単純に言えば、同業他社とは異なるメリハリをつけるということです。ブルーオーシャン戦略では、次の4つの観点から事業を考えます。

●業界では当たり前とされるどの要素を「取り除く」べきか?
●どの要素を業界標準以下へと「減らす」べきか?
●どの要素を業界標準より「増やす」べきか?
●業界でこれまで提供されていないどの要素を「付け加える」べきか?

4つの観点を考える際には、戦略キャンパスと呼ばれるフレームワークを使用します。横軸には業界の競争要因を縦軸にはその水準をとり、チャート化(価値曲線と呼ばれる)します。

下の図は一般理髪店とQBハウスをチャート化したものです。業界では当然とされていた各種付随サービスを削ってカットに専念し、時間短縮による高回転、低価格を実現するというビジネスモデルを採用しています。
ブルーオーシャン
このように業界が提供している機能を把握した上で、それとは異なるメリハリをつけるのです。

【参考】
『ブルー・オーシャン戦略』W・チャン・キム、レネ・モボルニュ著 ランダムハウス講談社
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ビジネスモデル⑧(顧客価値を考えるヒント3:顧客の不都合を取り去る)

前回は、顧客価値を消費者の一連の活動から考えるということを取り上げました。
売り手側としては、この一連の活動の中で消費者がつまずいている点を解消するという価値を提供することができます。その際には、3つの「不」を取り去るという観点を持っておくとよいでしょう。


■使用上の「不便」を取り去る

「使いやすさ」「気軽さ」「頼みやすさ」「わかりやすさ」など、「にくさ」を「やすさ」に変えるということです。

例えば、アマゾンは書籍の購入にあたり、書店に行って在庫があることを確認し購入して持って帰るという手間を、ネット注文・即日配送という形で軽減しています。またレコメンデーション機能は買いやすさを提供しているとも言えます。

スタッフのアドバイス、オススメの提示なども「やすさ」の提供と言えるでしょう。


■やりすぎから「不必要」を取り去る

顧客にとって必要な価値の提供にしぼるということです。これは「使いやすさ」に関連します。

商品・サービスは、他社との競争の結果、過剰機能化しがちです。一般的な使用では不必要なスペックやオプションを盛り込みがちで、かえって使いにくさが目立ったり、(余計なコストが反映された分)価格が高すぎてしまったりといったことがありえます。

この場合、商品やサービスのパッケージをアンバンドリング(分解)して、必要な価値の提供にしぼることで、「使いやすさ」を提供しつつ価格を抑えるという価値を提供することができます。

例えば、QBハウス、シンプル携帯電話、立ち飲み屋などが、「不必要」を取り去ったケースでしょう。


■ガッカリ感とも言うべき「不確実性」を取り去る

顧客が購入する前に感じる「購入後の後悔」を解消するということです。購入には何らかの不確実性が伴いますが、それが実際の購入を躊躇させます。この不確実性を取り除くことで購入へと結びつけるのです。

特にサービスの場合、製品と異なり、事前に実物を確認してみることができませんから、不確実性の軽減が大きな課題となります。

また消費者は購入後に何らかの不満(後悔)を感じやすいと言われています。たとえば「やっぱりあっちの製品のほうがよかったかな」とか「もう少し様子を見たほうがよかったな」とかいったことです。

この不満が解消できないと、悪いクチコミとして広がる可能性があります。悪いクチコミは良いクチコミの3倍早く(広く)広まると言われていますので放置するわけにはいきません。

手段としては、返品自由、価値保証(成果課金)、従量料金制、お試し利用などが考えられます。


【参考】
『ビジネスモデルのグランドデザイン』川上昌直著 中央経済社
『そのビジネスから「儲け」を生み出す 9つの質問』川上昌直著 日経BP社
『これから伸びる人の必修科目「ビジネスモデル」のきほん』川上昌直著 翔泳社

ビジネスモデル⑦(顧客価値を考えるヒント2:消費者の活動を考える)

顧客価値を考える際には、「顧客が片付けたがっている用事」に着目しますが、その際には、消費者の活動を意識することも有効です。


■消費者が持つ様々な用事を考える

消費者の活動にかかわるコストは、一般的にライフサイクルコストと呼ばれますが、これは商品の購入から廃棄までのコストを扱ったものです。しかしながら、消費者の負うコストはそれだけではありません。

消費者は、用事を片付けることを認識し、そのための手段を考え、実際の商品やサービスを購入し、用事を片付け、いずれは商品やサービスの利用をやめるなり、再購入するなりします。

消費者の一連の活動を整理してみます。消費者の活動は、次の順に分類されます。

<購入ステージ>
①問題認識(ニーズの顕在化)
②情報探索
③商品選択
④注文
⑤配送
⑥支払い(ファイナンス)
⑦商品受け取り

<用事解決ステージ>
⑧商品据付・組立
⑨使用マスター
⑩用事解決

<継続ステージ>
⑪商品返品
⑫メンテナンス
⑬商品廃棄
⑭商品取り替え・アップグレード


■消費者がつまずいているところはどこか?

売り手側としては、この一連の活動の中で消費者がつまずいている点を解消するという価値を提供することができます。

この中で最も大事なのは、言うまもなく商品やサービスを雇う理由である「⑩用事解決」です。
用事を解決しない商品・サービスはそもそも雇われません。たとえば掃除機であれば、「部屋のゴミやホコリを掃除する」がこれに当たります。これを商品・サービスの本質的な用事としましょう。

一方、消費者はそれ以外の面でも付随的な用事(あるいは用事解決にあたっての障害)を抱えており、それが上の消費者の一連の活動になって現れます。そしてそのいずれかに不満を持っている可能性があります。

不満の解消というと、「支払い(もっと安くして欲しい)」かもしれませんが、それ以外でも顧客に貢献することができます。

たとえば「③商品選択」の手間を省きたい(選びやすくして欲しい)とか、「⑧商品据付・組立」や「⑨使用マスター」の手間を省きたいというニーズはあると思います。「⑪商品返品」のしやすさや「⑫メンテナンス」の容易さも同様です。

消費者の活動を広く俯瞰することで、自社が提供できる価値が見つけられます。そしてその価値に反応しそうな買い手にアピールすればよいのです。

今回は消費者を題材にしましたが、法人(組織)であっても応用することができます。


■企業のゴールは消費者のスタート

企業(売り手)からすれば、ものを仕入れて製造して販売すれば、活動としては終わりかもしれません。

しかしながら消費者(買い手)からすれば、「購入して使用して用事を片付ける」ことで活動が終了します。

企業のゴールは消費者にとってのスタートであることを意識する必要があるでしょう。


【参考】
『ビジネスモデルのグランドデザイン』川上昌直著 中央経済社
『そのビジネスから「儲け」を生み出す 9つの質問』川上昌直著 日経BP社
『これから伸びる人の必修科目「ビジネスモデル」のきほん』川上昌直著 翔泳社

ビジネスモデル⑥(顧客価値を考えるヒント1:使用シーンを考える)

前々回取り上げた兵庫県立大学の川上昌直教授の「ビジネスモデルの9セル」に沿って、まずは顧客価値を考える際のヒントを紹介したいと思います。


■顧客が片付けたがっている用事は何か?

まずは「ビジネスモデルの9セル」に沿って顧客価値を考える際のポイントは次の3つです。

①顧客は誰(WHO)?
②何を提案(WHAT)?
③どう違う(HOW)?

「顧客は誰か」を特定できれば、「何を提案するか」は自ずと決まりますから、両者は不可分です。

マーケティングの大家であるセオドア・レビットの「顧客はドリルではなく、穴を欲している」という名言を出すまでもなく、顧客は「モノ」ではなく「問題解決」を欲しています。

「どのような状況で、顧客は何を欲しがっているのか?(問題解決=ソリューション)」に注目することが顧客価値を考える上での前提になります。「顧客は抱えている問題の解決のために製品(やサービス)を雇う」(クリステンセン)のです。

ただし顧客に「どのような問題解決を望んでいるのか」を尋ねても、なかなか答えにくいでしょう。ユーザーは現行の製品やサービスに慣れ親しんでしまっており、「この製品はそういうものだ」と考えてしまっているからです。

そうであるならば顧客自身がまだ気がついていない価値を見つけ出し、こちらから気がつかせることで独創的な価値(どう違うか)を提案することができます。ウォークマンにせよ、パソコンにせよ、スマホにせよ画期的な製品の多くは、必ずしも消費者が望んでいたから生まれたのではないことに注意する必要があります。

さらに顧客視点ということであれば、サービス業的な視点が求められます。製造業では自社の技術や製品を軸に新製品を発想しがちですが、それが本当に需要があるものなのかは別です。その点ではサービス業の方が顧客視点で考えやすいと言えます。

「製造業であれ小売業であれ、程度の差はあれどすべての会社はサービス業である。(レビット)」ことを念頭におくとよいでしょう。


■顧客の使用シーンを考える

しかしながら「顧客自身がまだ気がついていない価値を見つけ出し、こちらから気がつかせる」といっても、それは簡単なことではありません。顧客にとっての潜在的な価値を見つけ出すにあたっては、顧客の使用シーンを考えることもヒントになります。

商品・サービスは、消費者にとっての価値・使用場面に応じて次のように分類されます。

①越境財
消費者の環境変化を作る原因となるアイテム

例:インターネット、自動車・バイク、旅行・観光、アミューズメント施設

②守護財
消費者の危機を救い癒しや慈悲をもたらすアイテム

例:食品・飲料、銀行・保険、ホームセキュリティ、家電、家具・インテリア、美容。健康機器、アクセサリー

③強化財
消費者を成長させ活力や能力を高めるアイテム

例)パソコン、ステーショナリー、書籍、スポーツ用品、ファッション、食品・飲料、教育

④報酬財
消費者の勝利により獲得・贈与されるアイテム

例)住宅、高級車、宝飾品、貴金属、教育、アルコール類、嗜好品

新しい顧客価値を提案するにあたっては、何も新しい製品やサービスを開発する必要はありません。既存の製品やサービスの新たな用途を提案することも新しい顧客価値の提案になります。

同じ製品(サービス)であっても、その価値は人それぞれです。たとえばデジタルカメラは、「思い出の記憶媒体」「気軽に楽しめる趣味」「業務上必須なもの」と人によって用途や価値は異なります。

「自社の製品・サービスはどのような顧客にとってどのような価値があるか?(どのような価値を提供したいか?)」を考える際に、自社の製品・サービスが上記の4つのどれに当てはまるのか(当てはめたいのか)を考えてみるのです


【参考】
『ビジネスモデルのグランドデザイン』川上昌直著 中央経済社
『そのビジネスから「儲け」を生み出す 9つの質問』川上昌直著 日経BP社
『儲ける仕組みをつくるフレームワークの教科書』川上昌直著 
『事例でわかる物語マーケティング』山川悟著 日本能率協会マネジメントセンター

ビジネスモデル⑤(ビジネスモデル構築の手順)

前回は、兵庫県立大学の川上昌直教授の「ビジネスモデルの9セル」を取り上げました。今後、このモデルに沿って話を進めていきたいと思います。今回はビジネスモデル構築の手順について取り上げます。
ビジネスモデルの9セル
■ビジネスモデル構築の手順

「ビジネスモデルの9セル」に沿ったビジネスモデル構築の手順は、次のとおりです。

(1)顧客価値を定義する
⇒自社と他社で顧客価値の違いをどのように出すか?

(2)利益の取り方を設計する
⇒自社の価値提案で積極的にどんな利益の取り方ができるのか?
※顧客価値が平凡でも利益の取り方が面白ければユニークなビジネスモデルになる。

(3)プロセスを設計する
⇒顧客価値提案と利益設計の組み合わせをどのように実行するか?



■ビジネスモデルと事業計画の違い

よくビジネスモデルと事業計画は同じもののように考えられます。しかしながらビジネスモデルと事業計画は似て非なるものです。

事業計画が「これを売ったらどれくらいの利益が取れるか」を表すものであるのに対し、ビジネスモデルは「この価値提案で積極的にどんな利益の取り方ができるのか」を示すものです。

つまり事業計画は規定の事業内容を所与として実現する利益のシミュレーションであるのに対し、ビジネスモデルは価値提案を考え、利益のとり方そのものを創造するというイノベーティブなものです。


■失敗から迅速に学ぶ

ビジネスモデルの構築を含めイノベーションには仮説検証型のビジネスサイクルが求められます。

アントレプレナーとして豊富な実績のあるスティーブ・ブランクは、スタートアップ企業の立ち上げについて、次の4ステップを挙げています。

① 顧客発見(聞いて発見)
② 顧客実証(売って検証)
③ 顧客開拓(リーチを検証)
④ 組織構築(本格拡大)

そして、もし②の「顧客実証」でつまずいたら、ピボット(軌道修正)して①に戻ります。

ブランクは「スタートアップにチームは2つだけでいい。商品開発と顧客開発だ。マーケティングも営業も事業開発もまずは要らない。」といいます。


ビジネスアイデアやビジネスモデルの失敗は、「商品やサービスを開発したのはいいけれど、顧客がいなかった」というケースが多いでしょう。またビジネスは当初のねらいどおりにいくとは限りません。失敗から迅速に学ぶことが求められます。つまり仮説検証サイクルです。


■「完全にしてからやる」「とにかくやる」は間違い

ブランクの弟子であるエリック・リースは、仮説検証サイクルを「構築・計測・学習」サイクルと呼び、その検証のためにつくる試作品のことをMVPと名付けました。MVPは最優秀選手ではなく、実用最小限の製品(Minimum Viable Product)のことです。

リースは、スタートアップ企業の立ち上げには「無駄なものを作らない」というリーン・スタートアップが重要だとしています。リーン・スタートアップの要点は次の3つです。

・顧客提供価値が上がるものだけをやる。
・検証できる・学びにつながるものだけをやる。
・MVPで構築・計測・学習サイクルを高速回転する。

ここでは顧客に価値を提供できないものはもちろん、検証や学びにつながらないものもすべて無駄とされます。不確実・不透明なイノベーションの現場では、「完全にしてからやる」「とにかくやる」は間違いなのです。

冒頭に挙げた「ビジネスモデルの9セルに沿ったビジネスモデル構築の手順」でも、仮説検証のサイクルが求められることは言うまでもありません。


【参考】
『これから伸びる人の必修科目「ビジネスモデル」のきほん』川上昌直著 翔泳社
『ビジネスモデル全史』三谷宏治著 ディスカヴァー・トゥエンティワン



ビジネスモデル④(ビジネスモデル構築のためのフォーマット)

気が付けば前回で本ブログも300回を迎えていました。お忙しい中、赤の他人の細々としたブログをお読み頂ける方がわずかでもいるとはほとんど奇跡な気がします。ありがとうございます。

今回は、ビジネスモデル構築のためのフォーマットを紹介したいと思います。


■ビジネスモデル構築のためのフォーマット

ビジネスモデル構築のためのフォーマットにはいくつかのものが提案されていますが、最も有名なのが「『ビジネスモデル・ジェネレーション』アレックス・オスターワルダー、イヴ・ピニュール著 翔泳社」で紹介されたビジネスモデル・キャンパスでしょう。
ビジネスモデルキャンパス
これは、本ブログの「ビジネスモデル②(ビジネスモデルの構成要素)」のビジネスモデルの構成要素で紹介したものです。

確かにビジネスモデルで必要な要素を網羅的に扱っており、投資家など資金調達先への説明としては適しているように思います。最終的にはすべてのマスが整合性を持ってきちんと論理的に埋まることが求められます。

しかしながら、スタート段階でとりあえずどのようなビジネスモデルがあり得るか考えてみるには、あまり気軽に使えないような気がします。


■ビジネスモデルの9セル

手っ取り早くビジネスモデルを検討する際に有益なものとして、兵庫県立大学の川上昌直教授の「ビジネスモデルの9セル」があります。

細かい説明は次回以降から始めるとして、ざっくり大枠だけ説明します。縦軸には顧客価値、利益(利益の取り方)、プロセス(顧客価価値と利益をどのようなプロセスで実現するか)を取ります。顧客価値、利益、プロセスはそれぞれ誰に(WHO)、何を(WHAT)、どのように(HOW)の観点があり、これらを横軸に取ります。
ビジネスモデルの9セル
アマゾンを例にとると、次のようになります。
アマゾンのビジネスモデルの9セル
【参考】
『ビジネスモデル・ジェネレーション』アレックス・オスターワルダー、イヴ・ピニュール著 翔泳社
『そのビジネスから「儲け」を生み出す 9つの質問』川上昌直著 日経BP社
『ビジネスモデルのグランドデザイン』川上昌直著 中央経済社

ビジネスモデル③(ビジネスモデルを考える上でのありがちな誤り)

ビジネスモデル(あるいは事業)の構想では次のようなことをやりがちですが、ほとんど効果は期待できなしでしょう。


■同業他社の成功事例を追ってしまう

ただの二番煎じになるだけです。すぐに真似できるものであれば、とっくに他社も真似しているでしょうから、結局は過当競争になります。

ただし海外や異業種の成功事例をいち早く取り入れるということは極めて有効です。ビジネスモデルでは創造性が求められますが、それは完全な意味での創造性ではなく(それは有り得ないでしょう)、創造的な模倣という範囲でのことです。


■「何が売れているのか」に注目し真似しようとする

これも同様です。ヒット商品のコピーを作ったところで売れるかどうかは不明です。

ビジネスモデルでは「何が売れているのか」ではなく、「なぜ売れているのか」に注目します。すなわち「顧客が抱える問題点は何か」「どのようなソリューションを望んでいるのか」を明らかにし、それを自社の製品やサービスで解消できないかを考えるのです。


■顧客ニーズに過度にとらわれてしまう

アンケート調査などで顧客の要望を聞いても、創造的な事業構想にはつながりにくいでしょう。顧客は製品やサービスについて素人ですから、所詮「もっと安く」「もっと性能を」といったことに終始しがちです。そのようなことは業界企業であればとっくに知っていることでしょう。

顧客のニーズではなく、こちらから顧客を観察し、潜在的な問題を解消することが望まれます。

たとえばP&Gなどでは参与観察と呼ばれる活動を行っています。これは実際にユーザーの自宅に開発者が一定期間留まり、ユーザーがどのように製品を使用しているのかを観察し、ユーザー自身がまだ気がついていないような問題を掘り起こすのです。

あるいは開発者自身が、製品を一定期間使ってみて、その製品が抱えている問題を炙り出すということもあります。


※誤解がないように触れておくと「顧客の声を聞かなくて良い」ということではありません。「顧客は自社にどのようなイメージを持っていうのか」「顧客は自社のどこに不満があるのか」を聞くことは、改善活動にとっては極めて有効です。ただし不満を聞いてそれを解消しても普通のレベルになるだけで、ユニークな事業構想にはならないということです。


■市場機会に過度に注目してしまう。

一般に市場機会と言われるものについては、業界企業であればどこでも気がついているはずで、既にそれを捉えるべく殺到しているのではないでしょうか。それをとらえるためのよほどの強みがあれば別ですが、そうでなければただの二番煎じになるだけです。

ただし市場を観察し、どこも気がついていないような潜在的な問題を発見するのであれば極めて有効です。

前回触れたように、成熟業界(言い換えれば明らかな市場機会などないような業界)であっても、優れたビジネスモデルによって収益を上げている企業が存在することに着目すべきです。


【参考】
『これから伸びる人の必修科目「ビジネスモデル」のきほん』川上昌直著 翔泳社
『儲ける仕組みをつくるフレームワークの教科書』川上昌直著 

ビジネスモデル②(ビジネスモデルの構成要素)

■ビジネスモデル=儲けるための仕組み

ここでビジネスモデルとは何か定義しておきましょう。ビジネスモデルとは、一言で言えば、「儲けるための仕組み」です。

事業の基本は、「誰に」「何を」「どのように」提供するかですが、これは古くからマーケティング学者のエイベルによってCFTという概念で示されてきました。

<CFT>
① Customer(誰に/対象顧客)
② Function(何を/顧客価値・機能):
③ Technology(どうやって/販売および訴求方法・技術):

ビジネスモデルは、これに「どのように儲けるか」という観点を加えたものと言うことができます。

<ビジネスモデル>
●顧客価値提案
誰に(WHO)
何を(WHAT
●プロセス構築
どのように(HOW)
●利益設計
どのように儲けるか(HOW)


■ビジネスモデルの構成要素

さて話の流れ上、顧客価値提案、プロセス構築、利益設計の順で取り上げましたが、ビジネスモデルの構築に当たっては、顧客価値提案、利益設計、プロセス構築の順で検討することになります。

すなわち「この価値提案で積極的にどんな利益の取り方ができるか」を検討し、最後に「それをどのようなプロセスで実行するか」を検討します。顧客価値が平凡でも利益の取り方が面白ければユニークなビジネスモデルになります。

ビジネスモデルについて、もう少し具体的に手順に沿って説明すると、次のようになります。

●顧客価値と収益に関するパート
①特定の顧客層を見定める。
②どのような誰にどのような価値を届けるか(バリュープロポジション)を決
 定する。
③顧客との関係を築く。
④上記を流通チャネル(販路)によって実現する。
⑤収益がもたらされる。

●活動をいかに効率的に実現するかのパート
⑥必要な資源を準備する。
⑦それを利用して必要な活動を行う。
⑧場合によってはパートナーの力を借りながら、顧客価値を創造する。
⑨上記のコスト構造を把握する。


【参考】
『これから伸びる人の必修科目「ビジネスモデル」のきほん』川上昌直著 翔泳社
『ビジネスモデル・ジェネレーション』アレックス・オスターワルダー、イヴ・ピニュール著 翔泳社

ビジネスモデル①(もうけは業界ではなく仕組みで決まる)

しばらくマクロの視点での話が続きましたので、今回からはミクロの視点に転じたいと思います。テーマはビジネスモデルです。前回触れたように、マクロ環境がいち企業の業績に与える影響は大きいものがありますが、さりとて工夫次第では十分な利益をあげることができます。


■ポーターの5フォースモデル

経営戦略論の主要な考え方の1つにHBSのポーター教授の5フォースモデルというものがあります。これは業界の収益性を業界の構造の観点から分析するものです。

5フォースモデルによれば、産業の収益性は、競争業者、新規参入企業、供給業者、買い手、代替品の5つの競争要因の強弱によって決まります。


(1)競争業者間の敵対関係
ある業界にすでに参入している企業同士、つまり同業者同士の競争関係のことです。同業者同士の敵対関係が激しいほど、価格競争になりがちで、業界全体の収益性も低下する傾向にあります。

(2)新規参入企業の脅威
ある業界に新しく参入しようとする企業が存在し、その業界への参入障壁(ある業界に新規参入しようとする会社にとって、参入を妨げる障害のこと)が低い場合には、競争状態も激しくなります。

(3)代替品の脅威
代替品とは、ある製品と同じ機能を持つ製品であり、その製品を保有することにより従来の製品が不必要になる製品のことです。たとえば固定電話にとっての代替品は携帯電話やスマートフォンです。現行の製品・サービスよりも代替品の価格対性能比が良くなる傾向が強い場合、顧客が代替品に流出したり、既存の製品との競争が激化することになります。

(4)売り手の交渉力
売り手とは、ある業界の企業に対し、製品を生産する部品や原材料を提供する供給業者のことです。この供給業者の持つ部品などが特別に差別化されたもの(特許など)であったり、供給業者の数が少なかったりする場合は、その供給業者の持つ交渉力は業界にとって脅威となります。

(5)買い手の交渉力
買い手とは、ある業界の企業が製品を販売する顧客のことです。買い手の交渉力が強い場合、業界に属する企業の収益性は低くなります。

いち企業の立場からすれば、5つの競争要因の圧力に甘んじるのではなく、差別化や低コスト化を図って収益性を確保するというのがポーターの戦略論の要点になります。

5フォースモデルの内容は普遍的なものであり、経営戦略のテキストでは必ず記載されています。


■儲けに関するありがちな意見

あまり儲けていない企業からは、次のような意見が言われがちです。

・うちの業界は成熟しているから儲からない。
・儲けるには同業他社の成功例を真似るのが一番だ。
・結局のところ顧客は質が高いか安いものしか買わない。
・コストを削って安くしないと儲からない。
・儲けるにはもっとオプションを充実させないといけない。
・儲けるにはすべての商品を1円でも高く売らなければならない。
・儲けるには一度に沢山買ってもらうしかない。

これらはポーターの5フォースモデルに沿った意見と言うことができます。


■もうけのポイントは業界ではなく仕組み

しかしながら、儲かる業界であっても儲けていない企業がいますし、儲からない業界であっても儲けている企業もいます。それはなぜでしょうか?

その1つの答えがビジネスモデルです。すなわち「もうけのポイントは業界ではなく仕組み(モデル)」ということです。
上記の7つの意見について、これからビジネスモデルの考え方を使って反論していきたいと思います。


【参考】
『新訂 競争の戦略』M.E.ポーター著 ダイヤモンド社 
『これから伸びる人の必修科目「ビジネスモデル」のきほん』川上昌直著 翔泳社

経済学を学ぶ意義②(ミクロの視点とマクロの視点)

前回に続き、経済学を学ぶ意義、特に経済学的思考はどのように普段の生活に活かせるかを私見ながら考えてみたいと思います。


■ミクロの視点とマクロの視点

経済学と経営学の間を行ったり来たりしていると、同じ事象でも立場によって考え方がまったく異なることに気がつきます。

たとえばシャープなどの日本のエレクトロニクス業界の不振の原因について、経営学者は個別企業の経営戦略に求めがちです。たとえば新興国市場への進出に出遅れたとか、現地ニーズを掴みきれなかったとか、もともとデジタル財は日本企業の組織運営と相性が悪いとかいったことです。

一方、経済学者はマクロ環境要因に求める傾向があります(もっとも経済学者もいろいろですが)。リーマンショック以降、急激な円高が進み、個別企業の努力でなんとかなるレベルではないといったことです

当たり前と言えば当たり前なのですが、景気が悪ければ企業業績は悪化します。にもかかわらず経営学者は優良企業に着目し、「不景気でも儲かっている企業があるのだから、景気のせいにはできない。儲かっている企業に見習うべきだ。」と主張しがちです。


■特殊なケースは参考にできない?

しかしながらこの主張には少し無理があります。まず不景気でも好業績を上げているエクセレントカンパニーは、「同業他社にはなし得なかった何かをなし得た存在」であると言えます。極端に言い換えれば、「普通では不可能な何か」をやり遂げたので他社から収益を奪うことができたということです。

「普通ではできないこと」であれば、同業他社にとっては参考にしにくいでしょう。経営戦略論には常につきまとう命題ですが、仮に利益のパイが一定だとして、すべての企業が成功例と同じことをやったとしたら、すべての企業が沈没してしまうはずです。


■「たまたま」に注目して意味があるのか?

次に不景気でも好業績を続ける企業は、当然ながらレアな存在です。統計学的に言えば「外れ値」であり、参考にならないので通常は分析の対象から除外します。また企業の成功と失敗には偶然性が大きく作用し、当たり外れは終わってみないと分からないところがあります。程度の差はあれ「たまたま」な部分があるのです。

仮に「たまたま」業績が良い企業を分析しても意味はないでしょう。それまで経営学に傾斜していた私のものの見方に大きな影響を与えた書籍の1つに「『なぜビジネス書は間違うのか』フィル・ローゼンツワイグ著 日経BP社」があります。その中には、「網にたまたま最後まで引っかかっていた小石を取り出して分析しても何の意味があるのか?」とあります。


■カリスマ経営者、いち企業目線で日本経済を語る

経営学者のみならず著名な経営者(たとえばユニクロの柳井社長や、日本経団連の榊原会長など)や有名経営コンサルタント(マッキンゼーやBCG出身者など)の発言を聞いていると、いち企業の目線でマクロ経済を語っているふしがあります。たとえば実証的に効果が測定しにくい(短期的な成果が望めない)成長戦略(特に生産性の向上的なものやイノベーション)を、やたらと強調するといったことです。

それはマスコミやそれに登場する評論家の発言の多くにも感じられます。発言を聞いていると、その人のパラダイム(思考の枠組み)がわかってしまうのです。


■スコープのズームを柔軟に調整する

もちろんマクロ環境がどうであれ、企業としては存続しなければなりません。「財政政策をすべきだ」「金融緩和すべきだ」と経営者にアドバイスするコンサルタントはいません。

ここまでミクロ的な視点を批判してきましたが、私はなにもミクロ的な視点が悪いと言っているわけではありません。経営者としての立場と政策提言者としての立場では視点を変えるべきだということを言いたいのです。

このようにミクロの視点とマクロの視点を使い分けることはビジネスパーソンにとっても必要なことだと思います。個々の努力でなんとかなる部分とそうではない部分は必ずあるし、個々の努力が全体にとってはマイナスということがあり得るからです。

経済学の学習を通じて、スコープのズームを柔軟に調整するクセを身につけたいものです。


【参考】
『なぜビジネス書は間違うのか』フィル・ローゼンツワイグ著 日経BP社

経済学を学ぶ意義①(帰納法と演繹法)

私は某資格受験指導校で中小企業診断士の経済学を担当しています。毎年、受講生の方の反応を見ると、なかなか苦戦をなさっている方が多く見られます。もっとも人のことは言えず、自分が受験勉強した15年ほど前もよくわけが分からず、きちんと理解できたのは、自分が経済学の教材担当となった6年ほど前以降になってからです(ちなみに現在は担当していません)。
中小企業診断士は中小企業に対するコンサルタントの国家資格ですから、「経済学を学んで何か意味あるの?」というのが正直なところではないでしょうか。中小企業診断士では珍しい方かもしれませんが、自分自身が割と経済学が好きなこともあり、今回は、経済学を学ぶ意義、特に経済学的思考はどのように普段の生活に活かせるかを私見ながら考えてみたいと思います。


■文系だと帰納法的になる?

一般的に多くの人は帰納法で考える傾向があります。帰納法とは、簡単に言えば、いくつかの事象から共通する項目を見つけ出してそれを結論にするという思考のことです。「Aさんも死ぬ、Bさんも死ぬ、Cさんも死ぬ。だから人間はみな死ぬ」といった具合です。

では、次の3つの内容から何が結論として言えるでしょうか?

・人材紹介会社には中小企業が多い。
・旅行代理店には中小企業が多い。
・不動産仲介業には中小企業が多い


多くの方が、「サービス業は中小企業が多い」という結論をイメージしたのではないでしょうか。しかしながら、他にも「仲介業は中小企業が多い」「許認可制の事業には中小企業が多い」といった結論でも誤りではありません。

つまり帰納法の問題点は、解釈によっていかようにでも結論が変わってしまうということです。これはサンプル数が少ないと顕著に現れます。

「○○はオススメだよ、買った友達が言っていたから。」というのは、サンプルが1つ(1人の友人の意見)しかないのですから、信憑性に疑念が生じるのは言うまでもありません。このように身近にあることからイメージして考えるというのは典型的な帰納法的発想です。

帰納法的発想は私を含めどちらかと言えば文系の方に多く見られるように思います(もっとも理系の方でも多く見られますが)。この場合、身近なことでイメージしてしまう、身近なことからイメージできないと理解できなくなるおそれがあります。

社会科学系は結果をもたらす変数(要因)が複雑ですから、帰納法的な発想に頼らざるを得ない面があります。よって文化系の人は、どうしても帰納法的な考えを行いがちになるのではないでしょうか。


■経済学は演繹法?

一方、経済学、特にマクロ経済学は、まったく身近なものではありません。「こうなれば円安になる」とか「こうなれば金利が上がる」とかいったことは、金融機関でディーリングをやっているとか、外貨投資や債券投資にのめり込んでいないとイメージしにくいでしょう。普通の人であれば、身近にあることからイメージして考えるというのは困難なはずです。

また経済学は、もともと物理学を範に置いているところがあります。数式を使ったモデルで客観的に経済事象をロジカルに説明したがるということです。

このことは言い換えれば演繹法による論理展開ということもできます。演繹法とは、いわゆる三段論法のことで、絶対的に正しいことや、一般的に正しいと判断されること(前提)から、妥当と思われる結論を導くものです。たとえば「人は必ず死ぬ」「ソクラテスは人間である」という前提条件から、「だからソクラテスは必ず死ぬ」という結論を得ます。

経済学で扱うマンデル=フレミングモデルでは、「変動相場制で財政政策を行った場合のGDPへの影響」は、7つの段階(前提条件)を経て結論が得られます。


■演繹法的思考を磨く

こうして考えると、経済学を学ぶ意義は、演繹法的思考を磨く訓練ということが言えるのではないでしょうか。私たちは「みんながそう言っているから(ただし、本当にみんなかどうかは疑わしい)」とか「今までそうだったから」とか「そのように教えられてきたから」とかいったものに判断が影響されがちです。

経済学を通じて演繹法的にロジカルに考える癖をつけることができれば、意義深いものになると思います。

トランプ政権への現実的な対応は?⑤

■各国首脳は金融政策を理解していない

トランプ大統領の発言を注意深く見ると、円安は為替介入ではなく量的金融緩和によるものだということを知っているふしがあります。ただし政治家の金融政策の知識はかなり乏しいものがありますから、はっきりしたことは分かりません。

現にドイツのメルケル首相やヒラリー氏もアベノミクス以降の円安を為替政策と思い込んだ発言をしています。

一方、日本の安倍首相は世界の首脳の中でも金融政策の理解という点では傑出していると言う経済学者も多くいます。ノーベル経済学賞受賞者のシムズ教授、クルーグマン教授、スティグリッツ教授らは日本の量的緩和政策を高く評価しています。


■日本はジャパン・ファーストでいく

いずれにせよ円安批判をトランプ大統領をしているので、日本としてはどのように対処するべきでしょうか。

日本は為替介入を行っていないのですから、「為替介入をするな」と言われても別にたいしてダメージにはなりません。ただし「量的金融緩和を止めろ」と言われた場合には大ピンチです。

日本としては事実を説明するということも必要ですが、これまで述べてきたようにあまりトランプ大統領には効果がないかもしれません。よってただ為替介入を否定するのではなく別の言い方が求められるでしょう。

たとえばトランプ大統領の「アメリカ・ファースト」をまずは肯定した上で、日本も「ジャパン・ファースト」で行くことを明言します。トランプ大統領も各国が自らの利益を追求すればよいと発言しているので、違和感はないはずです。

次にトランプ大統領のビジネスマンとして側面に注目するというやり方があります。前回は、トランプ大統領が言う関税政策を行うと、ドル高に振れて、かえって自らの首を締めることになりかねないという点について触れました。「関税を上げるとアメリカが損をする」という点を指摘すれば実利主義者のトランプ大統領の考えを変えることができるかもしれません。

両国が「アメリカ・ファースト」「ジャパン・ファースト」で国内経済を盛り上げることのメリットをアピールした上で、アメリカを日本が支援するという姿勢をうち出すのです。現在、国会で取り上げられている日本の対米投資の拡大も有効です。

具体的には前々回触れたように今後増発が予想されるアメリカの国債を日本が低利で買い入れるということです。

どのみち大統領の口先介入だけで長期的な為替トレンドを動かすことはできず、また高関税政策もアメリカの利益を損なうだけですから、あまり神経過剰に反応しないほうがよいように思えます。

トランプ政権のねらいは、当面の支持者へのアピールという向きが強いので、日本としてもそれを踏まえて適当にむこうの面子が立つ材料をあげればよいというように考えればよいように思えます。


トランプ政権への現実的な対応は?④

■日本は為替介入を行っていない

トランプ大統領の日本叩きは、予想どおり為替に向かいました。いわく日本と中国の通貨安政策がアメリカを蝕んできたというものです。

為替については、何度かこのブログでも取り上げてきましたが、念のため事実を確認しておきます。

まず中国については、事実上の固定相場制ですから為替操作を行っていることは言うまでもないことです。固定相場を維持するためには、為替介入を行う必要があるからです。

ただし最近の中国では、景気減速からむしろ人民元安にレートが振れており、逆の人民元高誘導するために、ドル売り元買い介入を行っています。買われている通貨は増価しますので、トランプ大統領の言うように元安政策ではなく、元高政策を行っているということです。このことは、中国の外貨(ドル)準備高が急速に減少していることからも確認できます。

一方、日本では、為替介入は財務省の指示で行われますが、旧民主党政権下の2011年度末より5年以上行われていません。アベノミクス以降の円安は、デフレ脱却という国内経済浮揚のための量的金融緩和による副次的なものです。

リーマンショック以降、先進国各国は景気回復のために量的緩和を実施しました。
2008年8月時点の各国のマネタリーベース(マネタリーベース、中央銀行が提供するお金の量)を1とし、2012年度10月時点を確認してみると、アメリカは3.1倍、イギリスは4.1倍、ユーロ圏は1.9倍に対し、日本は1.5倍に留まりました。特に最初の2年間ではほとんど増やしていません(1.1倍程度)。

つまりトランプ氏のいう日中の為替操作は、それぞれ意味合いは異なりますが、妥当性を欠く発言だと言えます。日本について言えば、「そもそもアメリカがやってきたことを日本でもやっているだけ」です。


■関税を引き上げるとドル高になってしまう

トランプ大統領は、日本製品に対する関税の引き上げを示唆しています。円安批判や関税引き上げは、あたかもアメリカの一貫した保護主義政策の現れであるかに見えますが、実はそうではありません。

少し話が変わりますが、ここで長期的な為替の形成要因について触れておきます。経済学では為替は貿易収支の動きに応じて修正されるというものがあります。

日米で考えると、日本の対米貿易黒字というのは、円建ての日本製品に対するアメリカでの需要が高いことを意味しますので、貿易黒字が拡大するほど、円買いドル売り、すなわち円高ドル安に触れるようになります。

逆に貿易黒字が縮小するほど、円建ての日本製品に対するアメリカでの需要が減少していることを意味しますので、円売りドル買い、すなわち円安ドル高に触れるようになります。

日本製品への関税引き上げは、円建ての日本製品のアメリカでの需要減少をもたらします。その結果、円が必要なくなるので円が売られドルが買われるようになりまます。

興味深いことにトランプ大統領が言う関税政策を行うと、ドル高に振れて、かえって自らの首を締めることになりかねないのです。

(つづく)

トランプ政権への現実的な対応は?③

■のらくら作戦も案外うまくいく!?

前回は、トランプ大統領の日本企業叩きに現実的に対処するために、日本企業はトランプ政権に屈した振りをすればよいだけだと指摘しました。口約束だけすればトランプ大統領はとりあえず満足しますし、ズルズルやっていれば、そのうち何かあってそちらに関心が移るか、政権が変わります。

そんな適当でいいのかと言うと、案外いい可能性があります。1985年のプラザ合意を例にします。対米貿易黒字が大きい日独を中心にドル安誘導が決められましたが、真面目に履行したのは日本くらいで、旧西ドイツは何かと理由をつけてのらりくらいと誤魔化し続け、結局はマルク高を回避しました。1990年代に入るとアメリカ経済も回復し、ドイツ統合もあって、旧西ドイツによるマルク安是正は事実上沙汰止みになってしまったのです。

縁起でもない話かもしれませんが、そのうち中東で何か重大な問題が起きるとか対中関係が極度に悪化するとかいった事態になれば(その可能性は高い)、トランプ政権も日本企業叩きどころではありません。


■トランプ外圧を景気対策に利用する

これまで個別の日本企業レベルの対応について考えましたが、今度は日本政府レベルでの対応について考えてみましょう。

トランプ政権は大規模な公共投資を予定しており、そのためには多額の国債を発行するはずです。よって日本政府レベルでは、低利(高価格)でアメリカ国債を買ってあげるということも考えられます。

公共投資のために国債を発行すると、政府が資金を吸収し資金の調達コストである金利が上昇します(クラウディング・アウト)。その結果、投資が抑制され、経済にはマイナスに作用します。トランプ政権にとっては痛手ですが、日本が低利でアメリカ国債を直接引き受ければ、それを回避できます。

一方、日本のアメリカ国債の引受は、日本にとっても好都合な面があります。ドル建てのアメリカ国債を買うには、ドルを調達するために円を売る必要があるので、日本にとっては金融緩和と同じ効果があり、日本国内の景気対策でも有効です。もちろん円を売るので為替は円安に振れます。



■トランプ政権の勝利宣言を書けるかがカギ

つまりトランプ政権の外圧を国内経済政策に利用してしまうのです。アメリカは大歓迎で日本にとっても悪い話ではありません。ただし繰り返しになりますが、この場合、あくまでアメリカに対しては「あくまでトランプ政権を助けるため」と主張し、日本国内の経済対策であることには触れない必要があります(もっともまともなエコノミストにはバレバレですが)。

「トランプ政権の勝利宣言を書く」名を捨て実を取る交渉が望まれます。


トランプ政権への現実的な対応は?②

前回、「トランプ大統領は実はアメリカのプアホワイトの所得拡大に熱心ではない」
「失業率を政策的に下げられないことを知っている」という可能性を挙げてみました。もしこの2つが事実だと仮定したら、トランプ大統領の真意はどこにあるのでしょうか。


■文句をつけるより現実的な対処を

最近のトランプ大統領の発言に対し、日本の自動車メーカーは既にアメリカで150万人の雇用を生んでいるとか、製造業では日本企業が最も雇用を創出している(最大はイギリス企業ですがサービス業中心)とかいった反論があります。

こうした事実を挙げてトランプ大統領を説得すべきであるという論調が多いのですが、(試み自体は否定しませんが)ほとんど効果はないでしょう。トランプ大統領が素直に説得に応じるとはとても思えません、何せ公約どおりなのですから。無駄な努力をするより、むしろトランプ大統領の発言の背景を考えて現実的に対処すべきだと思います。


■トランプ大統領の真意は?

アメリカのプアホワイトの所得拡大にそもそも関心がなく、失業率を政策的に下げられないことを知っているのに、なぜトランプ大統領は、雇用拡大を叫び日本企業を叩くのでしょうか。高橋洋一氏(嘉悦大学教授)や山口敬之氏(ジャーナリスト)の見解を参考に、私は次のように推測します。

大統領選でエスタブリッシュメントのヒラリー候補への対抗上、プアホワイトへのアピールのために保護貿易・移民反対を公約に掲げてしまったので、それに沿ったポーズを取るしかないというところなのではないでしょうか。

政策的に失業率が下げられないとなると、トランプ政権にやれることは個別企業を叩くことしかありません。しかしながら個別企業を叩いても、出てくるのは数千人単位の雇用に過ぎません。

さらにもともと失業率を下げられないことを知っているとなると、公約に沿うような象徴的な雇用でさえあれば、トランプ大統領にとっては数千人単位の雇用増でもよいのかもしれないということになります。


■日本企業の雇用増は口約束で構わない?

トランプ大統領はディール(取引)を好むということで、そのディールとは「取引相手による自身の公約に沿うような象徴的なオファーの提供」と「トランプ大統領によるそれ以外の面での見返りの提供」です。文句を言っているくらいなら、そのために日本側ができることは何かを考えるべきでしょう。

企業レベルではトヨタのようにアメリカでの生産拡大があります。象徴的な意味合いでしかないのであれば、規模はそれほど大きくなくてもよく、期間もずるずる伸ばし気味でもよいかもしれません。「4年間で何人雇う」というパターンです。

トランプ政権は少なくとも4年は続くのですから、ご機嫌を取っておいて悪いことはなく、優遇税制などの恩恵を受けることが期待できるかもしれません。いずれにせよ楯突くだけ損です。


トランプ大統領の軍門に下るようで屈辱的な感じもしますが、もともと商売とは相手の言うことに(少なくとも見かけ上は)合わせるものです。交渉術では「いかに相手に勝ったと思わせるか(相手の勝利宣言を書けるか)」が交渉成立のためのポイントと言われます。
(つづく)
プロフィール

三枝 元

Author:三枝 元
1971年生まれ。東京都在住。読書好きな中年中小企業診断士・講師。資格受験指導校の中小企業診断士講座にて12年間教材作成(企業経営理論・経済学・組織事例問題など)に従事。現在はフリー。
著書:「最速2時間でわかるビジネス・フレームワーク~手っ取り早くできる人になれる」ぱる出版 2020年2月6日発売
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連絡先:rsb39362(at)nifty.com
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(お急ぎの場合は携帯電話までご連絡ください)

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