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ポスト安倍の経済学

いまだにマスメディアの報道をそのまま鵜呑みにしている人はもはや少数派だろうと思っていたら、政権寄りと言われる読売新聞でも7~9日の世論調査で、内閣支持率は前回調査(6月17、18日)から13ポイント減の36%と急落し、下げ止まる感がありません。

政権側の国会での証言や加戸守行・前愛媛県知事の発言など政権に有利となる情報はマスメディアにブロックされ、公正な観点で情報を知るにはネットを頼るしかありません。「首相の釈明を聞いても不透明感が拭えない」などという報道を聞いていると、自分たちで報道しないから拭えないのでは?と突っ込みたくもなります。

ポスト安倍がささやかれる中、27日民進党の蓮舫代表が辞任を表明しました。そこで現在、ポスト安倍と見られている人物、民進党代表候補の経済政策を確認したいと思います。

 

■自民党

 

まず政権構造を確認しておくと、安倍政権は官邸・内閣・与党・霞ヶ関の微妙なバランスの上に成り立っていると言えます。現在の安倍官邸は、経済政策的には必ずしも自民党の主流とは言えません。2度延期したことから分かるように安倍官邸は消費増税に消極的ですが、霞ヶ関(財務省)にくっついている自民党の経済政策の主流的な考え方は消費増税です。さらに金融緩和についても意見が異なります。

 

「金融緩和継続・消費増税反対」の立場の代表的な人物と言えば、おそらく安倍総理、菅官房長官、世耕経産大臣くらいでしょう。「金融緩和継続・消費増税賛成」の立場は麻生財務相、山本地方創世相、小泉進次郎氏などですが、与党内の最も多数は消極的にはこの立場であると考えられます。

 

一方、「金融引き締め・消費増税賛成」というアベノミクス全否定の代表格は石破茂氏です。

 

 

■民進党

 

現在、代表選に意欲を示しているとされるのが、前原氏と枝野氏です。両氏とも「金融引き締め・消費増税賛成」です。前原氏は民主党時代には金融緩和派だったのですが、安倍政権誕生以降は緊縮派になったようです。

 

枝野氏は「金融引き締めで金利が上がったほうが景気が良くなる」というどの経済学のテキストにも載っていない(実際になったこともない)珍説の持ち主です。おそらく貯蓄の金利が上がったほうがよいということを言っているのだと思いますが、金利が上がれば設備投資や住宅投資が落ちますから経済が失速するのは常識です。もしかしたら「景気が良くなると(資金需要が増えるので)金利が上がる」ことを勘違いして「金利が上がると景気が良くなる」と思い込んでいるのかもしれません。

 

経済政策で期待できるのは、馬淵澄夫氏です。馬淵氏は金融緩和派で消費増税凍結を明言しています。個人的には出馬可能性は高いと見ています。いずれにせよ前原氏と枝野氏では今までの民進党とあまり代わり映えしないのではないでしょうか。

 

 

■誰がなってもお先真っ暗

 

こうして見ると、誰が安倍総理の代わりに総理になってもお先真っ暗です。民進党が政権を取ることは考えにくいので除外すると、特に石破氏になると最悪だと言わざるを得ません。なにしろ「景気対策の経済政策を一切やらない」と言っているわけですから。

 

石破氏は成長戦略を重視しているようですが、成長戦略の効果は10年から20年かかるというのが経済学の常識で、足元の経済にはまったく効果はありません。

 

また18日付産経新聞によれば、15年9月9日、石破氏は、衆院議員会館の自室で日本獣医師政治連盟委員長の北村直人氏と、日本獣医師会会長の蔵内勇夫氏に対して、「学部の新設条件は大変苦慮しましたが、練りに練って、誰がどのような形でも現実的には参入は困難という文言にしました」と語ったと言います。つまり今回の加計騒動で有名になった「石破4条件」は獣医師会の政界工作の成果だと言え、石破氏は規制緩和ではなく岩盤規制派だと言えます。

 

自民党国会議員内で受けが悪く、第2次安倍政権発足当初から自身の総裁意欲が見え見えで評判ガタ落ちですから、今のところ石破氏の総裁就任は厳しいと思いますが、一部マスコミが倒閣のために担いでいるようで変な風が吹くと就任するかもしれません。緊縮財政に転じたい財務省ものるでしょう。

 

ただ仮に誰がなっても発言どおり経済政策をすれば、景気はガタ落ちしますから、おそらく1年くらいで政権交代になると思います。ちょうどリーマンショック後に政権が1年おきに変わったように。ほぼ確実に日本のデフレ脱却は遠のくでしょう。

 

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臓器売買は認めるべきか?

■市場がなければ誰も得をしない

 

経済学者は「市場のメカニズムに乗せれば大抵の場合はうまくいく」と考えます。市場経済というと、「金持ち優遇だ!」「弱者切り捨てだ!」と特にリベラルな考え方をする人たちからは大きな批判を招くことがあります。

 

しかしながら市場のメカニズムに乗せて取引をすれば売り手にも買い手にも利益(余剰)が生じますが、乗せなければどちらにも何も利益が生まれません。

 

 

■臓器売買は認めるべきか?

 

ここで臓器売買について考えてみましょう。ご存知のとおり生体移植用の臓器は圧倒的に不足しており、もし臓器売買が認められれば臓器提供は飛躍的に増加するでしょう。

 

その一方で、日本を含めほとんどの国では臓器売買は禁止されており、少なくとも臓器売買の公式的な市場は存在しません。その理由は臓器売買を認めると経済的に貧しい人が臓器提供を余儀なくされ、金持ちだけがその恩恵に授かるからだという道徳的な理由が一般的です。

 

しかしながらノーベル経済学賞を受賞したゲーリー・S・ベッカー教授は、これに異を唱えています。臓器の商業売買が認められても、おそらく生体移植で利用される臓器の多くは今と同様に身内のものが提供したものであるだろうし、仮に貧しい人が死後に臓器を有償で提供するということであれば、彼らにとっても遺族に遺産を残せて便益があるはずだという主張です。

 

臓器売買を認めれば悪質な業者による臓器を目当てにした犯罪が起こるかもしれないという意見がありますが、臓器売買が禁止されている今でもそのような犯罪は起こっているでしょう。

 

 

■闇市場化すると監視が困難

 

ここでは臓器売買の是非までは結論づけませんが、強調しておきたいのは道徳的な理由だけではものごとは解決しないということです。副次的に生じる問題は、ティンバーゲンの定理に沿って、個別に対処すればよいのです。

 

また公式的な市場メカニズムに乗せなければ、闇の市場で取引されるようになり、違法な取引の監視はより困難になります。需要と供給がある以上は、市場取引に任せたほうがうまくいくケースのほうが多いという意見にはうなずけるものがあります。

 

現在、東京オリンピックに向けて議論されている民泊についても同様です。既に違法な民泊が相当程度存在する以上、公式に民泊を認めてルールを明確化し、無許可の民泊やルールを守らない民泊を取り締まったほうがよいのではないでしょうか。

 

【参考】

「ベッカー教授、ポズナー判事の常識破りの経済学」ゲーリー・S. ベッカー、リチャード・A. ポズナー著 東洋経済新報社

 

歴史から学ぶ正しい姿勢②(避けられたかもしれない太平洋戦争)

日銀審議委員の原田氏は旧経済企画庁出身の官庁エコノミスト出身で多数の著作があり、私も4.5冊読んだことがあります。原田氏の姿勢は、それぞれの分野での通説や思い込みを、統計データと経済学的思考で覆すというものです。

 

特に「日本国の原則」(日本経済新聞社)は、私のような経済の専門家ではない人間にとって、正しい歴史認識を持たせてくれる貴重な1冊でした。原田氏の著作を読めばナチス礼賛者ではないことは明確にわかります。

 

原田氏の著書を読むと、統計経済への嫌悪感が強く感じられます。財政・金融の一体発動により浮揚したドイツ経済も、その後の統制経済下で弱体化を見せ始めます。原田氏はその点も指摘しており、なにもナチス経済を全面的に肯定しているわけではありません。

 

今回は、原田氏の著書「日本国の原則」の中で太平洋戦争開戦にまつわる興味深いエピソードを紹介したいと思います。

 

 

■避けられたかもしれない太平洋戦争

 

日本が太平洋戦争に至った直接的なきっかけは、アメリカが対日石油禁輸に踏み切ったことだということは、ほとんど議論の余地がないことだと思います。

 

石油が枯渇すれば生産活動はストップし、日中戦争を行っていた軍部は軍事活動が不可能となりますから、当時の雰囲気を考えれば残念ながら対米戦争という選択を行ったのは自然といえば自然です(もちろんそれは結果的には壊滅的な結果を生むわけですが、当時の世相からすれば避けられなかっただろうという意味です)。

 

日中戦争開戦の1937年当時、日本の石油消費量は年間で約417万キロリットルでした。当時、日本の支配下にあった満州国には油田の存在が指摘されていました。中華人民共和国の下で1958年に大慶油田が発見され、1960年代には年間5000万キロリットルもの生産量に達しました。

 

ではなぜ日本は大慶油田の発掘ができなかったのでしょうか?実は日本の商工省が満州国の油田試掘の要請を却下してしまったのです。大慶油田は地下1800メートルにあり、当時の技術では採掘が難しかったのですが、日本は3000メートルまでの採掘技術があったにもかかわらず、それを扱える技術者がいませんでした。この採掘技術は高度な軍事機密であり、その漏洩を恐れて欧米の優れた技術者を雇わなかったのだという当時の国際石油の社員の証言があります。

 

歴史に「もし」は禁句ですが、日本が大慶油田を発掘していれば、日米開戦に至る確率は相当下がったのではないかと考えられます。誤った経済統制が招いた悲劇と言えるでしょう。


歴史教育では多くの場合、何も明確な根拠の提示がなく、イデオロギーや価値観でなされている印象が私にはあります。同じことが現在のマスメディアの報道姿勢にも感じられます。しかしながら歴史的な事件の背景にはほとんどの場合、経済問題が存在します。原田氏の著作はそのことを教えてくれるよいきっかけとなるでしょう。

 

【参考】

「日本国の原則」原田泰著 日本経済新聞社

 

歴史から学ぶ正しい姿勢①(ナチスの経済政策は正しいか?)

■日銀審議委員のナチス肯定発言

 

日銀の原田泰審議委員が講演で「ヒトラーが正しい財政・金融政策をして悲劇起きた」と述べたことが「ナチス礼賛だ」として批判が集まり、7月3日に原田審議委員が誤解を招く発言であったとして会見で謝罪しました。

 

事の発端はニューズウィーク日本版ウェブに628日に掲載された、ロイターの日本人記者の記事で、国際的な人権団体などから「日本のエリートはホロコーストの重大さを理解していない」などの批判が起こりました。

 

ナチスに対する嫌悪感は理解できますが、ナチスのやったことをすべて「悪」と決め付けるのは、歴史から学ぶ姿勢の放棄と言わざるを得ません。ホロコーストと経済政策はまったくの別問題です。

 

 

■ナチスの台頭を招いたものは?

 

一般的に世界史で習うのは、第1次大戦後のハイパーインフレがドイツの経済を奈落の底に陥れ、その結果、ナチスの台頭を招いたとされています。しかしながらドイツのハイパーインフレは1910年代末のことで、ナチスが台頭した1930年代初頭とは時間的に隔たりがあります。1930年代初頭といえば、世界大恐慌による大不況の時期で、当時のドイツ政府がまったく有効な政策を打てなかったことがナチスの台頭を招いたというのが妥当です。

 

ナチス政権は金融緩和と積極的な財政政策という、今で言うところの財政政策と金融政策の同時発動を行って景気浮揚させ、国民の支持を受けたのです。しかしながらこのような正しい経済政策により政権基盤を磐石にした結果、その後のナチスの暴走が悲劇を生んでしまったというのが原田氏の主張です。

 

この発言のどこが問題なのでしょうか?それとも私もナチスの礼賛者というレッテルを貼られてしまうのでしょうか?

 

原田氏は著作の中で、「そもそも、ヒトラーの前の政権が、金融を緩和し、デフレから脱却すればよかっただけの話である。そうすれば、失業率は低下し、人々は理性を取り戻し、人種差別や世界征服を呼号するナチスに投票などしなかっただろう。ヒトラーは政権に就くことができず、第二次世界大戦は起こらなかった」ということを述べています。

 

 

【参考】

「日銀がヒトラー称賛!」と騒いだマスコミの思考停止/ドクター・Z/現代ビジネス

「日銀の原田泰審議委員はヒトラーを賞賛してはいない。ロイターの記事は誤解を招く」/田中秀臣/ニューズウィーク日本版

顧客価値を考える②

■顧客ニーズとは?

 

顧客価値というと、「顧客のニーズを解消すること」をイメージする方が多いと思います。顧客ニーズというと、顧客がアンケート調査などを通じて既に言葉で発している何らかの要望と考えてしまいがちですが、必ずしもそうではありません。

 

マーケティングでは、顧客のニーズを3つに識別して捉えます。

 

明言されるニーズ

顧客が言葉で説明できるニーズ

 

真のニーズ

顧客の言葉そのものでなくても顧客調査で分析したり推測したりできるニーズ

 

学習されるニーズ

顧客が言葉として発言できないし、思いついてもいないニーズ

 

 

■潜在ニーズに注目する

 

本ブログの「ビジネスモデル③(ビジネスモデルを考える上でのありがちな誤り)」でも触れたように、明言されるニーズに耳を傾けていてもあまりユニークな発想にはつながりません。注目したいのは真のニーズや学習されるニーズといった潜在的なニーズです。

 

特に学習されるニーズを提示できれば他社にないユニークなポジション取りが可能になります。学習されるニーズは、新しい製品やサービスが市場に登場することによって、顧客は初めて気づき、「自分に向いている」「自分も欲しい」と学んでいくといったものです。

 

ただし単にこれまでにない価値を売り手側が一方的に提示すればよいわけではなく、やはり顧客側に潜在的にニーズがあるものでなくてはなりません。そのためには参与観察(実際にユーザーの自宅に開発者が一定期間留まり、ユーザーがどのように製品を使用しているのかを観察し、ユーザー自身がまだ気がついていないような問題を掘り起こす)が有効です。

 

 

■ユニークであればよいわけではない

 

またあまりにもユニークすぎても顧客には受け入れられません。マーケティングには類似点連想と相違点連想という言葉があります。類似点連想とは既存の製品やサービスとの共通点のイメージであり、相違点連想とは既存の製品やサービスとの違いのイメージです。顧客側が類似点連想を抱くものでなければ、まったくイメージがつかず、購買には結びつきません。海外でヒットしたものを輸入しても受け入れられるわけではないのはこのためです。

 

ユニークな製品やサービスのアイデアが浮かんだら、類似点連想と相違点連想の両方のアピールを考える必要があります。

 

 

【参考】
『マーケティングに強くなる』恩蔵直人著 筑摩書房

『コトラー&ケラーのマーケティング・マネジメント 第12版』フィリップ・コトラー、ケビン・レーン・ケラー著 ダイヤモンド社

顧客価値を考える①

マーケティングというと「PRODUCT:製品」「PRICE:価格」「PLACE:チャネル・流通」「PROMOTION:プロモーション」のマーケティングミックスを思い浮かべるかもしれません。しかしながらマーケティングミックスはマーケティングの具体的な手段にすぎず、まず顧客価値を考えることがマーケティングの基本です。

よく言われるように「顧客はモノやサービスを欲しているではなく、便益(ベネフィット)を欲している」、「顧客は抱えている問題の解決のために製品やサービスを雇う」のです。

本ブログでも顧客価値についてはビジネスモデルの設計の観点から取り上げてきましたが、今回はそれ以外の考え方をいくつか取り上げてみたいと思います。

 

 

■顧客にとっての価値とは?

 

まず顧客にとっての価値は、次のように表すことができます。

 

顧客にとっての価値=ベネフィット÷コスト

 

よって、顧客にとっての価値を高めるためには、次のような方向性があります。

 

・ベネッフィットを上げる

・コストを下げる

・ベネフィットを上げコストを下げる

・コストを上げる以上にベネフィットを上げる

・ベネフィットを下げる以上にコストを下げる

 

 

■ベネフィットとは?

 

ベネフィットは次のように表すことができます。

 

ベネフィット=理性面でのベネフィット+感性面でのベネフィット

 

理性面でのベネフィットは、「買い手が望んでいた問題解決がどの程度クリアできたか」によるもので、製品やサービスの基本的な機能にかかわるものです。買い手は問題解決ができれば満足しますが、それ以上のものがあれば感動します。たとえば使い勝手がよかったり、期待以上のパフォーマンスであったりすれば、満足以上のものを得ます。これが感性面でのベネフィットです。理性面でのベネフィットが客観的なものであるのに対し、感性面でのベネフィットは主観的なものになります。

 

 

■顧客にとってのコストとは?

 

顧客にとってのコストは次のように表すことができます。

 

顧客にとってのコスト=金銭面でのコスト+時間面でのコスト+肉体面でのコスト+精神面でのコスト

 

顧客にとってのコストというと、まず浮かぶのは価格です。しかしながら買いに行ったりサービスを利用したりするには時間的・肉体的・精神的なコストが生じます。商品を選んだり使い勝手をマスターしたりするにも手間がかかります。

 

 

■顧客にとっての価値を広く考える

 

顧客にとっての価値というと、物理的な機能や価格をまずイメージするかもしれませんが、ここまで触れたように、様々ものがあります。高機能化・機能の追加・値下げは他社の追随を招き過当競争に陥る可能性が高いです。顧客にとっての価値を幅広く考え、ユニークなポジショニングをしたいところです。

 

 

【参考】
『マーケティングに強くなる』恩蔵直人著 筑摩書房

あなたのエコノミスト度をチェックする

次の7つの質問に「はい」「いいえ」で答えてみてください。


    ①   政府が低所得者のために家賃の上限を安く設定すると住宅供給の量・質ともに低下する。
   関税や輸入数量の制限は国内の経済的な豊かさを低下させる。
   変動為替制度は有効な通貨制度である。
   失業が存在するのであれば政府の減税や公共投資は有効な政策である。
   国の歳出と歳入をバランスさせるためには、毎年の値ではなく景気循環を通じての値を均衡させるべきである。
   最低賃金の引き上げは、若年労働者と未熟練労働者の失業をもたらす。
   環境汚染対策は政府による総量規制よりも、排出税や売買可能な排出権取引のほうが優れている。


いかがでしょうか?5問以上「はい」ならあなたは経済学的センスに優れています。4問以下ならもう少し経済学を勉強する必要がありそうです。

 

これはアメリカのエコノミストにとったアンケートで、「はい」と答えた割合は①93%②93%③90%④90%⑤85%⑥79%⑦78%でした。経済学者たちはよく意見が分かれるのですが、それでも共通する認識があるのです。

 

 

【参考】
「マンキュー経済学 II マクロ編(第3版)」N.グレゴリー マンキュー著 東洋経済新報社

 

規制側の言い分を検証する(加計学園をめぐる疑惑の本質)

加計学園をめぐる閉会中審査が10日に行われました。これほど無意味なことに時間を割き、かつ事実無根のことで世論が変わることに個人的には怒りを通り越して恐怖すら感じます。

 

マスメディアは政権叩きスタンスありきで、「たぶんあっただろうから事実だ」といった憶測や、前川前次官が正しいことを前提に報道しているといった姿勢が目立ち、事実を手順を追って客観的に検証する意思は私にはまったく感じられないのです。

 

加計学園への決定に至るプロセスは時系列で考えれば何ら瑕疵はないと考えるのが自然ですが、今回は「規制緩和が善か悪か」という観点に絞ってみたいと思います。

 

 

■国家戦略特区ワーキンググループ議事要旨を読んで感じたこと

 

閉会中審査でも度々取り上げられていた国家戦略特区ワーキンググループの議事要旨を見ると、「何が何でも規制緩和したくない文科省」と「岩盤規制をこじあけたい官邸(民間委員)」という対立構造がはっきりと確認できます。

 

規制緩和の是非について私が重要だと思ったポイントだけ取り上げてみます。

※現在は獣医学部の認可・カリキュラムの作成が文科省、獣医師の国家試験は農水省が実施。

 

<文科省>

・獣医師が多いと質が低下し、国民生活に重大な影響を与える。

・需要予測に基づいて現在の獣医師の数は適正である。

 

<民間委員>

・どんな需要があるかというのは役所が判断するものではなくて市場が判断すべきこと。

・国民の安全を守るためだったら、供給は多ければ多いほどいい。

・そのほうが競争を通じて質も高まる。今の量だけで大丈夫だというのは、もう何十年前の知識を持った獣医でも新しいものに対応できるという前提になるわけだがそれが妥当だと思わない。獣医学分野というのは日進月歩だから、新しい技術を学んだ医者が必要。質の問題というのは全く考慮されていないのか?

 

<農水省>

・質は当然重要で国家試験で能力認定している。試験に受かれば能力があるとみなしている。量的なコントロールはしていない。

 

<文科省>

・無制限に養成するということは質の確保の観点から望ましくない。

 

<民間委員>

・質の担保は農水省が行っている試験の範疇で、文科省の大学認可で規制する理由がまったく理解できない。

・無制限にたとえ獣医師がふえたとしても、それはそれだけの知識と技術を持っている人たちがふえるというだけであって、何ら国民にとって害のある話ではない。

 

<文科省>

・(規制緩和で)法科大学院に入っても法曹資格を得ることができないのではないかという危惧を持っている学生がふえていて、今、法曹志願者の数が激減している。6年勉強しても法曹の職業につけないという可能性が学生たちに影響を及ぼすことを考慮すべきだ。

 

<民間委員>

・それは大学の方針と運営の間違いであって、ロースクールの合格率が悪いということは、国民に何の被害も与えていない。それは予定している就職ができなかったとか、予定していた資格が得られなかったというだけであって、それは就職試験に失敗する学生がたくさんいるのと全く同じ話であって、それを文科省が心配される話ではない。

・そもそも獣医師の場合は法曹資格とは違って人数制限はしていなくて、農水省は点数をクリアすれば受かるといっているのだから同じ問題ではない。

・別に受験者数がふえたから必ずレベルが下がるなどというものではない。きちっとした質を担保する試験をつくっていけばいい。

 

以上は、平成27年6月8日の国家戦略特区ワーキンググループ ヒアリング(議事要旨)から引用しました。それほどややこしい話でもないし、読むのに時間もかかりませんから、是非お読み頂ければと思います。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc_wg/hearing_s/150608_gijiyoushi_02.pdf

 

 

■規制緩和のメリットを活かし、副作用は別に対処すればよい

 

規制緩和というと必ず「新自由主義者だ」とか「○○という弊害があった」といった批判をする人がいます。たとえば田原総一郎氏の討論番組で郷原信郎弁護士(元検事)は、「規制緩和でバスの事故が増えた。規制緩和すればよいわけではない。」と言って今回の認可も批判していましたが、国交省の資料を見ると、「億キロメートル当たり事故件数」は、規制緩和後も89件程度で推移しており、実はほとんど変わっていません。このようにすぐにネットで調べられるデータも確認しないで安易に個人的な価値観で決めつける姿勢は識者(と言われる人)にも多く見られます。

 

また仮に弊害が出たとしても、前回取り上げたティンバーゲンの定理やマンデルの定理に沿えばいいだけの話です。規制緩和のメリットを享受しつつ弊害は弊害で別の対策を講じるのが筋で、少しでもリスクがあるから全部ダメというのはただの暴論としかいいようがありません。

経済学の教えをビジネス上の対策検討に活かす

■空転する会議

 

人の議論は、「○○をすべきだ」「いや、それは△△という問題がある。だから□□をすべきだ」というような感じでやりとりが進みます。また、たとえば会議の冒頭で「●●について自由に意見を述べて欲しい」というと、やたらと意見が拡散したり、逆にどんどん話がさかのぼってやたらと抽象的な話になってしまったりといったこともあります。たとえば売上不振の原因の話をしていると、「組織文化のせい」とか「社長がばかだから」とか言う人が1人くらいいたりします。

 

このようなことが起きないための教えとして、経済学の定理を紹介してみたいと思います。

 

 

■ティンバーゲンの定理

 

経済学ではティンバーゲンの定理というものがあります。これは「N個の政策目標を達成するためには、N個の政策が必要である」というものです。それぞれの問題に対しては別々に適切な政策を割り当てて実施しなければならないのです。

 

確かに実際には1つの対策で複数の問題を同時に解決できてしまうことはあります。ただし、まずは複数の問題に切り離し整理して対策を考えないと、問題の構造が分からなくなってしまったり、現実的に実行できる対策が検討できなくなったりします。先の例では組織文化は容易に変えられませんし、社長をクビになどできないでしょう。問題ごとに対策を考え、その上で問題の同時解決が可能かを考えるべきです。

 

 

■マンデルの定理

 

また1つの対策には、多くの場合、副作用があります。この副作用をことさら気にして(煽って)方策が実施に移されないことはよくあります。いわゆる「総論賛成、各論反対」というものです。

 

こうした場合に思い出して欲しいのは、マンデルの定理です。これは、「ある政策目標があった場合には、副作用の心配はいったん横に置いて、その目標を達成するためにもっとも安上がりな手段を取るべきだ」というものです。副作用については、ティンバーゲンの定理に沿って、別の対策を講じればよいのです。

 

 

■パレート効率性

 

経済問題の対立軸として典型的なのは消費者対企業かと思います。限られたパイを売り手と買い手で取り合っているというのはある程度は事実で、そこでどちらを優先すべきかで意見が分かれます。

 

この場合、経済学的な解答は明確で、「まずパイを増やし、分配は後から考えよ」です。経済学ではパレート効率性が前提になります。これは「誰かが損しなければほかの誰かが得をしない状態」のことです。

 

このような状態になるのは、パイが最大化している時で,そうなればもはや取り合いしかありません。逆に最大化していなければ、パイそのものを上げれば誰も損せず得をすることになります。いまだパイを最大化していないという意味でこれは非効率です(パレート非効率)。

 

パイが増えないとき、あるいは小さくなるときにそれを巡る争いが激しくなるのです。

 

何らかの政策の結果、仮に企業が損をし逆に消費者がかなり特をする結果、社会全体のパイが前よりも増えるとします。この場合、企業は反対するでしょうが、政策的にはGOです。まずパイを増やした上で、そのあとで消費者に課税して企業に補助金を分配すれば誰にとってもハッピーになります。

 

このことは自由貿易を考える上でも重要になります。自由貿易により一部の国内生産者は損をしますが、それに対しては補助金を付与するというのが経済学の標準的な考え方です。

 

このような考え方は私たちのビジネスシーンでも応用できます。個々の利害を調整するのではなく、まずは利益の絶対額を上げることを考えるべきでしょう。

値段はあなたがお決めください(需要曲線)

■需要曲線の見方

需要曲線は縦軸に価格、横軸に需要量をとり、「価格が○○円だったら、何個欲しいか」を表します。ここで注意したいのが、縦軸の価格の意味です。たとえばある製品について、「3000円で1個の需要がある」という場合は、需要する1人は、その製品に1個に3000円払ってもよいと考えている、あるいは1個につき3000円の経済的価値をその製品に見出しているからと捉えることができます。つまり需要曲線の縦軸の価格は、「1個あたり支払っても良い額」「1個あたりに見出している経済的価値」なのです。
需要曲線
通常、需要曲線は右下がりです。これは、1人1人が支払いたいと思っている額が異なることを意味しています。


■認めている価値の分だけ支払ってもらう

仮に市場価格が1500円でそのときの需要量が4個だとします。このとき売り手は6000円の売上を手にします(1500円×4)。しかしながら3000円払ってもよいと考える人が1人、2500円払ってもよいと考える人が1人、2000円払ってもよいと考える人が1人いることを考えると、これはもったいないことです。それぞれが1個当たりに認めている経済的価値に沿って支払ってもらえれば売上は9000円になります。

では、どうやれば認めている経済的価値をそれぞれの買い手が表明し、それどおりに払ってもらうことができるのでしょうか?これをやったのがロックバンドのレディオヘッドです。2007年に当時の新アルバムをホームページ上のダウンロードで売る際に、「値段はあなたにお任せします」としたのです。通常のアルバムの価格よりも高い値段を付けるファンが多く、結果的に大成功しました。

それぞれの買い手に自らが認めている経済的価値を表明させるというやり方は、オークションの考え方を利用しているともいえます。
オークションというと値段を吊り上げるという悪いイメージがありますが、「価値を認めている人に価値の分だけ支払ってもらう」という意味では公正な方法なのかもしれません。


【参考】
「スマート・プライシング」ジャグモハン・ラジュー、Z・ジョン・チャン著 朝日新聞出版

合理的な人々は限界的な部分で考える

■合理的な人々は限界的な部分で考える

「限界」とは「端」という意味です。ある企業が、定価100円のモノをあと追加で1個販売すれば100円の収入が得られるとします。この場合は「限界収入が100円」と表現します。一方、その際に60円のコストが新たに発生するのなら「限界費用が60円」と表現します。この企業は差額で40円儲けが増えるので、追加の1個を販売するでしょう。

このように「ある行動の結果、限界的な便益が限界的な費用を上回れば企業(消費者)はその行動を選択する」でしょう。


■限界の考え方を追加投資に活かす

限界的な便益と限界的な費用の話は、追加投資の意思決定には極めて重要です。たとえば次のケースを考えてみてください。

<ケース>
ある新製品の開発にこれまで10億円投入しました。しかしながら予定が遅れ、完成するには追加で2億円の費用がかかります。一方、需要予測を見直したところ、売上は5億円しか見込めないことが判明しました。この新製品プロジェクトを続けると7億円の赤字です。経営者から開発を中止すべきか相談を受けたあなたは、どのようなアドバイスをしますか?



結論からいえば、この新製品開発を進めるべきです。中止すればこれまでの10億円の損が生じますが、進めれば7億円の損で収まるからです。

これまでかかった10億円は既に支払い済みで回収不能な費用です。これをサンクコスト(埋没費用)といいます。意思決定ではサンクコストは無視する必要があります。このプロジェクトではこれから生じる売上5億円(限界的な便益)と費用2億円(限界的な費用)だけ考えればよく、差し引きで3億円の利益があるので、開発を継続することになります。


■豊洲移転問題を経済学的に考えると?


先日の都議会選挙は小池都知事の都民ファーストの会が圧勝しました。公示直前に、築地市場の豊洲移転と築地の再利用を発表し争点化しないという手を売ったのは政治感覚的には見事でしょう。

豊洲問題は、以前からサンクコストの観点から移転すべきだという声はありました。当初は、6000億円近くに拡大した総事業費が問題だとされていましたが、これはサンクコストですから、今後の意思決定にはまったく影響しません。一方、豊洲開場による便益は、安全基準さえ満たせば4000億円と見込まれており、追加費用がこれを上回ることはまずありえませんから、さっさと移転すべきだったのです。

一方、築地の再利用ははっきりいってノープランで、たとえ都サイドで開発プランを考えてもいつもと同じで失敗するだけでしょう。当初の予定どおり築地の跡地は売却して豊洲の事業費に充てるのが合理的だったのです。少なくとも経済学的な観点から言えば、小池都政は無駄な支出が多すぎて肯定できません。

日本銀行の独立性

■日本銀行は政府の一機関なのか?

経済学の世界では、政府と中央銀行は別の存在です。しかしながら、多くの人は「日本銀行は政府の一部では?」と思うのではないでしょうか?

日本銀行は、日本銀行法に基づく財務省所管の認可法人です。総裁、副総裁、審議委員は、衆参両議院の同意を得て内閣が任命します。日本銀行の職員は総裁が任命しますが「みなし公務員」です。資本金は1億円で、そのうち政府が55 %を出資しています。以上から考えると、日本銀行は政府の一行政機関と考えるのが妥当です。ちなみに買いオペにより、現在、国債の約4割は日銀が保有していますが、政府が日本銀行に支払う国債の金利は納付金として国庫に納付されます。


■日銀の独立性とは?

1998年の日本銀行法の全面改正により、日本銀行は「物価の安定」と「金融システムの安定」という2つの目的が明確化され、「金融政策の独立性」と「業務運営の自主性」が確保されました。それまで日本銀行は政府(特に旧大蔵省)の影響が強く、独立性の確保が悲願であったとも言われます。

「金融政策の独立性」とは、政府から独立した立場で金融政策を行うというもので、「目標設定の独立性」とも呼ばれます。「業務運営の自主性」とは、金融政策の具体的な手段の選択を日銀に任せるというもので、「手段の独立性」とも呼ばれます。ともに日本銀行の中立的・専門的な能力を期待したものです。


■独立性の弊害

しかしながら「金融政策の独立性」については、問題点も指摘されています。それは「そもそも政府の一機関である日本銀行が、政府の目標とは無関係な(あるいは政府の目標と反するような)目標を設定し、運営してよいのか?」というものです

実際に、政府と日本銀行との間で金融政策のあり方を巡って対立したり、両者の間で上手くすり合わせができていなかったりしたケースはあります。たとえば日本銀行は、小泉政権下の2006年には政府の反対を押し切って量的金融緩和の解除と政策金利の引き上げ(緊縮的な金融政策)を行いました。現在の黒田総裁以前はデフレ払拭にあまり積極的とは言えませんでした。

FRBの議長を務めたベン・バーナンキは、「中央銀行が自由に目標を設定できるという目標の独立性を民主主義社会で正当化することは困難だ。しかし、中央銀行が干渉を受けずに適切な金融政策を実施できるような手段の独立性は、経済安定のために極めて重要だ」と発言しています。

日本でも、日本銀行は政府と強調して目標を定め、それに責任を持ち、目標達成に失敗した場合の罰則を設けるよう日本銀行法を改正すべきとの声があります。






経済学者たちはなぜ対立するのか?②(古典派とケインズ派)

■長期的にはわれわれはみな死ぬ

ざっくり言って経済学には古典派(新古典派)とケインズ派という2つの学派があり、これまでも激しい議論の応酬がなされてきました。

ミクロ経済学の内容は、古典派の考え方です。古典派は市場の調整メカニズムを重視し、政府の介入を嫌います。市場に任せておけば、長い目で見れば需要と供給は折り合うというのです。そして経済成長の要因として、長期のAD-AS分析で見たように、供給サイドの改善を重視します。

長らく経済学は、古典派の考え方に沿って発展していきましたが、1929年の世界大恐慌以降、経済の自己調整メカニズムが上手く機能せず、長く不況の状態が続くことになりました。そのような状況の中、脚光を浴びるようになったのが、ジョン・メイナード・ケインズです。

ケインズ派の基本的な主張は、「古典派の考え方は長期には当てはまるかもしれないが、短期には当てはまらず、政府による景気(総需要)の調整が必要だ」というものです。ケインズは、古典派に対し、次のような批判をしています。

「長期的に見ると、われわれはみな死んでしまう。嵐の最中にあって、経済学者に言えることが、ただ、嵐が遠く過ぎ去れば波はまた静まるであろう、ということだけならば、彼らの仕事は他愛なく無用である。」

たとえば失業者が街にあふれかえっているときに、「それはまだ賃金が高いからであり、そのうち賃金が下がるだろうから、いずれ失業問題は解決する」といったところで、何ら有意義ではないでしょう。


■どちらが正しいかではない

古典派とケインズ派の主張のどちらが正しいかを考えることにはあまり意味はありません。置かれている経済状況によって採るべき政策が異なるからです。デフレギャップが生じていればケインズ派の言うように総需要を拡大させる政策が必要でしょうし、インフレギャップが生じていたり、長期的な視野に立てば、古典派のいうように供給能力を高めるべきでしょう。

経済学にも時代に応じてブームがあります。世界的に見ると、戦後、しばらくはケインズ派の総需要重視の考え方が優勢であり、1970年代後半になると古典派的な総供給重視の政策が優勢となり、リーマンショック後はまたケインズ的な政策が優勢となったという印象があります。

これからも総需要重視の経済政策が採用されたり、総供給重視の経済政策が採用されたりといったことを繰り返していくでしょう。
プロフィール

三枝 元

Author:三枝 元
1971年生まれ。東京都在住。読書好きな中年中小企業診断士・講師。資格受験指導校の中小企業診断士講座にて12年間教材作成(企業経営理論・経済学・組織事例問題など)に従事。現在はフリー。
著書:「最速2時間でわかるビジネス・フレームワーク~手っ取り早くできる人になれる」ぱる出版 2020年2月6日発売
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連絡先:rsb39362(at)nifty.com
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