前回は、こちらから取引条件を提案する(アンカリングする)場合を見ましたが、今回は相手が法外なアンカーを打ってきたらどう対応するかを考えてみましょう。
アンカーの影響は絶大で、どのような交渉のプロでも大なり小なりアンカーの影響を受けると言われています。相手のアンカーの影響を和らげるためには、次のような手段が考えられます。
■アンカーを無視する
相手が最初に強気の提案をしてきた場合、無視するのが一番です。ただし聞こえない振りをするのではありません。次のように応じるのです。「あなたからの提示額から判断しますと、この取引に対する私どもの見方とはかなりの隔たりがあるようです。今後の話し合いで、この隔たりを埋めていきましょう」こうした言い方で、自分が主導権を確保できる話題に転換させるのです。
■情報と影響力を分離する
相手の提案は、相手の考え方や要望を伝えるだけでなく、こちらの作戦を狂わせる影響力を持っています。そこで、提案の具体的項目と、こちらの認識に影響を与えようとする相手の狙いを切り離す必要があります。
単に相手の提案を無視するのではなく、相手の提案から読み取れる重要な内容には注意する必要がありますが、相手がこちらに影響を及ぼそうとしている事実は忘れてはいけません。
■相手のアンカーをじっくり検討するのを避ける
相手が強気のアンカーを設定した場合、根拠を示すように求め、法外な要求であることを分からせるべきだと考えている交渉者は少なくありません。しかしながら、これは危険な行為です。それは、交渉においては、アンカーが議論されるほど、その影響力が強まるからです。「どうやってその数字を出したのですが?」などと質問して、相手に根拠を示すように求めたり、相手方の提案について突っ込んだ議論をしたりしていると、相手のアンカーの影響力が強まり、交渉がそれに囚われることになります。交渉相手はほぼ常に、提案に少なくとも一理あるように思わせる方法を見つけるものです。よって、相手のアンカーをじっくり検討するのは避けるべきです。
一方で、相手からの新たな情報を入手するチャンスを逃したくはありません。よって。相手の提案が法外であった場合、こちらからいくつか質問して、新たに入手できる実質的な情報があるかどうか確かめてみましょう。そうした情報がなければ、自分自身の見方を示したり、交渉を自分の言葉で提示し直したりするなどして、アンカーから関心を逸らしましょう。
■対案(カウンター・アンカー)を示す
相手のアンカーを無視したり退けたりできない場合、こちらから大胆な対案を示すことで相手のアンカーの影響力を打ち消すべきです。
ただし、双方が法外な提案をすると、交渉が行き詰まるおそれがあります。このリスクを緩和するためには、まず大胆な対案で相手方のアンカーを打ち消し、その上で、互いに溝を埋める努力をしようと提案することです。さらに大胆な対案の根拠を説明するなど、自分の考え方を示すことによって、条件緩和に向けた最初の一歩を踏み出すべきです。これにより、相手のアンカーの影響力を抑えつつ、強硬な主張の応酬から落としどころを探る段階へと移行できます。
たとえば、相手の強気のアンカーに対して、次のように応じるといいでしょう。
「御社が提示された価格は予想外で、それをもとにすると、かなりの議論が必要なようです。当社としては、適正価格をXに近いと見ています(Xがカウンター・アンカー)。当社の計算方法についてはご説明しますが、交渉を成立させるためには、双方の努力が必要だと思われます。」
■相手の面目を保つために時間的猶予を与える
相手の強気の提案が、単なるブラフである可能性があります。法外な提案なら交渉の余地がないことを伝え、再考を促す必要はありますが、相手も一度提案してしまった以上はなかなか引っ込みがつかなかったりします。
このような場合には、相手に時間的な猶予を与え、強気の提案を撤回する手助けをしてあげる必要があります。たとえば、「私どもとしては価格の計算根拠を○○のように考えています。このような観点からもう一度ゆっくりお考え頂くわけにはいきませんでしょうか?」などと提案するのです。
交渉相手も交渉成立を望んでいるのなら、「打開策が見つかった」「数字を計算し直した」「利害関係者を苦労して説得した」とか何とか言って、交渉の場に戻ってくるでしょう。
【参考】
「交渉の達人」ディーパック・マルホトラ、マックス・H・ベイザーマン著 日本経済新聞社