返報性の原理③
■返報性の原理を悪用する
返報性の原理(私たちは他人から何らかの施しを受けた場合に、お返しをしなければならないという感情を抱くこと)の裏にあるのは、譲り合いの精神です。譲り合うことは社会生活を円滑化するための必要条件です。
しかしながら、この返報性の原理を悪用することも可能です。自ら率先して譲ることで、効果的に相手から「イエス」を引き出すことができます。私が誰かに何かをしてもらいたい場合に、十中八、九断られそうな途方もないことを頼み、それが断られたら、それよりも多少些細なことを頼むということです。もちろん、後者の頼みごとが、私が本来頼みたいことです。相手は私の最初の頼みごとから譲歩したと思い込み、後からの頼みごとを受け入れる可能性が高くなります。
チャルディーニは学生たちに次のような実験をしました。
<パターン1>
非行少年たちを動物園に連れて行く際の引率を頼む。
<パターン2>
最低2年間、週2時間の非行少年のカウンセリングを頼んだあとに、動物園への引率を頼む。
パターン1では17%の承諾率でした。パターン2では、カウンセリングは100%断られましたが、引率の承諾率は50%に跳ね上がりました。
このような交渉のテクニックを、ドア・イン・ザ・フェイスといいます。最初に相手がまず承諾しないであろうと思う厳しい条件を意図的に提示し、いったん相手に拒否させます。その上で、最初の条件よりも少し譲歩してみせた条件を提示して、相手に合意を求めていくのです。
この戦術は、相手が頼みごとを断る際に感じる罪悪感を利用したものですが、さらに予想外の条件を出して相手の心理を揺さぶり、冷静な判断力を奪うことも目的としています。
ただし、最初の要求があまりに法外だとこのテクニックは効きません。誠実な取引をする気がないと相手が判断するからです。
■相手の術中にはまらないためには
恩返ししたい、譲り合いたいという気持ちは非常に大きなものです。相手が二段階の要求をしてきたら、ドア・イン・ザ・フェイスを疑うべきでしょう。相手が露骨なら、不誠実なことですから、こちらも誠実に対応する必要はありません。
ただし、相手が意図的にテクニックを使っているとは限らず、悪気がなく、結果的にドア・イン・ザ・フェイスを使っている場合もあります。この場合、最初の要求内容は完全に無視し、後の提案内容のみに検討を絞るべきです。それでもその場で断りにくいなら、その場で返事をせず、改めて返事をするようにしましょう。冷静さを確保することが交渉の基本です。
【参考】
「影響力の武器 実践編」N.J.ゴールドスタイン、S.J.マーティン、R.B.チャルディーニ著 誠信書房
「交渉学入門」一色正彦、田村次朗、隅田浩司著 日本経済新聞出版社