経済学を学ぶ意義④(経済歴史戦1)
ここ数年、いわゆる従軍慰安婦に関する朝日新聞の誤報や南京事件など私たちが定説と信じていたことが事実ではないということが徐々に広まりつつあります。こうした問題が事実だと考えている人は多いと思います。長く定説として存在してしまった内容を後から覆すことは容易なことではありません。
義務教育や高校・予備校で習ったり、テレビの歴史番組で放送したりしている日本史の内容が、実はまったく事実と異なるということが後からわかることが少なくありません。私は歴史家ではないので、歴史問題についてブログで論評はしませんが、同様のことが経済史でも言えます。
このことについて、日本史上で、私が個人的に考える最も偉大な政治家3人を例に挙げたいと思います。
■天才勘定奉行
荻原重秀は江戸時代の元禄期に貨幣の改鋳を行った勘定奉行です。江戸時代の貨幣は金銀本位制、すなわち国の所有する金や銀の量に応じて貨幣が発行されていました。もちろん現在は、政府の信用力に基づいて金や銀の保有量に関係なく紙幣を発行することができます(不換紙幣あるいは信用紙幣)。
元禄期というと華やかなインフレ経済に思えますが、実は金銀産出量の低下(貨幣供給の減少)と活発な経済活動による貨幣の取引需要の増加により、デフレ化していました。貨幣も市場の需要と供給で決まるので、超過需要になると貨幣の価値はあがります。デフレとは貨幣価値が上昇する傾向です。
そこで荻原は金銀の含有率を減らした元禄金・元禄銀を作り、貨幣量を拡大させることにしました。つまり貨幣改鋳です。荻原は金銀本位制の貨幣から幕府の権威による信用通貨へと移行することで緩やかなインフレを実現してデフレの状態を回避しようとしたのです。これは政府の信用力に基づく貨幣発行という現在の貨幣理論そのものです。
この貨幣改鋳は今で言えば中央銀行の量的金融緩和政策を意味し、アベノミクスの一本目の矢であり、リフレーション政策なのです。私は海外の経済史については詳しくありませんが、鎖国という海外からの情報が制限された中で江戸時代にこのような300年も時代を先取りした人物がいたことに驚きを禁じえません。荻原の政策は、実際に効果を上げ、物価上昇率3%のゆるやかなインフレを実現し、元禄経済の再活性化を果たします。
確かにその後の貨幣改鋳は容認しがたいインフレを招いたことは事実ですが、荻原は経済政策という点では天才といえます。
■道徳感情で経済を語る愚かさ
しかしながら歴史教育上の荻原の評価は最悪で「幕府の財政危機を回避するという都合主義で貨幣を改鋳し、極端なインフレを招いて庶民を困窮させた」というように教えられるのが一般的です。この際ですのではっきり言うと、歴史教育者は経済学について知らなさすぎです。貨幣改鋳を貨幣偽造と同じように考えているのではないかと疑ってしまいます。
貨幣改鋳(量的金融緩和)に対する否定的な見方は、現在でもマスコミ報道を通じて未だに根強く浸透しています。「政府がご都合主義で安易に紙幣を刷るなどけしからん」というのは感情的には理解できますが、それでは単に道徳感情で経済を語っているにすぎないのではないでしょうか。