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雑誌連載記事のご案内

今回はご案内をお許し下さい。以前、ご案内しましたとおり、月刊誌「企業診断」という雑誌で毎号「診断士の眼」という連載を執筆させて頂いています。時流に合ったテーマを自分で選んで経営・経済・社会科学的な知識を使って好きなように(?)論評して良いという私にとっては願ったりな内容で、毎号張り切って執筆しております。

 

3月号は「第3回 うわべだけのダイバーシティは必ず失敗する――多様な人材を活用するために本当に必要なことは何か?」というテーマで書かせて頂きました。機会があればご一読頂ければ幸いです。

 

ちなみに4月号はいつもの2倍のスペースを頂き、アベノミクスの検証と2018年の日本経済について執筆する予定です。「言われているほど良くないかもよ」というスタンスになろうかと思います。


宜しくお願い致します。


企業診断3月号 

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意識改革はトップダウンで(異常の見える化)

■現場主体の改善活動に委ねるのは正しいか?

生産現場における改善活動というと、現場主体の自主的な改善活動というのが一般的なセオリーです。多くの製造業でQCサークル活動や小集団活動が行われおり、サービス業や小売業でも取り入れられています。

このような地道な改善活動は否定されるものではありませんが、現場だけに任せてしまうのは問題です。なぜなら各現場に任せてしまうと活動が個別最適化し、必ずしも全体最適にならないといった事態が生じるからです。また、現場にはこれまでのやり方を変えたがらないという一種の慣性がありますから、市場環境の変化により仕事の仕方を一変してもらう必要があってもなかなか変えたがらない傾向があります。

仕事の仕方を変えるためには、まず仕事に対する認識を変えてもらう必要がありますが、そのためにはトップダウンによる意識変革が必要になります。


■意識改革はトップダウンで

次のケースを考えてみてください。

住宅機器メーカーのE社では、工場で生産された製品を物流センターや営業所に出荷している。
E社は、これまでの工場の稼働率優先の生産以上主義によって、膨大な量の不良在庫を抱えてしまった。
しかしながら生産部門は「稼働率優先」「在庫はさばける」といった古い思想を捨てることができずにいた。
そのためA社では、つくりすぎによる在庫が減らずにいた。しかも、在庫の大半は「死に筋」と呼ばれる動きが少ない商品であり、いわば工場は「売れない商品」を一生懸命作る羽目に陥っていたのである。
E社社長が打った手はどのようなものであったか?



仕事における問題を常に見えるようにすることで問題が発生してもすぐに解決できる環境を実現することを、「見える化」といいます。その1つに、「異常の見える化」というものがあります。これは、「現場で生じる異常現象そのものをさらけ出し、顕在化させる。情報や数値ではなく、異常そのものを現物として『見える』ようにする」というものです。

E社社長が打った手は、物流センターや営業所にあった在庫をすべて本社工場に戻させ、その入口に積み上げさせたのです。これにより工場の担当者は出社するたびに在庫の山を直視することになり、つくり過ぎのムダを痛感するようになったといいます。

現場の主体性に任せることは適切なことですが、意識改革を促すためにはトップダウンによるショック療法が必要であることは認識すべきです。


【参考】
『見える化』遠藤功著 東洋経済新報社



コスト優位のつくり方④(サンクコストの回収)

■未活用資源の徹底利用

 

コスト優位のつくり方の4つめは、「サンクコストの回収」です。

 

サンクコスト(埋没費用)とは、すでに投資をしてしまい、後から回収できないコストのことです。設備代などの初期投資額が典型的なサンクコストです。サンクコストにあたる未活用資源を徹底利用するという発想です。

 

成田空港では、未利用の通路を免税ショップ街にすることで大きな収益源としています。

 

NEXCO中日本は、サービスエリアの店舗機能・エンターテインメント機能を充実させ収益化を図りました。

 

JR東日本では駅ナカ事業を展開しています。

 

 

「使っていないものを利用しよう」という発想では上手くいかない

 

通常、ビジネスモデルや事業を構想するには、まず顧客価値を設定し、利益の取り方を考え、最後にそれを実現するためのプロセスを検討するという手順をとります。

 

プロセスの検討では、自社の保有資源や強みを把握し、足りないものについては外部から調達します。未活用資源の利用は、このプロセスの検討にあたります。

 

多くの場合、「あまり使われていない資源や設備を使って何かできないか?」といったように、まず資源ありきの発想がされますが、単に「使っていないものを利用しよう」というだけでは、事業としての有効性は望めないでしょう。

 

先の航空、駅、サービスステーションの例も、顧客にとっての自社の価値に着目し、ハブやターミナルとしての価値から事業を構想しています。顧客価値と事業は無関係に展開されるものではないということを意識する必要があります。

 

 

【参考】

『成功企業に潜む ビジネスモデルのルール』山田 英夫著 ダイヤモンド社

 

 

コスト優位のつくり方③(コスト構造を変える)

コスト優位のつくり方の3つめは、「コスト構造を変える」です。最初からコストがかからない仕組みをつくっておくということです。これには大きく固定費(投資額)を抑えることと、固定費を変動費化することの2つがあります。

 

 

■固定費(投資額)を抑える

 

セブン銀行のATMは、通常のものと異なり、小銭なし・通帳記帳なしのATMNECと共同で開発しました。これは最初から機能を最低限に絞ることで設備投資額をおさえた例です。

 

三菱電機では、従来は人手がかかっていたエレベーターの保守管理を、人手をかけずに遠隔操作で行うことにしました。

 

青山フラワーマーケットは、法人売をせずに、BtoCに特化した売り切りモデルを採用しています。これにより店舗での花の在庫はおさえられ冷蔵庫を廃止することで設備投資をおさえるとともに、比較的小規模のスペースでの開店が可能となりました。また、花はつぼみがつきかけると商品価値が落ちるのですが、売り切り型なので、安価な咲きかけの商品を仕入れることができ仕入れ単価の削減を実現しました。

 

 

■固定費の変動費化

 

コストを固定費としてではなく、かかった分だけコスト化(変動費化)できれば、全体のコストを削減することも可能です。

 

リクルートのスタディアプリでは、校舎・社員講師を持たず有名講師とのラインセンス契約

により変動費化しています。

 

ツタヤディスカスでは、DVDやブルーレイのディスクを映像会社から買い取るのではなく、所有権を映像会社に残し、PPT(pay per transaction)による出来高払いにより変動費化を行っています。

 

人材の変動費化ということでいえば、外部人材への委託業務の標準化を行うことが必須になります。また委託業務についてのノウハウは内部に蓄積されないことにも注意する必要があるでしょう。内外製区分(何を自社で行い何を外出しするか)や業務のモジュール化といった最初の業務デザインが重要になります。

 

 

【参考】

『成功企業に潜む ビジネスモデルのルール』山田 英夫著 ダイヤモンド社

 

 

コスト優位のつくり方②(顧客にやってもらう)

■業務の一部を顧客にやってもらう

 

コスト優位の作り方の2つめは、業務の一部を顧客にやってもらうということです。典型的な例は、セルフサービスです。小規模の乾物屋からスーパーが出てきたのも、来店客が自ら買うものをとってもらうことでオペレーション効率を上げる(スタッフ人件費を下げる)という発想があったことは有名です。

 

カーブスは、あまり販促費をかけず、地域のユーザーのクチコミによって新規顧客を獲得しているといわれています。これはプロモーションを顧客に代行してもらっているケースといえます。

 

Youtubeなどのネット上の投稿サイトではユーザーがコンテンツの作成を行っています。

 

ウーバーや楽天市場、ヤフオクなどは顧客がレビューを投稿することで品質管理を行っています。

 

ヤマト運輸は、宅配ボックス、コンビニ受け取りによって、顧客が配送の一部を代行しています。

 

 

■顧客のインセンティブをどう提供するか?

 

サービスマーケティングでは、顧客にサービス提供過程へ参加させることで顧客満足度を上げるということが提案されています。たとえばレストランのバイキング方式は、顧客が選ぶ・配膳するという行為を代行していますし、オーダーメイドも顧客が素材や機能を選択しているので、顧客のサービス提供過程への参加の例と言えます。

 

サービスに自らかかわるということで、サービスへの思い入れが高まり、愛顧が高まるというわけです。

 

ただし注意しなければならないのは、この場合の顧客参加と単なるセルフサービスとは異なるということです。誰もセルフサービスで水を自分で汲むことで満足度が高まったりはしません。

 

顧客に業務の一部を代行してもらうためには、顧客にとってもメリットがある仕掛けが必要です。思いどおりの選択ができるとか、自分でやったほうが利便性が高いとか、自己表現ができるとかいったようなサービスの柔軟性や顧客の自主性に帰するような仕掛けを考えたいものです。

 

 

【参考】

『成功企業に潜む ビジネスモデルのルール』山田 英夫著 ダイヤモンド社

 

 

コスト優位のつくり方①(やらない)

■地道なコスト削減努力だけでは競争優位につながらない

 

利益を拡大させるための方策としてまず浮かぶのはコストの削減でしょう。しかしながら、以前も取り上げたとおり、コスト削減の効果は限定的です。

 

・価格 ⇒ 1%アップで営業利益23.2%アップ

・変動費 ⇒ 1%削減で営業利益16.3%アップ

・数量 ⇒ 1%アップで営業利益6.9%アップ

・固定費 ⇒  1%削減で営業利益5.9%アップ

(出典:マッキンゼー・プライシング2005

 

地道なコスト削減努力は必要ですが、新しいビジネスモデルを設計する際には、もっと抜本的な取り組みをしなければ競争優位を確保することはできません。そこで、コスト削減のための抜本的な方策について考えてみたいと思います。

 

 

■コスト削減の最も効果的な方法はやめること

 

当然といえば当然ですが、何かをやるからコストがかかるわけです。ドラッカーは、「コスト削減の最も効果的な方法は、活動そのものをやめることである。」と述べています。「コストの一部削減が効果的であることはまれである。そもそも行うべきではない活動のコスト削減は、意味がない。」

 

セブン銀行は、法人業務はやらず、リテールバンキングに徹することで、法人営業に必要な人件費やシステム投資はゼロにしています。

 

カーブスは、夜間・休日営業はやらないことで、人件費や運営コストを削減しています。

 

QBハウスは、お客が自分でできる洗髪・ひげ剃りはやらないことで回転率を上げています。支払い業務も自動化し、人件費コストを削減しています。

 

サウスウエスト航空は座席指定はやらないことで、システム投資を抑えるとともに、搭乗時間の短縮を図り、飛行機の驚異的な折り返し運行を実現しています。また、機内食サービスはやらないことでスタッフの有効活用を図っています。

 

【参考】

『成功企業に潜む ビジネスモデルのルール』山田 英夫著 ダイヤモンド社

 

今年の経済トレンドを読む⑥

■このままでは2014年の消費増税の繰り返しになる?

 

2018年の景気を考える際に無視できないのが、201910月の消費税率10%への引上げです。仮に2018年の景気がよかったとしても、予定どおり消費増税が行われれ来年10月以降の景気が失速しては元も子もありません。

 

2014年の消費増税はまさにそのパターンで、これまで見てきたとおり、GDP6割近くを占める国内消費はいまだ十分に回復するに至っていません。

消費20182 ■消費増税の前に景気を加熱させる必要がある

 

もし仮に予定どおり消費増税を行うのであれば、景気が腰折れしないようにそれまでに景気を加熱させておくらいの対応が必要となります。

 

日本のフィリップスカーブ(物価上昇率と失業率の負の相関を見たもの)によれば、構造失業率(経済構造上、これ以上下げられない失業率)は2.5%程度、それに対応する物価上昇率は2%であり、あとひと押しの金融緩和が求められます

 

特に金融政策の実体経済への効果にはタイムラグがあり、1年程度はかかるといわれており、消費増税のかなり前の段階で行う必要があります。

 

 

■あと10兆円の有効需要が必要

 

一方、財市場を分析するにあたっては、GDPギャップ(需給ギャップ)に着目する必要があります。これは、「(潜在GDP-実際のGDP)÷潜在GDP」で求められます。

 

実際のGDPはおおよそ総需要に対応すると考えて良いです。潜在GDPとは、「これまでの過程から国内の生産要素(機械設備や労働力など)を平均的に投入した場合に実現するGDP」であり、1国の潜在的な供給力です。

 

内閣府によれば、2017年度第3四半期のGDPギャプはプラス0.7%となっており、需要超過となっていますが、おそらくこれは過大評価でしょう。そうであるならば、物価はもっと上昇していなければならないのですが、201712月の消費者物価指数は総合:1.0%  生鮮食品を除く総合:0.9%、生鮮食品及びエネルギーを除く総合:0.3%にすぎないからです。内閣府の試算は、潜在GDPを過小評価しているという指摘がなされています。

 

「物価上昇率2%、失業率2.5%」に達すれば、本格的な人手不足となり、雇用者の賃金が上昇することで、国内経済の本格的な回復に至ります。そのためには、約10兆円の総需要の増加が求められるとされており、そのための財政政策と金融政策の同時発動が求められるのです。

 




今年の経済トレンドを読む⑤

■トービンのq

 

企業の設備投資の伸びは株高傾向からも説明することができます。

 

経済学では、企業の投資行動を分析するものにトービンのq理論というものがあります。qは「企業の市場価値(株価の総額)÷資本の再取得価格」で示されます。

 

「企業の市場価値(株価の総額)」は、理論的には「今後、その企業が事業を継続した場合、どれくらいの利益が見込めるか」を反映したものと見ることができます。一方、「資本の再取得価値」とは、「その企業が事業を清算して資産を売り払った場合、どれくらいの利益を得られるか」と置き換えることができます。

 

トービンのqが1より大きいと、事業をたたんで資産を売り払うよりも事業を継続した場合のほうが利益が大きいので、企業は事業を発展させるために設備投資を行います。

 

一方、トービンのqが1より小さいと、事業を継続するよりも事業をたたんで資産を売り払うほうが利益が大きいので、企業は負の投資、すなわち資産圧縮を図ります。

 

 

■投資手動の景気拡大

 

日経平均株価は2017年の4月の1万8000円代前半から上昇し、9月中旬には2万円台を突破、今年1月には24000円を超える水準にまで至りましした。今月に入り2500円程度と大幅に下落していますが、もっぱら株高の傾向であることには変わりがないとの見方が有力です。

 

こうした株高の傾向が企業の積極投資を促しているという側面があります。株価の行方を予測することはほとんど不可能に近いですが、仮に今年、株価の動きが堅調であれば、国内経済は投資主導のもとで緩やかに回復することが予想されます。

 

 

 

 

今年の経済トレンドを読む④

これまでどちらかというと今年の日本経済についてネガティブな評価をしてきましたが、今回はプラス面について述べたいと思います。

 

■輸出と企業の設備投資が経済を牽引

 

黒田総裁の続投がほぼ決まり金融政策は現状維持からやや緊縮気味、財政政策は期待できずというマクロ経済政策面ではあまり期待できない状態ですが、民間経済部門では明るい材料もでてきています。

 

GDP6割近くを占める国内消費については、来年度の消費増税を控え、伸びは期待できない状況です。最新の四半期別GDPの2次速報値である2017年7~9月期のデータをみてもマイナス0.5%(実質/年率換算)とまったく振るいません。またマイナス金利導入以降、民間部門を引っ張ってきた住宅投資についてもここに来て息切れが顕著です。

 

一方、好調なのは輸出と企業の設備投資です。2017年7~9月期のGDP2次速報値を見ると、輸出は1.5%増、企業の設備投資は1.1%増となっており、需要項目の中でこの2つのプラスが大きく(あとはすべてマイナス)、全体の成長率を2.5%という比較的高い数値に押し上げています。

 

輸出の増加は、(為替が円高気味である以上は)アメリカ経済の好調ぶりを反映したものと考えるべきでしょう。

 

 

■設備投資増は予想インフレ率の上昇の結果

 

企業の設備投資の伸びは、予想インフレ率の上昇と株高の2つから説明することが可能です。今回は、前者の点から説明したいと思います。

 

経済学では、フィッシャー方程式というものがあります。このブログでも度々取り上げていますが、再掲します。

 

実質利子率=名目利子率-予想インフレ率

 

名目とは額面上の値(つまり我々が負担で目にする値)であり、名目利子率は企業が設備投資する際に金融機関からお金を借りる際の利子負担を意味します。

 

予想インフレ率(期待物価上昇率)は「人々が今後、どれくらい物価が上昇すると考えているか」を示すものです。全国の企業の「どれくらい売上や利益が上がるだろう」、従業員の「どれくらい自分の所得が上がるだろう」ということを全体で集計し平均化すれば、それはおおよそ予想インフレ率に相当することになります。

 

よって実質利子率は、名目利子率から自らの収益の予想伸び率を差し引いた実質的な利子負担ということができます。

 

フィッシャー方程式によれば、予想インフレ率がプラスだと、名目利子率が低水準で推移しても、実質利子率が低下することになります。

 

2017年8月以降、予想インフレ率を示すブレークイーブン・インフレ率(BEI)は上昇に転じています。また、日銀短観(7月調査、12月調査)を見ても、価格・物価全般ともに上昇にて転じると回答した企業が低下すると回答した企業を上回る結果となっており、予想インフレ率の上昇を裏付けています(これは企業が景気に対し前向きな予想をしているということを意味します)。

 

今回の企業の設備投資増の多くは人手不足に備えた省力化投資と考えられますが、人手不足だけでは企業は投資をしません。以上から予想インフレ率の上昇が企業の実質的な利子負担を軽減させ、設備投資を促している面があると考えられます。

 

 

 

 

今年の経済トレンドを読む③

■カギは日銀総裁人事

 

前回、触れたように2018年の日本経済は金融政策のスタンスによるところが大きいのですが、その鍵を握るのが4月の新日銀総裁人事です。深夜、黒田総裁続投の報道が流れましたが、そうであると量的金融緩和にやや消極に転じた現状の金融政策が維持され、円高傾向で推移し、物価上昇率も目標である2%に届かない可能性が高いでしょう。


そもそも日銀総裁には結果に対するペナルティがなく、以前は日銀法を改正して罰則規定を設けるべきだという意見がありました。任期中に物価上昇率目標に達しなかったこと(もっともこれは金融政策ではなく消費税増税が原因ですが)の責任を明確にするためにも今回は総裁を交代すべきだったと思います。

 

報道では「アメリカでは出口戦略(金融引き締めへの転換)に転じている。日本も遅れてはならない。」という向きが強いですが、物価上昇率目標に達せず、さらに日本はそもそもアメリカなどよりも4年遅れで金融緩和を始めているのに、出口だけは揃えるというのは理にかなった話ではありません。しかも前回触れたとおりFRBは金融引き締めにはかなり慎重です。

 

安倍首相は金融政策の重要性を理解していますし、「出口戦略は時期尚早」とはっきり述べています。黒田氏も同趣旨の発言をしていますから、物価上昇率2%の安定的な推移を優先した金融政策に専念してもらいたいところです。

 

個人的に総裁に最も適任と思っていたのは、本田悦郎内閣参与ですが、金融緩和に消極的な日銀プロパーの反発が大きく、そもそも起用が難しかったのでしょうか。残念です。

 

 

■財政政策は緊縮継続

 

一方、政府の財政政策を見ると、こちらもあまりパットしません。日本の構造失業率(失業率の下限)は2.5%と推計され、物価上昇率目標は2%ですが、これを実現するための需要の増加分は10兆円程度といわれています。しかし本年度の補正予算は2兆7073億円にすぎず、ギャップが大きすぎます。

 

政府の公共投資は2013年度以外は緊縮気味であり、今年は国政選挙もないので、追加の政府支出は期待できない状況です。財政・金融政策は現状維持がせいぜいであり、政策的な景気拡大はあまり期待できないとも言えます。

 

今年の経済トレンドを読む②

前回、触れたように日本経済は円安傾向だとプラス、円高傾向だとマイナスに作用することになります。よって、日米の中央銀行の政策スタンスを見ると、2018年度の経済動向がある程度は分かることになります。

 

■出口政策に慎重なFRB

 

2月5日、アメリカのFRB議長にジェローム・パウエル氏が就任しました。パウエル氏は前任のイエレン氏の政策を踏襲するという見方が強いです。

 

アメリカの場合、失業率は4.1%で底であり、物価上昇率はエネルギーと食料品を除いたコア指数で1.5%ですから、金融政策は出口政策にシフトしています。2015年12月に政策金利を引き上げ、2017年移行はそれぞれ3回ずつ利上げが実施されるとの見通しを示しています。

 

前回の為替は内外金利差によって決まるということから踏まえると、アメリカの金利引き上げは円安ドル高に作用します。よってトレンド的には円安傾向が続くということが一般的な見方です。

 

しかしながらFRBはかなり慎重に出口政策を模索しており、金利は引き上げつつも資金供給量は増やすという政策をとっており、公式見解とは異なる動きをしています。前回、為替は通貨量によって決まることについて触れましたが、トランプ政権発足移行、ドル安気味で推移しています。

 

 

■2018年はあまり円安にはならない?

 

一方、日銀の量的金融緩和政策はやや縮小気味です。今年、1月に供給したお金の量(季節調整済み)は昨年12月に比べて年率換算で4.1%減少し、日銀の資金供給量(マネタリーベース)が黒田東彦総裁の下で初めて減少に転じました。

 

以上から、今年の為替動向は、円安傾向のベースはあるものの、それほど円安にはならないという推論が成り立ち、為替による日本経済のプラス効果は限定的だと考えられます。

 

今年の経済トレンドを読む①

■日日の株価をみても経済トレンドは分からない

 

前日の米国市場での株価暴落を受け、日経平均株価は午後の取引で一時1600円超も下落しました。ここまで下がると「このまま株価は下落する」「日本経済は下降に向かう」といった指摘が必ず出てくるのですが、確かにしばらく株価が低迷する可能性はありますが、日日の株価の動きに一喜一憂していても経済のトレンドはわかりません。

 

たとえば2016年11月のアメリカ大統領選でトランプ氏が当選した直後には日経平均株価は前日比で900円以上値下がりしましたが(2円の円高)、翌日には急反発しました。2016年6月にイギリスのEU離脱が決定した時も1300円以上値下がりしましたが、20日ほどで元の水準に回復しています。

 

日々の株価や為替の変動はマーケット関係者の思惑だけで動く部分が大きいので、経済状態の予測に当たっては半年から1年くらいの中長期的なトレンドで見ることが必要です。

 

 

■経済トレンドを見るには、金融政策のスタンスに着目する

 

今回の株価下落よりも気になるのは、日米の中央銀行の金融政策スタンスです。日本は内需国とは言え、為替の影響は大きく、10%程度の円安で名目GDPが0.5%程度上昇するとの指摘があります。そしてその為替に大きく影響を与えるのが金融政策です。

 

一般的に為替は内外金利差と通貨量の2つから決まると言われています。たとえばアメリカの債券の利子率(収益率、株の配当利回りや国債・社債の利子率)が日本の債券の利子率よりも高ければ、アメリカの債券が買われ、円安ドル高になります。

 

なぜならアメリカの債券のほうが儲かり、かつアメリカの債券はドル建てなので、ドルが買われ円が売られるからです。買われるものは必ず価格が上がり売られるものは必ず価格が下がるので、円安ドル高になります。

 

一方、相対的に量が多い国の通貨は安くなり、相対的に量が少ない国の通貨は高くなるという傾向もあります。これはマネタリー・アプローチと呼ばれる考え方で、大物投資家のジュージ・ソロス氏が採用していることから、ソロス・チャートと呼ばれることもあります。

 

たとえばある時点で円とドルの通貨量が1対1であるとします。ここで日本銀行が量的金融緩和を行って円の量が増加し、円とドルの量の比率が2対1になったとします。ここでも「相対的に量が多いものは価値が下がり、少ないものは価値が上がる」の掟が働き、円安ドル高になるのです。逆にアメリカのFRBがドルの量を増やすと、円高ドル安になります。

 

以上、2つの為替レートの考え方について見てきましたが、実際には両者が絡み合って為替レートが決まります。短期的には内外金利差、中長期的には通貨量に沿って決まるという傾向があります。

 

1次安倍内閣時の2007年5月には120円台をつけた円ドルレートは、リーマンショックをはさみ、民主党政権下の2012年1月には一時78円台までに急速に円高が進みました。その理由の多くをマネタリーベース・アプローチで説明することが可能です。

 

先進各国がのきなみ通貨量を増やしたのにもかかわらず、日本はほとんど増やさなかったので、各国通貨に対し円高が進んだというわけです。たとえばリーマンショック後の4年間で、アメリカは約4.1倍、イギリスは約3.1倍、ユーロ圏は約1.9倍に増やしたのに対し、日本は1.5倍に過ぎません(しかもかなり緩慢なペース)。

 

逆にアベノミクスで20134月より日本銀行が量的金融緩和を行ったあとは円安に転じ、緩やかな経済回復が実現したことはご存知のとおりです。

 

したがって今年の経済トレンドを見る際には、日米の金融政策のスタンスにまず着目することになるでしょう。

(つづく)

 

経済学を学ぶ意義⑥(経済歴史戦3)

日本経済史上で私が考える最も偉大な政治家の3人めは、高橋是清です。高橋是清

については、本ブログの「歪曲された歴史(世界大恐慌に見る経済政策①②)」で取り上げましたので今回は要点だけ触れておきます。

 

■大恐慌から日本を救った男

 

高橋是清ほどの人物になるとその功績は様々ですが、世界的に見て最も偉大なものは

昭和恐慌後、他の先進国に先駆けて日本の経済回復を実現したことです。

 

井上準之助の経済大失政の後を受けて高橋が蔵相として行ったことは積極的な財政政策と大規模な金融緩和です。財政政策の資金を国債の発行で賄い、それを日本銀行に買わせることで金融緩和を行いました。すなわち日銀の国債引き受けです。

 

今でいうところの量的金融緩和であり、前FRB議長のバーナンキもプリンストン大学教授時代に高橋の経済政策を研究したと言われています。先進国がリーマンショック後に取り入れたデフレ回避のための量的金融緩和の先鞭をつけたのが高橋是清なのです。

 

その結果、日本の実質経済成長率は1931年の0.43%から、1932年には4.4%、翌1933年にはなんと10%へと急回復を遂げます。

 

 

■歴史教育の常識は経済学の非常識

 

NHKの歴史アーカイブを見ていると、日本が戦争へと突き進んだのは、世界恐慌後、積極財政による軍備拡張などによりインフレとなり、庶民が困窮したからと説明されていました。また高橋はそれを主導した大悪人であり、それが青年将校たちの恨みを買い、226事件で暗殺されたという説も広く流布されています。

 

はっきりいえばこれはまったくのデタラメで、そんなことを信じている経済学者はほとんどいないでしょう。第一、軍備を拡張したのなら青年将校の恨みなど買うわけがありません。実際、急回復を見届けた高橋は、今度はインフレを回避するために、1934年以降は財政支出を絞り、陸軍からの軍事費拡張要求を拒否するようになりました。

 

226事件までの日本経済というと暗い不況の時代というイメージが強いですが、高橋が蔵相であった時代の実質経済成長率は平均で約7%、物価上昇率は約2%ではっきり言って好景気だったのです。

 

 

■経済学を通じて事実と向き合う姿勢を学ぶ

 

経済歴史戦と題して3回に渡り日本の経済史について荻原重秀・田沼意次・高橋是清を取り上げて説明しました。その理由は、「経済学を理解していないと誤った歴史観を刷り込まれてしまうこと」「その結果、現在の経済情勢を正しく認識できなくなること」「当然の帰結として、取るべき対応を誤ってしまうこと」に対する私なりの危機意識です。もっともその根底にあるのは、誤った事実認識を教え込まれたことに対する単純な怒りもあります。

 

荻原重秀や高橋是清の歴史教育における低評価を見ると、日本における「金融緩和は絶対的な悪(金を刷れば景気が良くなるわけがない)」という強い固定観念を感じざるをえません。

 

確かに私たち庶民にとって経済の話など無関係だと思われるかもしれません。しかしながら、私なりに経済学と接せしてきて、少しずつですが、事実と向き合う姿勢のようなものを教えられた気がしています。ビジネス環境でも「事実と向き合う」という客観姿勢は必要なことではないでしょうか?

経済学を学ぶ意義⑤(経済歴史戦2)

日本の歴史上、私が個人的に考える最も偉大な政治家の2人めは、田沼意次です。現在では田沼の評価は荻原重秀ほどボロカスではありませんが、それでも専横政治を行なった収賄政治家という誤ったレッテルで語られることも少なくありません。

私が子供の頃に読んだ歴史漫画でもそのような描かれ方でしたし、予備校の日本史の講師もそのように言っていた記憶があります。

 

 

■田沼意次は近代経済社会の先駆者

 

田沼意次が側用人・老中として幕政の実権を握っていたのは、徳川吉宗の享保の改革の後、1767年から1786年の頃です。一旗本から側用人、そして大名にまで取り立てられ、まさに出世街道驀進といったところで、側用人から老中になった初めての人物です。

 

田沼の行った・行おうとした政策は、次のとおりです。

・株仲間の奨励、専売制の実施

・印旛沼・手賀沼の開拓

・長崎貿易の奨励、俵物などの商品作物の育成し、海外物産・新技術の導入、ロシアと交易の企図

 

端的に言えば、殖産興業化と貿易政策による重農主義から重商主義へのシフトとなります。ご存知のとおり初期を除いて江戸時代のほとんどの時期において、幕府の財政は赤字状態で、財政再建が課題でした。それまでの幕政はとにかくコメを増産して年貢米を増やす政策が中心でしたが、当然ながらコメを増産しても価格が暴落してしまったら意味がないわけで、コメを主体にした経済は極めて不安定なものでした。実際に米価の変動に苦労した徳川吉宗は米将軍の異名を持っています。

 

こうした状況を踏まえ田沼が考えたのはコメ中心の経済から貨幣経済への移行でした。また享保の改革以来、頻発する農民一揆を裁定した経験から、それまでの増税一本槍ではなく、経済活性化による増収をねらったと考えられています。商業経済と殖産興業により商人や農家の所得を増やせば税収増加が可能になります。

 

実際に幕府の財政は急速に改善し、幕府の備蓄金は5代将軍綱吉以来の最高となりました。日本研究者であり、イエール大学教授であったジョン・W. ホールは、田沼を「近代日本の先駆者」と評価しています。田沼意次の政策からの教訓は、財政再建は増税ではなく増収によるべきであるということでしょう。

 

 

■歴史の評価は次の権力者が作る

 

田沼の評価が失墜した大きな原因は、将軍による厚遇のもとでの異例の出世と、実際にある時期にはかなりの権勢を握ったことによる嫉妬やねたみが大きいと考えられます。特にその後の寛政の改革で有名な松平定信の田沼への憎悪は激しいものがあり(白河藩の養子に出されて将軍への道が閉ざされた恨みとも?)、彼ら反田沼派によって収賄政治家のレッテルが貼られていきますが、実際の田沼はほとんど財産がなかったとも言われています。

 

また田沼時代は商業主義により賄賂が横行していたと語られることが多いですが、これもはっきりとした根拠があるわけではありません(江戸時代全体を通じて賄賂は横行していた)。歴史教育者は「資本主義=賄賂社会」というレッテルを貼りがちですが、独裁国家や貧困国を見てわかるとおり、経済が停滞している国の方がむしろ賄賂や血縁などによって閉鎖的に人材登用が行われるわけです。

 

 

■日本の歴史教育は倹約思想

 

残念ながら田沼の失脚後、日本経済はまた重農主義に回帰し、幕府の財政が再建されることはありませんでした。極めて開明的な経済観を持った人物がここまで評価が低いとなると、私の個人的な印象かもしれませんが、どうも日本の歴史教育は、「重商主義=金儲け主義で良くない」という倹約思想のようなものがあるような気がします。

 

新井白石や松平定信といった倹約一本槍で、実際に政策的には失敗した政治家がどこか同情的に捉えられえている気がしますが、彼らのやったことは超デフレ政策で経済政策的にはほとんど評価できないのですが・・・

 

こうした反経済政策思想、倹約思想は現代社会でも根強いものを感じます。「日本はもう成長できないので、今の所得の範囲で我慢すべきだ」「経済政策は金持ちだけ得をする」といった短絡的な主張がその典型例です。

 

プロフィール

三枝 元

Author:三枝 元
1971年生まれ。東京都在住。読書好きな中年中小企業診断士・講師。資格受験指導校の中小企業診断士講座にて12年間教材作成(企業経営理論・経済学・組織事例問題など)に従事。現在はフリー。
著書:「最速2時間でわかるビジネス・フレームワーク~手っ取り早くできる人になれる」ぱる出版 2020年2月6日発売
「中小企業診断士のための経済学入門」※絶賛在庫中!
連絡先:rsb39362(at)nifty.com
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