前回は、プラシーボ効果(偽薬効果)を取り上げ、有名ブランドであるほど、そして値段か高いほど、私たちは効用が高いと判断してしまうということについて触れました。
■ソムリエは本当にワインの味の違いが分かるのか?
私の知人でも、いわゆるワイン通という方がいらっしゃるので、なかなか言いにくいのですが、「ソムリエは果たしてワインの善し悪しを判断できるのか」という意地悪なことを考えてしまいます。
結論から言うと、残念ながら圧倒的にソムリエには不利な実験結果が出ています。いち例として、2001年にフランスのソムリエに行った実験を紹介します。
実験では、高くも安くもないボルドーワインを、1本はグラン・クリュという高価なワインのボトルに、もう1本は安価なテーブルワインのボトルに入れました。
中身は同じはずなのに、ソムリエたちはグラン・クリュのボトルから注がれたほうのワインを圧倒的に高く評価し、「素晴らしい。バランスが取れていて香りもよい」などと口々に褒めたのに対し、テーブルワインのボトルから注がれたものに対しては、「コクがないし、バランスも悪い。味が平板で飲んでもあまり印象がない」と低い評価ばかり聞かれました。
ソムリエの能力を全否定するつもりはありません。プロとされる評論家が酷評した作品が後に名作と評価されるといったことはよくあることですが、少なくとも素人よりはその道に精通しているでしょう。ソムリエの能力もその程度のものと考えておくべきでしょう。
■「好きだと思うから好き」になる
プラシーボ効果は、「効くと思うから実際に効く」という効果です。ここで行動経済学者のダン・アニエリーの学生を対象にした実験を紹介します。
・一方のグループに普通のビールを飲ませ、もう片方のグループには食用酢入のビールを飲ませて、どちらが旨いか尋ねた。
・あらかじめどちらかに酢が入っていると伝えた後に、普通のビールと食用酢入のビールを飲ませて、どちらが旨いか尋ねた。・
・普通のビールと食用酢入のビールを飲ませた後に、どちらかに酢が入っていることを伝え、どちらが旨いか尋ねた。
まず1つめについて、半分以上が酢入のビールのほうが旨いと答えました。素人にブラインドテイスティングを行うと、まず味の違いが分からないというのはテレビ番組でもお馴染みですから、特に意外な結果でもないでしょう。ある実験では、コカコーラとペプシコーラの違いすらほとんど分からなかったという結果もあります。
興味深いのは、2つめと3つめです。酢入のビールときたら、普通は不快感を持つでしょう。ただし酢が入っているという事実は変わりないのですから、合理的に考えればいつ知ろうが評価には影響しないはずです。
しかしながら、事前にどちらかのビールに酢が入っていると聞かされた被験者の70%は普通のビールのほうが旨いと答えたのに対し、飲んだ後に聞かされた被験者の半数以上が酢入のビールのほうが旨いと答えたのです。
つまり体験後に得た情報は体験の質にあまり影響を与えず、体験前の情報が体験の質に影響を与えるということです。「嫌いだと思うから嫌い」「好きだと思うから好き」になるのです。
多くの有名ブランドが多額のマーケティングコストをかけてCMを行う理由がここにあります。まずは広告で消費者に自社ブランドを好きになったもらい、好きだと思わせることで買ってもらい、さらに購入後の使用による満足度を高くさせるのです。
【参考】
『「期待」の科学 悪い予感はなぜ当たるのか』クリス・バーディック著 CCCメディアハウス