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われわれは合理的に意思決定しているのか、できるのか?

前回、「意思決定とは何か?どう進めるのか?」で意思決定の合理的アプローチについて取り上げました。

しかしながら、合理的アプローチは、環境が安定している場合では有効ですが、環境の不確実や不透明性が高い場合には、なかなか上手く機能しません。経験がないことだとそもそも問題定義や原因特定ができないでしょうし、代替案の列挙や評価もできないでしょう。

これに関しては、「制約された合理性」という言葉があります。端的に言えば、人間は「ベストな解を選ぶ」のではなく、「ベターだと思われる解を選ぶ」ということです。

たとえばみなさんがマーケターで、ある新商品のPRをしたいとします。単純に考えても、「テレビ、ラジオ、雑誌、新聞、インターネットなどの中からどの媒体を使うのか(使わないのか)」「雑誌で広告するとしたらどの雑誌か」「DMを打つか(打つとしたら誰に打つか)」「SNSを使うとするとしたらどうするか」「イベントはどうするか」など様々な選択肢が考えられます。

しかしながら、情報面・能力面での限界がある以上は、すべてを列挙することは不可能でしょうし、また選んだ選択肢が最良である保証もありません。

よって、とりあえず集められた選択肢の中から自分が考える水準をとりあえず満たしそうな選択肢を選ぶことになります(満足化基準による意思決定)。もちろん選んだものよりもよい(最良の)選択肢が存在する可能性は十分にあります。

さらに繰り返しになりますが、人間にはできるだけ行動をパターン化、プログラム化しようとする傾向があります。合理的アプローチも一種の行動のパターン化ではありますが、複雑なパターンです。よって省略化しようとします。

具体的には今までの経験や知識をもとに直感的に判断す>ということです(このことをヒューリスティックといいます)。たとえば今から約1万年前、1人のブッシュマンがアフリカの草原でサーベルタイガーに出くわしたとします。彼が合理的アプローチに基づいて意思決定をしていたらどうなるでしょうか。そうです、食べられます。この場合、とにかく「すぐ逃げる」です(注)。

満足化基準による意思決定やヒューリスティックは、資源制約のある中で、複雑な問題に対処するための智恵と言えます。おおよそのことはこのアプローチで解決できます。

しかしながら単純化された分、浅はかな決定を招くことにもなります。この点については、行動経済学または認知心理学の観点から考えていきます。

注:
快・不快(恐怖)に関する感覚は、人間に遺伝的に深く組み込まれています。クモやヘビを赤ん坊に見せると、噛まれたどころか見たこともないはずなのに、大抵は怖がるという研究結果があります。これは太古の我々の祖先にとってクモやヘビが大いに脅威であったことが遺伝的に組み込まれているからと考えられています。男性の女性に対する好み(逆も)が昔からほとんど変らない(たとえばヒップとウエストの比率が10対7とか)というのも同じことです。

【参考】
「組織の経営学―戦略と意思決定を支える」リチャード・L. ダフト著 ダイヤモンド社
「人生の科学 無意識があなたの一生を決める」デイヴィッド・ブルックス著 早川書房
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プロフィール

三枝 元

Author:三枝 元
1971年生まれ。東京都在住。読書好きな中年中小企業診断士・講師。資格受験指導校の中小企業診断士講座にて12年間教材作成(企業経営理論・経済学・組織事例問題など)に従事。現在はフリー。
著書:「最速2時間でわかるビジネス・フレームワーク~手っ取り早くできる人になれる」ぱる出版 2020年2月6日発売
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